第26話 魔獣討伐依頼
「すまない、ちょっと寄り道することになりそうだ」
さきほど幹にぶつけた後頭部に冷やした布を当ててやりながら告げると、フィルはこちらを見てきた。
その顔がまだほんのりと赤くて、まっすぐにこちらを見るのが恥ずかしいのか顔はこちらに向けているのに深い緑色の瞳はちょっと視線を逸らしている。
照れている様子が伝わってきて可愛らしく感じる。
この旅で改めて16歳になったフィルの色々な表情や気持ちを見る場面が増えて、今までの“妹分”という言葉で関係を維持するのが難しいなと思う気持ちが出来始めていることは、自分でも感じている。
とはいえ今すぐどうこうするものでもないと思っている。ただフィルの反応が素直に可愛らしくて仕方ないなとは思ってしまうが。
「さっきの封書で急ぎの魔獣討伐を依頼されてしまった。
ちょっと断れない内容なんで、申し訳ないがフィルには付き合ってもらうか、街の宿屋で待ってもらうか……」
顔を覗き込むと恥ずかしいだろうから視線を逸らしつつ言葉を続ける。その時、彼女の後頭部の布を支えている俺の指先に細い指先が触れる。
そちらに視線を向ければ、どうやら自分で布を押さえる仕草をしている。
「じ、自分で、自分で、でででで、できる、から」
「ん。ちゃんと冷やすんだぞ」
布から手を離して、あごのラインにかかる亜麻色の髪を梳くように撫でながら手を離すと柔らかな手触りで滑り落ちていく。その感触が心地よい。
「で、えっと、魔獣討伐のお仕事?」
「そう。ネルフェリア竜王国側のシュバルツの森に近いエルフェンス村に魔獣の群れが現れたらしい」
フィルがふんふんと頷きながら俺の話を聞いている。
「幸いまだ死傷者は出ていないそうだが怪我人が数人出ていて、危なくて村人が外に出られない状況らしい。
このままにしておくのはまずいと王宮とギルドも判断したらしく討伐することにしたんだが、すぐに向かえそうな冒険者が近隣にいないらしくてな、休暇中の俺のところに話が来た」
「そっか、それは村の人も困っちゃうよね。私の旅は急ぐものでもないから寄り道は大丈夫、だ、よ…」
と、いきなり慌てた様子で俺を振り仰ぐフィル。
表情をあたふたとさせながら
「てか、待って、待って、待って。……レオンが今休暇中って、どういうこと?」
「いや、言葉の通りだが」
「え、だって、今は私の護衛っていうか、そういうお仕事中じゃ?
あ、いや、だからって魔獣討伐の方が大事だと思うから、私の護衛を優先してとか言うわけじゃないんだけどっ」
――ぷっ。
慌ててあたふたとしながら告げるフィルの言葉とのやりとりがおかしくて、自然に笑ってしまう。本当にこの少女といると穏やかな気持ちで笑えるな。
まずは落ち着いて欲しくて、軽くフィルの頭のてっぺんあたりをぽむぽむとして。
「そもそも“踊る小鹿亭”でしばらく休養するつもりだったんだ、休暇だろうが。で、たまたまフィルがネルフェリア竜王国に行くというから、俺も竜王国に用事があってちょうどいいから、一緒に旅している。
第一、護衛の依頼をされてないし、はなから依頼として受けてもないだろうが」
俺の言葉を聞きながら赤くなったり青くなったりと大忙しのフィルの表情は、最後にはメダマドコーと言いたげな顔つきになった。
先ほどから続くフィルの挙動不審さにバロンも心配になったのか、片足をフィルの膝にかけて「大丈夫?」と覗き込むようにしている。
「で、話を戻すぞ?
夕方には国境の街ゴアメスに到着できるから、今日はそこで宿を取ろう。エルフェンス村はゴアメスから2~3日の距離だ。行き帰りで4~6日、魔獣の詳しい情報がわからないが討伐に4日として、10日ぐらいで片付く仕事だとは思うんだが」
心配そうなバロンを落ち着かせるためか、フィルの手はゆっくりとバロンの背中を撫でながらこくりと頷いて。
「うん、魔獣討伐依頼は受けて下さい」
「そうか、ありがとう。助かる。あとは俺と一緒にエルフェンス村にくるか、ゴアメスの宿屋に残るかなんだが……」
「レオン的にはどっちがいいの?」
逆に聞き返されて少しだけ思案するが
「そうだなぁ……フィルの魔法力次第だな」
ずっと考えていた。中級魔法までと言っていたが実際どれだけ使えるのかで、連れて行けるかどうかの判断が変わる。
「あ、なるほど。そういうことね」
フィルもなるほどと言いたげにこくこくっと頷いて
「前も言ったけど、先生に習っていたから中級魔法ぐらいなら使えるよ。相性がいいのは水魔法かな。
種類としては攻撃系より補助系や防御系の方が上手な気がする。攻撃系が出来ないわけじゃないんだけど……」
「そうか、まぁ攻撃系は俺が受け持つからあまり気にしないでいい。代わりに補助系や防御系なら実際どれぐらい使えるか、見せてもらえるか?」
「ん。そしたら……」
後頭部を冷やしていた布を外して、バロンの頭にひょいと乗せて立ち上がるフィル。
少し離れた位置に進んで、両手を胸元に当てて深呼吸する様を見つめた。
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