第14話 竜と竜騎士の物語


 この世界には竜が存在する。

 そして竜を相棒として誓約を交わし生涯を共にする『竜騎士』という特別な存在がいる。


 ――それは、互いを必要とし、互いを守り、互いを癒し、共に戦う特別な存在。


 竜と交流があり、世界で唯一竜騎士団が存在するネルフェリア竜王国。

 この王国は歴代最強と名高い黒竜バルバロスと誓約を交わして初代竜騎士となった方が興した王国であり、その縁で世界に唯一の竜と竜騎士が誓約式を行うことが出来る魔法陣が存在するという。


 そもそも竜はネルフェリア竜王国の北に広がる「世界の背骨」と呼ばれる広大な山脈の中にある竜の峡谷と呼ばれる険しい場所に住んでいると言われる。人がまず訪れることが出来ないと言われる峡谷で、竜の背に乗ることを許された者のみが空より訪れることが可能だと言われている秘境ともいえる場所だ。


 ゆえに人々が地に降りた野生の竜を身近で見ることはあまりない。


 だから、大空を優雅に自由に飛ぶその姿を見て憧れる。あまりないわずかな出会いが語り継がれて、それは物語として紡がれていく。


 オランジェ村の老人たちが手仕事をしながら語る古の竜の話に憧れ、時折訪れる旅芸人が紡ぐ物語や歌に出る竜に憧れ、竜を見たいと憧れることが多々あった。


 一体、どんな国なのだろう。そして物語で語られる竜と竜騎士はどんな人たちなんだろう。わくわくとした憧れ満杯の気持ちは、いつだって私の中にあった。


 竜が主人公の物語もあれば、竜と竜騎士の出会いの物語だったり、時には竜と竜騎士の別れの物語もあった。共に冒険をし、時に街を救う英雄となり、時に王女や姫と婚姻する竜騎士と寄り添う竜の物語。


 私もそんな物語に憧れ、竜に憧れる一人だった。

 けれど私が住んでいるアルタリア国では、竜の姿を見る機会なんてない。


 父さんはかつてネルフェリア竜王国で仕事をしていたことがあり、竜を見たことがあると言っていた。母さんとの出会いもネルフェリア竜王国だって聞いていた。


 竜もすごく気になるけれど、父さんと母さんにも縁があったネルフェリア竜王国にも興味がわいた。


 それにネルフェリア竜王国では式典や収穫祭などだけでなく、ときには片田舎の村でも竜を間近に見ることが出来る機会が意外とあるという。



 そんな話を聞き続けた私の憧れが自分の中で何よりも強い思いに到達するのは、今思えば必然だったのだ(ということにしておこう)


 なんでこんなに竜に憧れるのか、恋焦がれるのか。


 正直、自分でもよくわからない気持ちなんだけれど、稀に遠くの空を行く竜を見るだけでも切なさと愛しさと、なんだかいろんな感情がごちゃっと混ざってドキドキして、きゅんっとする。もちろん嫌な気持ちとかじゃない、けれど、なんて言っていいのか、どう扱っていいのかわからない気持ちの動き。


 自分ではもうなんだかわからなくて、主語を微妙に隠しながら友達のベネッタに相談したこともある。


 そしてあっさり返ってきた一言は


「それは恋でしょ」


「ここここここいっ?! そ、そうなのかな、そうなのかな?!」


 動揺しまくって、声は裏返って、顔は赤くなって、作っていたシロツメクサの花冠を握りつぶしてしまった。


 草原にベネッタと一緒に座っていた私の膝に顎をのせて昼寝していたバロンが、私の声がいつもと違うことに驚いたらしく耳をひょっと持ち上げて顔をあげ「はぅぅ?」と小さく鳴いた。


 バロンの頭の上に握りつぶしてしまった花冠が落ちて、黒い毛並みに白いシロツメクサが可愛らしい。


 隣で同じくシロツメクサの花冠を作っていたベネッタは、


「それ以外の何があるって思うのよ。あんた、ばか?」


 ぐっ、くやしい。くやしいけれど、なんだか、何も言い返せない。


「そ、そんな風に考えたことも、思ったこともなかったんだもん」


 無残にも崩れ去った花冠を手直しすることはあきらめて、尻すぼまりに小さくなる言葉と一緒にぽふんと背中からゆっくり倒れる。


 若草の香りを身近に感じながら見上げた空はどこまでも広くて、どこまでも行けそうで、遠くて近くて。


 ――竜の背に乗れたなら、どこまでも行けるんだろうか。


 ふと、そんなことを思い。


 ――私はどこまでも遠くへ行きたいのだろうか?


 その問いかけに首を傾げる。


 オランジェ村のことは大好きだし、どこかへ行きたいと願っているわけでもない。

 ぼぅっと空を見上げる視野をぬっと黒い物体が覆いつくして、すぐに身体がむぎゅっと圧迫される。


「ふぎゃっ!」


 そのままベロっとほっぺたを舐めあげられて、バロンがのしかかっている状態なことにすぐに気づく。

 くっ、バロンが、重くて、くぅっ、お、起き上がれないっ…。


「こーら、フィルがつぶれちゃうでしょ」


 くすくすと笑いながらベネッタがバロンを軽く押して、私の身体の上から動くように仕向けてくれた。


「ありがと」


 ベネッタに助け起こしてもらいながら、ふと思う。


 ――私はなぜこれほどまでに竜に惹かれるのだろうか?憧れるのだろうか?

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