第5話 たった二年、されど二年

 鶏肉と野菜のシチューとパンという簡単な夕食を終えたレオンがちょいちょいと手を曲げて、私を呼ぶ。

 皿を下げるために近づいた私に向かい、

「フィル、いつも飲んでいたハーブティを2つ」


 ――2つ?

 ちょっと首を傾げてみるけれど、それでいいんだと頷くレオン。


 それならポットでサーブするよ?と言ったら、じゃあポットでサーブしてくれ、カップは2つ。と言葉を返してきた。


 どうやら私とお茶を飲みたいらしいと気付き、ちょっとだけ肩をすくめて頷く。皿とカトラリーを厨房まで運んで、彼のオーダーしたハーブティを用意する。


 このハーブティは、母さんのオリジナルブレンドを教わったもの。メインのハーブに朝や夜でブレンドするハーブをちょっと変えることで、すっきりしたものや安眠効果があるものに変化させて楽しめるので、レオンも気に入って毎日飲んでいた。

 彼のためにハーブティに最後のブレンドを加えて淹れるのは、私の仕事だった。

 珍しく手に入っていたハチミツの小瓶も用意して、レオンの待つテーブルに戻る。


 レオンはテーブルに肘をついて窓から見える風景を見ているようにも見えたけれど、この時間では外はもう暗いだけだ、窓を見つめながら何かに思いを馳せているのかもしれない。


 静かな佇まいで待っている彼の足元には、すっかり定位置に戻ったかのような顔をしたバロンがくつろいだ様子で伏せている。


 一式を用意したトレイを両手に持って彼の待つテーブルへと近づきながら、その二年前と変わらぬ彼の佇まいと温めたポットから立ち上るハーブティの香りが、あの頃の記憶を緩く軽やかに蘇らせる。


 ――懐かしいな。そんな言葉が唇を動かすけれど声にはならない。

   まだほんの二年前なのに。でももう二年前なんだ。


 テーブルの上にトレイを置いて、彼の向かいの席に腰を下ろす。

 程よく蒸しの時間を終えたハーブティを2つのカップに注ぎ分ける。


「はい、どうぞ」


 私たちの間に緩やかに立ち昇るハーブティの優しい香り。

 レオンがカップを持ち上げて唇を付ける、その流れるような整った仕草が貴族のように見えて、ちょっとどきっとする。

 そんな気持ちをごまかすわけじゃないけれど、自分もカップを手にして、ふぅふぅと息を吹きかけてからハーブティを口にする。


 夜も更け行く時間なのでブレンドにカモミールを選んだのだけれど、自分を落ち着かせる効果も少しはあるかしら。


「で。アルベルトさんもロゼリアさんも姿を見ないし、今月で宿を閉めるってどういうことなんだ?」


 やっぱりそのことかぁ。まぁ、父さんも母さんも見当たらないんだし、そうなるよね。

 聞かれてもおかしくはないことだし、まぁ当然の質問かな。


 レオンの深みがある琥珀色の瞳は静謐なまま、私を映している。

 そこには脅迫のような強さはなくて、まっすぐな眼差しと真摯な表情という様子から、私が自分のタイミングで話し出すのをじっと待ってくれているという思いが感じられる。


 受付でおたついた時にも感じたけれど、相変わらずこういう場面では優しい。


 彼の琥珀色の瞳を見返しながら、どこから話そうかと思案していたのだけれど、その真摯な視線含めて整っているというか整いすぎているレオンの顔面にどきどきしてしまう。

 そ、そんな場面じゃないのに、自分の顔がぽぽっと赤くなっている気がする。


 動揺している自分を落ち着かせたくて左手でこめかみから流れる亜麻色の髪の一束をくるくるといじって、話し出すタイミングを自分で計るけれど、やっぱりイケメンを見ているとドキドキしてしまう。


 あぁ、これはもうダメだ、何か遮らないと落ち着かない……


 ふうっと軽めにしながら息を吐いて、温かいカップを両手で握りしめて、彼を見ないようにするために目を閉じる。


「……一年半くらい前かな。母さんが体調を崩したんだよね。

 母さんは薬草の知識が豊富だったから色々と試してみたんだけど、治療としてはあんまり効果がなかったみたいで。ただ、薬草のおかげか苦しんだりすることはなくて、ある朝起きてこなかったんだ」

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