第28話 ゴアメスの街にて
ゴアメスの街は国境の上、アルタリア王国とネルフェリア竜王国に跨るような形で発展した街だ。
もともとは国境警備の砦がメインだったが、段々とその周囲に商売人が住みついて、やがて町としての形を持ち、そのうち両国がそれぞれの領土部分について街として認めてたことで成り立ったという、ちょっと珍しい成り立ちだ。
今では両国の物流の拠点ともなっており、人も物も交流が多い場所なのでそれなりに危険も色々とある。
それらのごたごたを防ぐ目的も兼ねて、外壁から中に入る門には検問所がある。そこで大したことを調べられるわけではないが、一応怪しい人物を見つけ出す役割はしているようだ。
検問所の前は閉門時刻が近い事もあってか、それなりの人数が並んでいた。
「さて、どうするかな。フィル、身分証みたいなものはあるか?」
「身分証?」
きょとんとした顔でこちらを見返してくる。
そうだよな、普通に村で暮らしていたら生まれた時から皆が知り合いだ。わざわざ身分証になるようなものは必要ない。
「じゃあ、ここの検問は俺の依頼人ってことで説明するから。もし何か聞かれたら話を合わせてくれ」
「あ、うん、わかった」
普段そういった場面に遭遇することはないのだろう、神妙な顔になってコクリと頷く。まぁ俺の身分証を使うならそう煩いことは言われないだろうが、念のためにそう告げておく。
「――次」
門の脇に据えられた簡素な木机の前に立つ兵士らしき男に声を掛けられたので、前に進む。兵士も時刻的にそろそろ交代なんだろう、疲れた感が溢れている。幾度となく繰り返しただろう台詞をこちらに投げてくる。
「入場の理由は?」
「竜王国の王都まで護衛任務だ。対象は彼女と犬」
無言のまま差し出された兵士の手のひらがひらひらと動く。何らかの身分証明になるものを出せというジェスチャーだ。
俺は無言のまま腰バックから金属製のギルド証を取り出して彼に手渡す。
めんどくさそうに俺の手からギルド証を乱暴に受け取る兵士がギルド証に視線を合わせて、ぎくりと動きを止める。
「? ――!」
声にならない何かが出そうになったようだが、慌てて空いている逆手で自分の口をふさいでいる。視線はギルド証の一点で止まっている。
彼のその様子から身元保証は済んだと判断してギルド証を取り戻し、腰バッグにしまう。その動作の流れのままバックから抜き出した銅貨1枚を机の上に置いて、
「犬につける証明札を発行してもらいたい」
「はいっ、すぐに!」
さっきまでの疲れた様子はどこにもなく、てきぱきと小さな木札と書類を用意して机の上に並べる。その動きの良さに少し笑ってしまう。
「手続きしますので、こちらに必要事項を記入して下さい」
「フィル、書いてもらえるか?」
俺の後ろにくっついていたフィルがこくりと頷いて、兵士が机に出した書類を見て犬の名前や飼い主の名前、犬の特徴などの必要事項を記載していく。
その間に俺はしゃがんでバロンの首輪に木札を括りつけてやる。
「くふん?」
これはなに?とい言いたげに前足で首元をカリカリとして、ちょっと嫌そうな感じで俺を見上げてくる。
「これがないとフィルや俺と一緒にいられないんでな。我慢してくれ」
「――ぅふぁん」
証明札がない場合は野犬や魔獣と間違われて、暴行や殺傷されてしまうこともないとはいえない。まぁ街中でそう起こる事件ではないが、危険は避けておくに限る。
俺の言葉に諦めたのか、一度だけ後足でカリっとひっかいて頭をプルプルッと振るったあとは、大人しくなった。
「書類受領しましたので、どうぞお気をつけて」
少しだけ言葉遣いまで変わった兵士の促しに従って検問所の門をくぐる。
「さて、と」
もう夕方、魔獣討伐の準備は明日することにしてまずは宿屋を探すことにした。
行きかう人を見れば商人風の人間が多いが、この街を拠点とすると動きやすい迷宮がいくつかあるので冒険者もそれなりにいる。
大通りの雑多に人が行きかう中、フィルは物珍し気に辺りを見回している。
かろうじてバロンが側で見ていてくれるが、俺がちょっと目を離すとふら~っと屋台やらなんやらに魅かれて近寄って行きそうになっている。
「こら、晩飯は宿を決めてからだ」
またしても屋台の肉が焼けるいい匂いにつられたように、ふら~っとそちらに行きそうになるフィルとバロン(お前もか!)を慌てて手と首輪を握って引き留める。
「えぇぇ、お腹空いたよぅ…」
子犬のようにしょげて呟いているが、あまり遅くなると宿の空きがなくなってしまう。それにフィルを連れているのに俺一人の時のような安宿に泊めるわけにもいかないし、できればバロンも室内に入れてくれる宿が望ましい。
「さて、どうしたもんかな」
とはいいつつも、通常俺が使っている宿というわけにいかないなら頼る場所は一つしかない。ちらりとフィルを見下ろして、この状況ではあまり近づきたくはないんだがな、と思うが背に腹は代えられない。
このままだとフィルとバロンが肉の匂いに誘惑されて俺の後を付いてこない危険性を感じ、彼女の小ぶりな右手をしっかりと握りしめた。
「ほにゃっ?!」
そんな声が聞こえたが、手を離す方が危ない。
「よし、行くぞ」
大通りだが中心部から少し離れた外壁に近い場所にある三階建ての建物を目指して歩き出す。手をつないだフィルは大人しく着いてきてくれたので、人込みの中でもそれなりにスムーズに移動できた。
時折視線を向けてバロンが着いてきていることも確認しておく。
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