第4話 撫でられるのはサイコーです
「お、変わっていないな」
重めの扉を開いて覗いた室内は記憶とあまり変わりない。
天井に据えられている大き目の魔石ランプに向けて魔力を少し流すことで点灯する。
穏やかな色味の光に映し出されたのは落ち着いた色合いで整えられた室内。
用意されている調度品はベッドとサイドテーブル、クローゼットに一人掛けのソファとテーブル。
バロンはさっそくソファの前にあるラグに乗り、においをかぎながらぐるぐるっと回ったあとに足場を確かめるように二度三度とラグをふみふみして、当たり前のように伏せる。二年前と同じで寛ぐ様子に思わず笑いがこみ上げる。
「お前は変わらないなぁ。
そういえばアルベルトさんとロゼリアさんの姿が見えなかったが、街にでも行っているのか?」
自分でバロンに問いかけながら、それもおかしいかとすぐに思い直す。
フィランゼはまだ16歳のはずだ、さすがに一人娘を置いてアルベルト夫妻が揃って家を空けるとは考えにくい。
「まぁ、あとで話を聞けばいいか」
帯剣を外してベッドのサイドテーブルに立てかけて、一息。
ベッドサイドの空いた場所で左手のひらを上に向けて軽く魔力を流しながら、魔法を構成する言葉を呟く。
【空間よ・開け】 ≪上級空術式:発動≫
流した魔力がふわりと集積して、手のひらの上の空間に渦を巻くのがわかる。
直系30cmほどの魔力の渦は夜空に似ている。色は深い黒のような濃紺のような。それでいて星が瞬くようなきらめきがたくさん散らばっている。
「よ、っと」
右手を魔力の渦の中に差し込んで、欲しいものを脳裏に思い浮かべる。
すぐさま右手の指先にトランクの固い取っ手が触れて、握りこんで引き出せばトランクを取り出すことが出来る。
高位魔法のひとつ『空間収納』なのだが、本当に便利だ。
しみじみそう思いつつ取り出したトランクを足元に置いて、渦を閉じるために魔力を弱めつつ握りしめる。
――もう少しで渦が消えそうな時、いきなり『ぐにゃり』と片側が崩れるように渦が揺らいで、ぐぐっと膨らんだ。
「おっと」
小さく舌打ちしつつ、縮小するよう意識を強めに魔力制御を行う。
すぐさま膨らみかけた魔力は消失して何もなかった状態に戻ったが、ため息が漏れてしまう。と、見つめられる視線を感じてそちらを見れば、バロンが俺の左手を凝視していた。
どうやら魔力の制御が乱れたことに気付いたらしい。顔つきが結構真剣に見えるのは、気のせいだろうか。
「お前は勘がいいのか?」
数歩の距離を縮めてしゃがみ、バロンの顔を両手で包み込む。
手のひらでほっぺたを包んでうにうにと上下左右に優しく撫で擦ってやると、ぐふふふ、ばふぅぅというだらしない声が上がる。
そのとろんとした幸せそうな顔つきにこちらも嬉しくなり、バロンのもふもふとした顔撫でを続けながら
「以前と同じ魔力酔いのような体調不良が、また起きているんだよなぁ。
前回、ここに泊まった時に起きなくなっていたから治ったと思っていたんだが……」
全身がぐんにゃ~としていたバロンと視線が合う。その眼差しは大丈夫?と問いかけているようでもあるし、もう大丈夫。と安心を伝えてくれているようだ。
「まぁそれも含めて、ここでしばらく休養したいなとは思ったんだがな」
先ほどのフィランゼの様子を思い浮かべ、どうしたものかと思案する。
「ひとまずシャワーを浴びてくるか」
野宿続きで、お世辞にも清潔感溢れる様子とは言い難い。
まだまだ撫でてほしい顔つきをしているバロンだが、俺が立ち上がる動作に合わせて頭をぷるぷるっと振った。
クローゼットの中にはハーブ石鹸の香りがするふわふわのタオルが収まっており、きちんと宿泊する準備がされていることが伝わってきて気持ちいい。
「本当にここは、落ち着くな」
誰に聞かせるともなく、言葉が零れた。
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