第13話 だからね旅に出ようと思って
「お待たせ」
樫の木から室内に視線を戻せば、テーブルの上には野菜たっぷりのスープに丸パンが入った篭と自家製のジャムが並べられて。出来立てらしいベーコンエッグには、先ほど収穫した野菜を使ったサラダが添えられている。
ちゃんと二人分用意してきたことに安心して、口元が緩く笑みを浮かべた。
「バロンの分も持ってくるからね」
フィルが厨房に向かっている間に俺は席を立ち、向かい側の椅子の傍へと移る。
バロン専用の食器である大きめの深皿を手に戻ってきて、俺が立っているのを不思議そうに見つつ、行儀よく待っているバロンの前に身をかがめる。
大きめの布を敷き深皿を置く。中身は先ほど言っていたバロン用に作った野菜スープのパン粥だった。
「こちらへどうぞ」
少しだけ気取った声を出して、椅子を引く。キョトンとしたフィルの表情にぷっとした笑いが出てしまう。
「ほら、朝ごはん、一緒に食べるんだろ?」
促すように声をかけて、椅子の背をぽんぽんと叩く。
ハッとしたフィルがすぐに真っ赤になった。こういうやり取りに慣れていない様子がありありと伝わってきて、可愛らしいなと思ってしまう。
「ああああああありがと」
先ほどの「お」連続に続き今度は「あ」が連続で発音されているがそこは聞き流して、彼女の座る速度に合わせて椅子を整える。
ゆっくりテーブルの脇を回って俺も椅子につく。
「くぅぅー」
待ちきれないらしいバロンがねだるような声を出したことで、フィルが慌てて「こほん」と咳ばらいをひとつして、
「みんなで一緒にいただきますだからね?」
今にもボウルに顔をつっこみそうなバロンに告げながら、両手を合わせて目を閉じる。
「今日も食べ物に感謝して、元気に美味しくいただきます」
フィルにあわせて両手を合わせながら、あぁそうだ、アルベルト家族はいつもこうして食事の前にこの言葉を口にしていたことを思い出す。
「わぉん!」
バロンもいただきますの代わりらしい一声を上げて、すぐさまボウルの中へ顔をつっこんだ。
まぁ朝から俺と一緒に畑仕事というか遊びまくっていたのだから、空腹でもおかしくない。かくいう俺も腹は減っている。
丸いパンを半分にちぎり、切り分けたベーコンエッグをのせてパクリ。
「ん、うまい」
「んっふっふ、ジョゼフおじさんのベーコンだもん、おいしいよぉ」
俺の評価に喜んだのか、にこにことしたフィルは野菜スープを口にしている。
そのまましばし食事をすることに専念し、あらかた食べ終わったところを見計らって声を掛けてみた。
「――少しは落ち着いたか?」
「…ん。
昨日は…ごめんね。てか、ごめんねっていうのも変だよね」
「いや、あんな事情があるとは思わなかった。答えにくいことを聞いて悪かったな」
ちょっと俯いたフィルはぬるくなっただろうハーブティを口にして、それを飲み込むまでの時間を少しの沈黙に変えて。
「レオンが謝ることないよ。
逆にね、昨日はありがとう、話を聞いてくれて」
一晩経って少しは落ち着いたか、穏やかな笑みを浮かべながら軽く頭を下げて謝意を伝えてくる。ふんわりと広がった亜麻色の髪が窓から差し込む光の中で揺れて、とても綺麗だった。
「それで、踊る小鹿亭は今月末で……」
「うん。さすがに私一人じゃ切り盛りしていけないし、誰かを雇って続けるのも難しいし」
一瞬迷う。この先のことを俺が促していいのかと。
俺が問いかけを続けるより先に、フィルがほんわかと笑って言葉を続けた。
「だからね、旅に出ようと思って」
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