第23話 空間魔法のサンドイッチ


「ほら、朝飯だ」


 一口飲んでほわんとしているところで、レオンからシシルの葉に包まれた手のひら位の何かを手渡される。

 結ばれている紐をくるくると解いてシシルの葉を開くと、中からサンドイッチが出てきてびっくりした。


「え、え、これってどうしたの?!」


 ふかっとしたパンに挟まっているのはトマトとレタスと焼いたベーコン、どうみてもここで手に入る食材ではない。

 私がサンドイッチを手に驚いている様がおかしかったのか楽しそうに笑いながら、


「出発前に作っておいたやつだよ。

 空間魔法の中に入っていると時が止まるから傷んだりしないんだ」


 ええええ、なにそれ。それって凄すぎませんか。


 サンドイッチを目の高さまで持ち上げて、まじまじと、まじまじと、穴が開きそうなほどに見つめてしまう。

 パンはふっくらしているし、レタスはみずみずしいし、ベーコンのいい香りがしているし、傷んでいる様子はまったくない。


「いいなぁ、こんなに便利な魔法、私も使いたいぃぃぃ」


 じたんだ、じたんだ、思わず足をパタパタさせて悔しさを体現してしまう。

 だって本当に時が止まって中のものが傷んだりしないなら、フレッシュハーブとかミルクとかバターが保存し放題ってことですよ。これは凄いことだ。


 ――こつん。

 思わず叫んでいた私の頭にレオンの握りこぶしが触れる。


「気持ちはわかるが、まだダメだ」


 う。そうですよね。

 昨日の失敗はあまりにも鮮やかな失敗すぎて、忘れることは出来ません。はい。


 一気に昨日のことを思い出してずーんと落ち込んでしまった私の頭をレオンが優しい手触りで慰めるように撫でてくれる。彼の指の間を自分の髪がさらさらと滑り落ちる感触が伝わってくる。


 その優しさに胸が一杯になってきて、本当になんであんなことしちゃったんだろうと思ってしょんぼりしていると、


「空間収納を使いたなら、俺に言えばいい」


 ――ほえ?

   それってレオンの収納庫代わりに使って良いってことになるんでしょうか?


 さすがにそれはどうかと思うって思わずレオンの顔をまじまじと見ていると、今度はぷっと噴き出すレオン。


 なんか2年の間に彼だけ凄く大人になったなって感じていたんだけど、その笑顔は2年前の時の柔らかさと優しさが変わってなくて、どきっとした。


「それってどうかと思う、とか思っただろ?」


 口元を軽く覆っても楽しそうに笑うレオン。笑みで揺れる琥珀色の瞳が甘い色合いを宿していて、あぁ、こんな場面なのにドキドキしちゃうのはおかしいんだってば。


「だ、だって。そうじゃない、レオンを収納庫代わりにするなんて。

 それに預けたら、ずっと一緒にいないと困っちゃうし」


 笑われても言われたことは図星なので否定は出来ない。

 慌ててそんな言葉を告げると、レオンの動きが一瞬止まった、気がした。


「――?」


「あ、いや、なんでもない」


 ふいっと私から視線を外してバロンの方を見たので表情とかは見えなくなったけれど、なぜか彼の耳が赤くなっているのが見えた。

 ……何か彼を困らせるようなこと、言っちゃったかしら。


「わぉん」


 と、彼の姿の先にいるバロンも私の視野に入り、おねだりするような鳴き声を上げたバロンに焦点が合う。


 バロンの前にもいつのまにかお皿が置かれており、そこには昨夜のジャガイモと燻製肉の蒸し焼きが用意されていた。昨日は用意してくれた分を全部食べていたから、多分朝食用に同じものを作ってくれたのだろう。


「――!」


 胸のあたりが申し訳なさでぎゅっとして、息がちょっと詰まった。

 本当ならバロンを連れてきた私がきちんとバロンの面倒をみなきゃいけないのに。


 そんな思いでバロンの前のお皿を凝視していると、その視線に気づいたのだろう、あっちを見ていた視線を戻してまたしてもぽんぽんと頭を撫でてくれる。


「気にしない。一緒に旅をする仲間なんだから。

 さ、それよりいつもの祈りを頼む」


「わふわふっ!」


 バロンがお皿の前で待ちきれなさそうに足踏みしている様を見たレオンが促してくれたので、こくんと頷いて両手を合わせる。


「今日も食べ物に感謝して、元気に美味しくいただきます」


「ん、まずはちゃんと食べないとな。今日も歩くから」


 レオンも自分の分らしい包みを開いて、がぶりとかじっている。


「ねぇ、ネルフェリア竜王国の王都までってどの位かかるの?」


「そうだな、シュバルツの森を馬で抜ければ一週間程度か。今回は街道を徒歩で行くから、三週間はかかるかな」


「シュバルツの森って、オランジェ村の奥にある魔物が住んでる大きな森?」


「そうだ。あそこには瘴気だまりの沼が点在しているからな、そこかしこで魔獣に会う危険性が高い。俺一人ならそっちの方が近いから、シュバルツの森を抜けてもいいんだが」


 最後の台詞はつぶやきだったので、私の耳にはしっかり届かなかった。


「そしたら結構な長旅になるんだね」


「まぁ普通の商隊なら街道を進むから、馬車か徒歩かの違い位だな。

 俺たちも街道まで出て国境の街ゴアメスを目指す」


 ふむ。空を見上げてからレオンが教えてくれる。


「幸いこの時期は天候もいいし、そんなに予定が狂うことはないだろう」


 ぺろりとサンドイッチを食べ終えて、ごそごそとシシルの葉の包みを取り出す。もう一つ食べるらしい。


 バロンもじゃがいもと干し肉のご飯がかなり気に入ったようで、すでに食べ終えているのにお皿を何度も舐めている。


「よし、じゃあささっと片付けして頑張って歩かないとね!」


 私も手にしていたサンドイッチの最後の一口をむぐっと飲みこんで、元気に立ち上がった。

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