第15話 私は竜に出会いたいんだ
朝食を終えて。
レオン以外の宿泊客はいないので、後片付けを急ぐことはない。
久しぶりに誰かと食卓を共にしたのは、レオンの言葉じゃないけど一人よりおいしいご飯の時間だった。
ティーポットから彼と自分のティーカップにハーブティを注ぎ足して、そのまま視線を窓の外に向ければ、私の大好きな樫の木が見える。
「――…………」
結構長い、彼と私の沈黙。
と、こちらも食事を終えたバロンが両前足を膝の上に乗ってきた。ご飯が美味しかったと大満足の顔つきをしているのに笑みが零れる。
鼻の頭にパン粥がちょこんとついているのはご愛敬だけど、そのままにしておくのもどうかと思ったのでエプロンの裾を使って軽く拭ってあげた。
お礼のつもりなのか、私の手のひらに鼻先をぐりぐりっと押し付けてきた。
その動きがくすぐったくて小さな笑い声をあげて。
「--でね」
ちょっと沈黙が長いし。
何か告げないと何も進まない感じがして、視線を再び樫の木に向けてから、ずっと憧れていたけれど一歩踏み出せないままでいた思いを告げることにした。
「せっかくの機会だもの、竜に会いに、竜騎士に会いに、ネルフェリア竜王国へ行ってみたいなと思って」
竜と人が交わる国、そこに行けば竜を間近で見ることが出来るというし。
竜と生涯を共にすることを誓ったという竜騎士にも興味がある。
それでもレオンから言葉が発せられる様子がないので「はてな?」と思いつつ視線を樫の木から離れさせて、対面の彼に向け直した。
と、今まで見たことないような顔をしてこちらを見つめている彼と視線があった瞬間にどきりとしてしまう。
その眼差しはじいっと深く私を見ているような、私の向こうに見える違う何かを見透かしているような不思議な色合いをしていて、彼の普段の瞳は深みのあるとろりとした琥珀色なのに、なぜか今、うっすらと金色を纏っているようにも見えた。
どきりとしたことで赤くなっただろう顔を隠したくて下げた視線に、レオンの手がそれぞれぎゅっときつく握りしめられていることに気付いた。
「――?」
なんだろう、なんだか悲しいような、胸が詰まる気持ちがして、慌ててもう一度顔を上げる。慌てた動きに応じるようにリボンでまとめた亜麻色の髪の尻尾がふわりと上がってゆるりと落ちる。
再び彼の瞳を見つめれば、いつもと同じ琥珀色の瞳だった。
――見間違い、だったのかな?
あぁ、窓から差し込む日差しの加減だったのかな。
なんとなくそう納得してほっとした。
その間に彼自身が自分の手を握りしめていたことに気付いたのか、手から緊張が抜ける感じがして。そのまま彼の全身からもすぅっと溶け透けるように緊張が薄まっていく気配を感じた。
「あー……」
取り敢えずレオンから一声出たのでそっと安堵して。その続きを待ってみる。
と、バロンが暇になったのか外に行きたいと私の膝の上で前足をフミフミして意思表示をしたので、レオンから視線を外して軽く背中を撫でて了承を告げる。
「気を付けて、いってらっしゃい」
「わふん」
返事と共にばさりと大きく尻尾を振って、食堂を出て裏口に向かって行く。お散歩も大好きな子だから大はしゃぎしているのが去っていく様子が背中から伝わる。
元気よく外へと掛けていくバロンを見送って、再びレオンに視線を戻す。
表情はいつもの雰囲気に戻ったようだけど、なぜかゆっくりと片手を上げて両目をふさいで、軽く天を仰ぐように顔を上げてため息みたいなのを吐いている。
「ひとまず、今月末まで宿泊させてもらおう」
ため息のような深呼吸して落ち着いたのか、片手を下げてゆっくりと顔をこちらに向けて、すっごく真剣な顔つきをしたレオンがきっぱりとした口調でそう告げる。
「あ、うん。
逆に今月末までしか泊めてあげられなくてごめんなさい」
この件に関しては申し訳ないと思っている反面、踊る小鹿亭を閉めるギリギリのタイミングでレオンが宿を訪れてくれたことは有難かった。
この宿をおしまいにするってことを自分の口から彼に告げることが出来たから。
出来るなら続けたかった思い出の詰まった場所だけれど、さすがにそれは難しい。
でもだからこそ、ずっとずっと憧れて思い描いていた竜に出会う旅に出ようという気持ちになったとも言える。
うん、宿をおしまいにすることは残念だけど、つらいけれど、竜に出会うことで何かが起きるような気がする。
それが何かはわからないけれど、きっと、多分。
私は竜に出会いたいんだ。
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