第24話 竜と伝書鳩
街道をてくてくと、ネルフェリア竜王国に向けて歩くこと一週間を少し。
日差しも春の気配を過ぎて心地よく、初夏の雰囲気もにじませるようになってきた。
街道の旅はそこそこ道が整備されてはいるので歩くことがそんなに大変ではなかったし、所々にある村の宿屋にお世話になることもできたので、疲れてはいるけれどそれなりに元気な感じでレオンとバロンとの旅は続いている。
今日も天気は上々で、時折頭上をゆったりと過ぎてゆく雲が作る影が気持ちいい。
いくつの雲が過ぎた後だっただろうか、今までと違う雲の動きに陽射しを突然さえぎられた。
「――?」
雲の動きにしては素早く感じる影の過ぎ去り方にふと視線を上げると、
「あっ……」
既に影は離れていたが、その優美な竜の後ろ姿がしっかりと私の瞳に焼き付いた。
――竜だ。竜だ。竜だ!
一瞬にして自分の心がぶわぁっと盛り上がった。自然と足が止まり視線は過ぎていく姿にくぎ付けになる。
「きれい、だなぁ…」
強い日差しのせいもあって竜の色はもうわからないけれど、大きく広げた翼と伸びやかな尻尾が作り出すフォルムは均整がとれていて素敵で見とれてしまう。
まさかアルタリア国で竜の姿を見ることがあるなんて思わなかった!
あぁ、一瞬過ぎてもったいなかったな、もっと見たかったな、もっと近くで見たかったな、いっそ乗りたかったな……。
そんなことを思いながら竜が過ぎ去っていった空をぼうっと見上げていると、
「わふっ!」
バロンの鳴き声が聞こえたので慌てて視線を下げれば、きらきらとした黒い瞳で“良かったね”と言いたげに見上げてくる。
「竜ってきれいだね」
思わずしゃがみこんでバロンの瞳をのぞき込む。その額にある白いひし形の模様に指先を当てて、そっと柔らかく撫でてやる。
「フィル。そろそろいいか?」
はっ!
竜とバロンに気を取られて、レオンのことを忘れていた。
慌てて立ち上がり、数歩先で足を止め苦笑いをしているレオンに駆け寄った。レオンは長身なので、彼の目を見て話をしようとすると見上げる感じになってしまう。
「ごめんなさいっ」
まぁいいけどな。苦笑いをひっこめてつぶやきながら、言葉と共に下げた私の頭をくしゃりと撫でた。
「フィルの竜とバロン好きは、今に始まったわけじゃないしね。もう少しでネルフェリア竜王国との国境に着くから」
街道の先を見渡してレオンがそう告げ、背を向けて歩き出す。
彼の後ろ姿のカッコよさに見とれていると、バロンの鼻先でふくらはぎをつつかれる。
“レオン、行っちゃうよ?”とでも言いたげな瞳としぐさ。慌てて荷物を背負い直すふりをして、レオンの後を追いかけて歩き出す。
歩き出しながらもう一度空を見上げる。
「旅立ちの日も、こんな青空だったね。すごく良い天気だった」
一瞬とはいえ本物の竜を見ることが出来たので興奮したまま歩くこと少し。
「ん……あれは……」
レオンがふと立ち止まって街道の端に寄る。
私も慌ててレオンに倣って端に寄り、彼が空を見上げて呟いたのでその視線を追う。
「--?」
特別何も見えないんだけど、彼は何かに気付いているらしい。
視線は空の一点に向けたまま、腰のベルトに止めていた革手袋を外して装着。
軽く握って具合を確かめた後に左腕を高くかざすと、どこから来たのか薄い灰色の鳩がふわりと舞い降りてくる。
当たり前のような動きで鳩を指先に迎え入れるレオンの姿は絵画のようで、またしても神々しい。もう、このイケメンっぷりはどうにかならないのでしょうか。
彼が腕を下げる動きに合わせて私の眼前に鳩が舞い降りる。
うわぁすっごくもこもこしていて可愛らしい。そのほわほわとした姿にくりくりの赤い瞳をにこにこしながら見ていると、鳩は口元に翳されたレオンの指を軽くつつく。
鳩は二度ほど確かめるようにつついた後、いきなり輪郭がぼわんと弛むように崩れて緩く発光する。
「――ほぇっ?!」
何が起きたのか、何が起きるのか。
驚きで目を離せないでいると、緩い発光の上に魔法文字が浮かんで消える。
≪個人認証紋展開≫ -完了- ≪認証成功≫
≪伝書鳩魔法陣展開≫ -実行許可-
瞬間、レオンの手のひらの上に封書がぽとりと落ちた。
むむっ……これって、またしても、魔法、だよね。
上目遣いに隣のレオンを見上げたのだけれど、彼はその視線には気付かずに封書にある封緘を見てちょっと嫌そうに眉根を寄せた。
封緘がある封書ってことは、貴族とかギルドとかの高位なところからの手紙なんだろう。そもそも普通の手紙は魔法式で送ったりしないもんなぁ。
そういう要素を考えると、やっぱりレオンの素性が良く分からなくなる。普通の魔法剣士だと思っていたんだけど、きっと多分、そうじゃない。
そんなことをグルグルと考えていると、レオンに軽く肩を叩かれてはっとする。
「少し早いけど昼休憩にしよう」
何本かの木が寄り添って生えているちょっとした木陰に促される。視線の先でバロンはすでにそちらに向かって駆け出していた。
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