第25話 たんこぶ


 レオンに促された木陰に向かって二人で移動した。木陰はすうっと涼しい風が吹き抜けていて気持ちいい。


 木の根元に腰を下ろすと、すぐ脇にバロンがお座りする。走ったせいか、ハッハッと短く荒い息をはいている。


「ん、咽喉渇いたよね」


 両手を合わせて器の形を作り、バロンの口元に近づけて小さく魔法を口にする。


【水よ・満ちよ】≪初級水術式:発動≫


 手のひらの上にくすぐったい感触が生まれて、すぐに水が溜まっていく。手の中の水はひんやりとしていて飲みやすそう。

 すぐにバロンの大きな舌が水を絡めとっていく。


 おいしそうに何度も水を飲むバロンを見て、水を出してあげて良かったなぁとぼんやり思っていると、またしてもレオンの魔法について疑問がむくむくと雲のように湧いてくる。


 ――空間魔法の呪文は知ってる。魔法構成式も覚えている。


 そして今更ながら気付いたのだけれど……、あの時レオンは【空間よ・開け】と呪文を唱えて空間収納を展開した。


 けれど、私が書物で学んだ空間収納の呪文は違った。私が記憶している呪文はあんなに短くない。


 ぼんやりとした視線の中でバロンが水を飲み終えてふーっと息を吐いて、私の隣に臥せって一休みしている。


 両手の中に少し残った水が日差しをきらきらと乱反射させて美しい。何となく両手をゆらゆらとさせてそのきらめきを瞳に映す。


 きらめきに見入りながら手繰り寄せた記憶が正しければ、空間収納の呪文は【空間よ・願いを聞き・道を開きて・扉を開け】と複数の単語を組み合わせた形のはずだ。


 私が魔法を暴走させた原因は私自身の上限点を超えた魔法だったということもあるけれど、レオンが使った呪文をそのまま唱えてしまったことも一因だろう。


 ぽたぽたと少しずつ、指の間の隙間から水が零れ落ちていく。


 魔力の量や本人の適正とか色々な要素が絡んで使用できる魔法のレベルや種類は決まる。なんでも使えちゃう人もいるし、特定の魔法が得意な人もいるし、その逆の人も。


 自分は四大精霊の魔法はどれもそれなりに使えるけれど、水の魔法が一番相性いい感じ。種類で言えば攻撃系の魔法よりも防御系や補助系の魔法の方が使い易い。


 考え事にふけっている間に手のひらの水はすっかり地面に零れ落ちて、ただ器の形をした両手だけになった。

 残った水気を払うようにぷるぷると振りながら、略式呪文に関する記憶を辿っていく。


 自分も略式呪文が出来るようになりたくて先生に色々と話を聞いたけど、能力が高い人ほど呪文を略式に出来るとは言っていた。それに初級あたりは略式呪文もそれなりにあるけれど、中級以上は勿論難しくなる。


 そうなら上級魔法の中でも上位の魔法である空間収納を当たり前のように略式呪文で行使できる人って……どう考えてもごく普通の人とは思えない。


「どうした?」


 いきなり視界にレオンのドアップが映って、おもわず身体がのけぞってしまい、


――ごんっ。

 鈍い音がして。木の幹に結構な強さで後頭部を打ち付けた。


「いぃぃっったぁ!!」


 あまりの痛さに涙を浮かべながら後頭部に慌てて手をやる。

 ちょうど水で手が冷えていたので、じんじんする痛みにひんやりとした感触が少しだけ慰めになる。


「すまん! 何度か声を掛けたんだが、反応がなかったから……」


 私の驚きようにレオンも驚いたらしく、あたふたしながら私の後頭部に手を当ててくる。

 対面にしゃがんでいた彼の大きな手のひらが私の手ごと後頭部を抱くようになり、そのままぽすんと彼の身体にすぽっと抱きつくように収まってしまう。


「結構いい音がしたからな、腫れるかもしれないな、大丈夫かな」


 おろおろとした感じで言葉を重ねながら私の後頭部をじっと見つめているのが、視線が刺さる感じで伝わってくる。てか、いま、私の手とレオンの手でぶつけたところを覆っているから見てもわからない気がするんだけど……


 それより密着度が高すぎて自分がドキドキしてしまう方が恥ずかしくて、多分耳まで真っ赤になってしまった。


「だだだだだだいじょうぶ、大丈夫」


 とにかくそう告げてこの後どうしたらいいのか考えたいのだけれど、ドキドキがうるさくて何か考えることが出来ないっ。


 と、その時。耳に軽く何かがちゅっと音を立てて触れた。


「――?」

 その感触が何か一瞬わからなくて少しだけ顔を上げようとすると、ちょうど耳のあたりにレオンの唇が触れているのに気づいてしまい。


「うにゃぁxs?!」


「くすっ――真っ赤で可愛い」


 そんな台詞を耳元で囁かれた。

 思わず後頭部を押さえていた手を外して、両手で顔面を隠さずにはいられない。


 レオンは私の耳元で楽しそうな笑い声を小さく立てて、さらに赤くなっただろう耳をひんやりとした指先でなぞってくる。


「いや、まって、なに、えと、あの、その、」


 あぁ言葉が浮かばないです、何を言えばいいのか、それ以前に何が起こっているのぉぉ。

頭からぷしゅーっと何かが噴き出しそうなぐらい恥ずかしいのに、レオンは抱きしめたまま離してくれない。


「ちょっとぶつけたところを見るよ」


 さらにきゅっと抱きしめられて身体が密着して、もう何が何だかわからなくて、後頭部の痛みもなんだかわからなくなってきた。


 レオンの指先が私の髪をかき分けて後頭部の様子を確認しているのが伝わってくる。


「ん、ちょっと赤くなってるな。少し腫れそうだけど冷やせば大丈夫かな」


 赤くなっているのって、照れているせいでないかな。

 レオンの指先を自分の髪が流れて落ちていく感触が伝わって気恥ずかしくて、両手の指の隙間からしかレオンを見ることができない。

 見たところレオンはまったく普通の感じで、あぁ、もう。

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