第17話 空間魔法は上位魔法です


「忘れ物はないか?」


 玄関の鍵を掛けている旅装をしたフィルの背中に向かって声を掛ける。


 ――かしゃん。

 鍵の回る音がして錠が閉まる。ゆっくりとした手つきで鍵を抜き、腰に巻いているバックの奥へ大切そうにしまう。


「うん、大丈夫」


 こちらを向きはせず、じっと玄関を、踊る小鹿亭を見上げる。


「ごめんね、続けてあげることが出来なくて」


 踊る小鹿亭については、父方の祖父母が預かって管理をしてくれるという。

 その人たちのところに身を寄せたらどうかと提案もしたのだが、ちょっと曖昧な笑みを浮かべてふるふると首を横に振った。


「父さんがあんまり頼らずにいたのは知ってるし、いろいろあるんだ」


 ちょっと歯切れの悪い台詞にあまり詳しく聞かない方がいいのだろうと判断して、今日という旅立ちの日を迎えることになった。


 俯き加減のフィルがそっと玄関に手を触れる様は小さくて、少しの風にゆらりとして消えてしまいそうな儚さも感じて、思わず後ろから肩に手を掛けて告げる。


「またいつか、戻ってくればいい」


「うん、そうだよね。今はちょっと一人では無理だけど」


「わぉん!」


 フィルの足元に大人しく座っていたバロンが同意するように鳴いて、ふさふさの尻尾を一振りする。


「バロンも一緒に行ってくれるから、勇気百倍だよ!」


 フィルはバロンを旅に連れていくかどうか少し迷ったようだが、バロンは最初からそんなつもりはなかったようだ。何度かフィルとバロンがそのことについて話をしたらしい。

 というか数日前に居間で一人と一匹が真剣に言い合い(?)しているところに鉢合わせして、一人と一匹を落ち着かせようと話を聞いたら旅に同行するか否かの話し合いをしていたのだという。


 もちろんバロンは人の言葉をしゃべりはしないのだが、昔から人の話を理解していると思われるそぶりが多い。俺ですらそう思うのだから9歳の頃から一緒にいるというフィルなら会話が成立していると思っていてもおかしくない。

 フィルとしてはバロンの安全面とか今後の生活のこととかも考えてベネッタの家に移る事も提案したそうなのだが、バロンは旅に付いていく。の一点張りだったそうだ。


「そうか。よろしく頼むぞ、相棒」


 フィルの肩から手を離してバロンの頭をぐりぐりと撫でる。少し垂れ気味の耳が持ち上がってぱふりと落ちて、もちろんと告げたような雰囲気だった。


 フィルの足元に置かれていたトランクを手に取り、


【空間よ・開け】 ≪上級空術式:発動:成功≫


 『空間収納』の星空のような渦が左手の上にふわりと開く。そのまま渦の中にフィルのトランクをぽいとしまい込んで、緩やかに魔力の流れを切って渦をしまう。

 よし、今日は乱れる感じはないな。軽く左手を握りしめても魔力が溢れて零れるような感触などはなく、宿に来た時より魔力も制御も安定している。


 と、フィルが渦の消えた俺の左手をマジマジと穴が開くほどの強さで凝視している。


「今のって?」


「あぁ、見たことなかったか。空間魔法だよ。これがあると結構便利なんだよな」


「――??」


 何を気にしているのかわからず何となくフィルの目の前で左手を握って開いてしてみると、フィルがうずうずとした感じで俺の左手を両手でぎゅっと握った。


「なになに、すごい、えぇっ、今のなにっ?!」


 ぺたぺたして、表に裏にとひっくり返して、指を握ってみて、と。ありとあらゆる(?)触り方をしてくる。

 さすがにその触り方に動揺してしまう。


「ま、まて。そんなに触らないでも……」


「え、だって、今のって、今のって、もしかして、もしかしなくても、空間魔法?」


 やんわりと右手で左手の救出を試みようとしたのだが、興奮しているらしいフィルには聞かなかった。

 今俺がそう告げたんだが、耳に入っていなかったらしい。


「だって、空間魔法って上級魔法の中でも更に上位の魔法って聞いたことあるよ?!

 え、レオンが魔法剣士なのは父さんから聞いてたけど、なんで上級魔法まで使えちゃうの?」


 それでも俺の左手をぎゅっと握ったまま最後の言葉を告げる時には、俺の腰に提げている剣を見ていたので、フィルが言いたいことは何となくわかった。


 普通に魔法剣士を名乗る人間は、たいてい低級魔法から中級魔法までを使う。というか、中級魔法を使うことが出来れば、かなり優れている魔法剣士ということになる。


 とはいえ、フィルが魔法の分類にそこまで詳しいとは思っていなかったし、魔法にそれほど興味があるとは思っていなかったので、特別気にせずに目の前で『空間収納』を使ってしまったのだが。


 まだ瞳をきらきらさせながら、両手で握った俺の左手をめつすがめつして興奮している。


「あー、まぁ、なんだ。使えるから使ってる」


 他に言いようもなく、ざっくり大まかに伝える。そういえば、フィルに自分の氏素性や冒険者ランクの話とかをしたことがなかったな、と今更ながらに思った。

 右手を彼女の頭に載せてぽふぽふと軽く叩いて、手を離すように告げて。


「まぁ荷物が少なくなるんだから楽でいいだろ。

 さて、それじゃまずは国境へ向かうぞ」


「ん。よろしくお願いします!」


「わふっ!」

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