第7話 魔力暴走

 フィルを自室に送った後、自分の部屋へ戻ろうと廊下を歩きだしたとき、足元には当たり前のような顔つきをしてバロンが付いてきていた。


「いいのか、傍にいなくて」


 ちらりとフィルの部屋に視線を送って、小声で問うてみる。


 なんというか、バロンは人の言葉が分かっている節があるように感じる。なのでつい話しかけてしまう。

 バロンは振り返るように一度フィルの部屋を見て、ちょっとだけ迷ったような顔つきをしたけれど、すぐさま俺の部屋に向かって歩き出す。


 あの分では、フィルは落ち着いて寝れないんじゃないかと心配があって、バロンが傍にいた方が安心なんだがな。


 その思いがにじんで歩き出せずにいる俺の足に、ぎゅっと強い刺激が走る。慌てて見下ろせば、先に行ったはずのバロンが戻ってきて、俺の足をしっかり踏みつけていた。じっと俺の顔を見つめている。


 この二年、彼女を支えてきただろうバロンがその方が良いと判断したなら、俺も従うべきか。そう思い直して、バロンを連れて自分の部屋へと戻った。


「さて、と」


 一人掛けのソファに腰を下ろし、荷物袋の中から取り出した小ぶりな酒瓶をサイドテーブルに置く。


 当然のような顔つきでバロンが俺の足の甲に顎を乗せてラグの上でくつろいだ態勢をとるのに、ちょっと笑ってしまった。身をかがめてバロンの額にある白い毛並みを流れに沿って柔らかく撫でてやる。


「すまなかったな、何も知らなくて。

 大変な時に、傍にいることが出来なくて」


 無意識にそう呟いたことに少し驚く。

 そんな呟きが出るほどに、自分の中では小鹿亭が重要な位置にいることを再確認した。


 撫でていたバロンが俺の顔を覗き込むように顔を上げて、小さく「わふっ」と答えた。俺の呟きを、俺の気持ちを受け取ったよ、とでも言うように。

 そのままもっと撫でて欲しいとでも言うように、ぴょんとソファの上に飛び乗ってくる。一人掛けのソファの僅かに空いた場所に器用に身体を落ち着けて、俺の腿に頭をのせてくつろぐと、俺の中にある緊張が少しずつほぐれていくのを感じた。


「でもお前がいてくれたおかげで、フィルは頑張れたのかな」


 立て続けに両親を失うことは、フィランゼにとってはかなり酷なことだったろう。それも父親については不慮の事故だ、母親を失って半年ほどで父親までも失った気持ちは推し量れない。

 物思いは続いて、バロンを撫でる手はそのまま続く。


 反対の手は酒の瓶を持ち上げ、そのまま唇へ。そんな強い酒ではないが、少しばかり気分を落ち着けるものが欲しかった。

 酒が喉元を過ぎる感触と共に、ゆっくりと二年前のことが脳裏に浮かんでくる。


=====


 あの時は、ネルフェリア竜王国経由で受けた魔獣討伐の依頼でこの辺りを訪れたのだった。冒険者ギルドを経由せずに届いたネルフェリア竜王国じきじきの依頼だが、大元の依頼主はアルタリア王国だった。


 当時、アルタリア王国側に今回の件が扱えそうな高ランクの冒険者が出払っていなかったこと、アルタリア王国とネルフェリア竜王国の間に広がるシュバルツの森で魔獣は見つかったためにどちらの国にとっても退治することが最善だと判断されたことで、アルタリア王国からネルフェリア竜王国に援助を求める声が届き、俺に話が回ってきたA級の討伐案件だった。


 事前情報の収集はアルタリア王国側が担い、それなりに情報は揃っていたので準備を整え俺一人で討伐に向かった。

 ところが、その事前情報が間違っていた。

 間違っていたというか、外見情報などは事前情報通りだったが、行使する魔法の種類と魔力の量が桁違いと言いたくなるほど差があったし、身体能力も高かった。多分だが、情報収集者は実際にこの魔獣と戦闘をしておらず、実際の実力を把握することが出来なかったのだろう。


 苦戦するも最後には討伐することが出来たが、俺自身も自分の魔力を極限まで追い込んで使うことになってしまい、ほぼ魔力暴走に近い状態になっていた。かろうじて自我が保たれて魔力暴走をぎりぎり制したところで魔獣を倒せて良かったと今でも思う。


 それでも自分と魔獣を中心に辺りの木々はのきなみ吹き飛んでいたし、その辺りにいただろう獣たちも皆逃げ出していた。少しばかり、地面もえぐれた。


 生まれつき魔力が多い俺は様々な訓練を受けて制御力には結構自信があったのだが、あの時だけは制御していたら倒せないことがわかっていたので結構複雑な魔法に上限点ギリギリまでの高密度な魔力をつぎ込んで愛剣に全てをのせて振り切った。


 剣も折れなくて、本当に良かった。そのあと馴染みの鍛冶屋にリペアを頼んだ時には酷使しすぎだとめちゃくちゃ怒られて凄い金額の修繕費を請求されたが。それでも手になじんだ剣が今も俺と共にあり戦っていてくれるのはありがたい。

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