第22話 今朝のお茶は


「ん……」


 顔に太陽の強い光を感じて、ぎゅっと目をつぶった。それでも目の裏が白く感じるほどに強い陽射しだ。これは晴天、お洗濯日和だ。


 目をつむったまま軽く伸びをしてみると、身体の周りを木々の香りを含んだ爽やかで軽やかな風が抜けていく。すごく気持ちいいなぁ。とはいえ、陽射しが眩しすぎるよぉ。


 のっそりと身体を起こして目をゆっくり開く。木々の枝葉越しに鮮やかな青空が見えて、一瞬どこにいるのかわからなくてきょときょとした。


「ぉん!」


 横から聞きなれた鳴き声がして、右脇の辺りにバロンの頭がぐりぐりと押し付けられる。


「おはようバロン、君は今日も元気だね」


 人間ならにこにこしていると表現したくなるような表情と尻尾の振り具合。

 ぐりぐりしてくるバロンを両手でぎゅっと抱きしめて、そうだ旅に出たんだっけと思いだす。と、同時に聞こえたレオンの声。


「おはよう。慣れない寝床だったろうが眠れたか?」


「ん、おはよう。ありがとう……」


 っと、ちょっと待って。

 私、自分で寝床に横になった記憶がない、よ?

 ぎっ…ぎっ… というぎこちなさの擬音付きでレオンの声がした方をなんとか振り向く。

 焚き火の傍に腰を下ろしたままこちらを見ている琥珀色の瞳と視線が合う。


「も、もしかして、もしかしなくても、昨夜は……」


 そこまで何とか言葉にしたけど、続きをどう続けていいのかわからずにしどもどしていると、


「あぁ、さすがに疲れていたんだろう。器用に座ったまま寝落ちしてたぞ」


 あああああぁぁ、やっぱりそうですよねぇ、だって丸太に座ってお茶していた辺りまでしか記憶が浮かんでこないもんっ。


「大丈夫、バロンが手伝ってくれたから」


「うぉん!」


 いや、そのやりとりは何でしょうか。バロンが手伝ってくれたから大丈夫って、何なんですか一体。そもバロンが一体何を手伝ったんだろう。


 またしてもきっと恥ずかしいことをしてしまった。

 うぅ、絶対赤面している。だって全身がぎゅっとして熱く感じる。こんな状態でレオンの傍に行って顔を見せるだなんて出来ないよぅ。


「さて、朝飯を食べて出発するぞ」


 抱きしめたバロンの首筋に顔を埋めて赤面を隠しているけれど、ずっとそうしているわけにもいかない。

 朝飯、という単語にバロンが反応して、尻尾をふわふわと振って私の腕からするりと抜け出す。


「あっ!」


 バロンが離れちゃうと顔を隠せないよぅ。

 ううう、薄情者。とはいえ、バロンに罪はまったくないので、のろのろとした動きながら寝床を片付けてレオンの傍に移動する。


「昨日は、その、いろいろと、ありがとぅ」


 本当はレオンの顔を見て伝えられればいいんだけど、とてもそんな勇気はない。末尾が消えそうになりながらも、何とかきちんと言葉にして伝えることで精一杯。

 レオンに再会してから恥ずかしいことばっかりしている気がする。


「どういたしまして。

 お湯が沸いているから、ハーブティ、淹れてくれるか?」


 ふわりとしたそよ風のような柔らかい笑みを浮かべて軽く頷いてから、金属カップを2つ、差し出してくる。

 いつもと変わらない雰囲気で接してくれるの、きっとレオンの気遣いなんだよね。こういうところ、いつも素敵だなと思う。


 少しだけ恥ずかしさと違うどきどきとした気持ちになったけど、それが表情とかに出ないように気を付けながら手を伸ばしてカップを受け取る。


「わかった。ちょっと待ってね」


 自分のトランクから特製ハーブティの缶を取り出す。茶葉を詰め込んだお茶缶はいくつか持ってきているので、当分無くなる心配はない。


 今日は気持ちいい目覚めだったし、空は青くて風も心地よい。このすがすがしい気持ちを満喫したいから、メリッサを足してみようかな。

 いつものようにアレンジしてからカップに茶葉を入れて、テーブル代わりの切り株にカップを置く。


 お茶を蒸らすのに蓋があるといいんだけどな。そんなことを思ってきょときょとすると、ちょうど切り株の上にシシルの葉があるのに気づいた。


「シシルの葉、もらってもいい?」


「ああ、構わないぞ」


 お皿の代わりにもなるシシルの葉は、ちょっと厚めでさらりとした質感の葉っぱ。

 私の顔が隠れちゃいそうなぐらいに大きいシシルの葉に向けて手を翳し、


【水よ・共に踊れ】 ≪初級水術式:発動≫


しゅるんと私の手の上でシシルの葉が水に包まれて洗われていく。

 数秒で魔法を解いて、カップの大きさより一回り大きめサイズでちぎる。

 脇でシシルの葉を洗っている間にレオンが片手鍋から直接カップにお湯を注いでくれる。あつあつのカップの上に即席のシシルの葉で作った蓋を乗せれば完成。


「あぁ、蒸らすのに使ったのか」


 私の手元を見ていたレオンがなるほどね、と頷いている。


「蓋がなくても淹れられるけど、蒸らすともっとおいしいから。……ん、もういいかな」


 頭の中で1分ちょいを数えてシシルの葉を外すと、たちどころに仄かな甘みを含んだハーブティの香りが立ちのぼる。


「はい、どうぞ」


 レオンの前にカップを置いて、自分も彼の隣でカップを持ち上げて香りを吸い込むと、気持ちが穏やかになる。

 カップで入れたお茶なので、緩やかにジャンピングしている茶葉を軽く息を吹きかけて奥へと動かして、手前のお茶をそっと口にする。

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