第21話 魔法と魔法構成式
「お、ちょうどの頃合いか」
俺は立ち上げって焚き火の傍により、コモスの葉の包みを木の枝で転がしながら脇へとのけて取り出していく。
皮の手袋を嵌めてこんがりと焼けたコモスの葉をぺりぺりとめくれば、ほっこりと火の通ったジャガイモと柔らかくなった乾燥肉が出てくる。
「よっと」
用意していた皿にそれを盛りつけて、木のフォークを添えて差し出す。
「味は燻製肉のハーブと塩気でいけるはずだ。熱いから気を付けろよ」
「あ、うん、ありがとう」
差し出した皿を両手で受け取るフィル。
「お前の分は塩味が少ない乾燥肉で作ってあるから、そのままでいけるぞ」
バロン用には塩をほぼ使っていない乾燥肉を使って用意した。昔飼っていた犬に自分が食べていた味付きの肉を食べさせて兄にめちゃくそ怒られたのが身に染みているお陰だ。
ざっくりとフォークでジャガイモと燻製肉を崩して食べやすくしてから、皿をバロンの前に置く。
「熱いからな、気を付けろよ」
「わふぅぅん!」
今にも食べようとしたバロンが、それでもはっとしたようにフィルを見上げてお座りの姿勢を正して足踏みした。
お、えらいな。そんなバロンの仕草にフィルも小さい笑みを浮かべて、両手を合わせる。
「今日も食べ物に感謝して、元気に美味しくいただきます」
俺もフィルと共に手を合わせて言葉をつぶやく。言葉が終わると同時にバロンが皿に顔を突っ込む。
「久しぶりの料理だから、出来の良しあしは勘弁してくれよ」
さっそくもぐもぐしているフィルに告げて、コモスの葉から出た水分でほくほくになったジャガイモに程よい塩気の燻製肉を混ぜて口にすれば、そこそこおいしい。
「すっごくおいしいよ」
一口目を飲み込んだ後にそう告げて、すぐさま二口目を食べている様子から出来に問題はなかったようだ。
簡単な夕食を終えた後、今度はフェルがいつものハーブティを振舞ってくれた。市販品も悪くはないが、やはりフィル特製のハーブティが一番うまいと思う。
再び、しばしの静かな空間。
あれから魔法の事をどう尋ねようかと思案していたのだが、これから旅をする中では魔法を使う場面もくるだろうことを考えると、どの程度まで使えるのかは聞いておきたい。
「フィル……」
俺の隣に座っている小柄な彼女に声を掛けてみたが、返事がない。
「………?」
どうしたのかと彼女の顔を覗こうとしたときに、ぽすんと彼女が寄りかかってきた。いきなりのことで少々慌てたが、すぐに小さな寝息のようなものが聞こえてきた。
カップを地面に置いて、寄りかかってきた小さい背中を支えてやる。
疲れても当然だろう、初めての旅に上級魔法の行使ときている。
背中を支えた腕を滑らせて、そのまま両腕で彼女を抱き上げて立ち上がる。
フィルの足元で大人しくしていたバロンが、俺の動きに合わせて立ち上がる。
焚き火より少し離れた場所に用意しておいたフィル用の寝床に運ぶ。バロンが気を利かせて毛布を咥えて動かし、寝かせやすいようにしてくれる。
「ありがとな」
本当によく見ている犬だ。というか、ここまでこちらの思惑や動きを察知して行動するのを見ると、ただの犬とは思えない。
ゆっくりとフィルを横たわらせると「僕の役目」とでも言いたげな顔つきで毛布を掛けている。まるでお姫様を守る騎士のようだな。そんな印象を受けて口元の笑みに苦みが混じってしまう。
「少し様子を見ていてくれ」
寝息は落ち着いているし、疲れているだろうから眠りは深いだろう。特に心配することはないがバロンにそう声を掛けて、焚き火の傍に戻る。
時折、フクロウの鳴き声が低く響く。ここより少し離れた場所に獣の気配をいくつかは感じるが、魔物や盗賊などに対処できるよう防御結界はすでに張ってある。
焚き火の様子を確かめてから、剣を抱えて太い木の幹に背を預けるように腰を下ろす。
防御結界はあるので俺も眠っても構わないのだが、今日の出来事のこともあって少々目が冴えている。今回の旅は魔獣討伐などの戦闘を必要とする依頼とは違うことだし、明け方に少し休めば大丈夫だろう。
「……それにしても、いきなり空間魔法とはな」
夕方に起きたことを思い出して吐息する。思いのほか深い吐息になった事に少しばかりの苦さを感じた。
大事にはならなかったが、魔力の危ない揺らぎを感じて慌てて行ってみれば、いきなりの空間魔法発動と暴走しかけている状況にはさすがに驚いた。
自然と視線がフィルの後ろ姿に向かってしまう。
ごく普通の村娘だと思っていたのだが、そうじゃないかもしれない。ごく普通の村娘が上級魔法の呪文と魔法構成式を知っていたとは……ちょっと思えない。
俺が空間魔法を使った時にかなり興奮していたのも、そもそも魔法に対してそれなりに知識があったならおかしいことではない。
腰のポーチから小指程の大きさの水晶を取り出す。あの時とっさにフィルの魔力を吸収させるのに媒体として使ったモノだ。
水晶の中にはきらきらとした緑色の流体が閉じ込められているように見える。
この流体みたいに見えるモノが、フィルが放出していた魔力。焚き火の光に翳しながら傾ければとろんとした緑色の流体は濃くなり薄くなりと表情を変える。
――その様は、とても美しい。
「水晶一つ分の魔力、ね」
確かにフィルが言っていたように中級魔法あたりまで扱える魔力量はありそうだ。そして、知識は上級魔法まで習得している。
そうでなければ行使できなかったとはいえ空間魔法をいきなり使えるわけがない。
水晶をポーチに戻して焚き火を見つめていると、いつの間にかバロンが足元に来ていた。
「フィルは大丈夫そうか?」
じっと俺の顔を見た後にこくりと頷いて、俺の足元で丸くなった。ここで眠るつもりらしい。
地面に置いておいたカップの中のハーブティは冷めていたが、ホットの時と違い香りが落ち着いていて、これもまた良い。ゆっくりと口に運べばその冷たさが気持ちをしっかりとさせてくれる。
――どうしてもフィルの魔法について思いが馳せる。
この世界の魔法は、呪文と魔法構成式から成り立っている。
魔法構成式を描いたり思い浮かべたりして呪文を詠唱することで魔力を消費して魔法が成立し行使されるのが基本だ。
ただ、地水火風の精霊たちに力を借りる四精魔法は魔法構成式がなくても成立する。四精が魔法構成式の代わりを果たしてくれるかららしい。
今は魔力を含んだ魔石を利用した魔道具の発展もあり、火起こしや灯りなどの生活によく使われる四精魔法は魔道具によって支えられている。
それ故わざわざ魔法を覚える人間は限られているとも言える。
普通に暮らしていくならば、初級の四精魔法が使えれば事足りるだろう。
そんな状況で中級魔法を覚えるとなると大体魔術師から習う事が一般的であり、魔術師から習う環境にいたとなると、やっぱり普通の村娘とは考えにくい。
ふるふるっと軽く頭を振る。
これ以上考えたところで答えが分かるわけでもない。明日になったら改めて魔法についてはフィルに聞くことにしようと考えて、俺は木の幹に背を預けて目を閉じた。
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