三
一九九一年、秋。
山、
周囲の山々は赤や黄色の錦に彩られ、近くに目を向ければ、
この頃の朝晩はめっきり冷え込むことが多くなり、更に季節が進んで十一月ともなれば、この辺りは文字通りの霜月となるのだという。
東京で暮らしていた頃は、あまり考えなくても良かったのだが、住むところが変われば冬のことも考えなければならない。
頭の中では着実に冬が迫る九月の下旬、僕は稲刈りを積極的に手伝っていた。
地区の稲作農家は全部で二五軒。
この地区は狭い道が多く、コンバインが入れない田んぼも多い。そうなれば稲を鎌で刈るしかなく、皆で協力して手早く行なうのが習わしとなっていた。それに加えて、米の収穫というものは稲を刈ればそれで終わりというものではなく、刈り取りが終わった田んぼに杭を打って棒を渡し、そこに束ねた稲を掛ける
そうして皆で作業を行なった日の夜は、決まって簡単な料理が振る舞われる。お祭りのようなものではなく、おやき、揚げ餅、お新香、蕎麦、それとビールなどのお酒と簡単なつまみ程度のものだった。
僕はそれをいくつか抱え、三郎さんの家に向かった。
玄関の周りでは秋の虫が盛んに鳴き声を競い、私はここにいるぞとアピールしている。
一応呼び鈴を鳴らすが、返事を待たずにガラガラとガラス戸を開け、中に入ってから大きな声で「ごめんください」と言う。すると近くの障子がするりと開いて、年配の女性が顔を覗かせ、「あら、いらっしゃい」と少し福々しい体も障子戸から出てくる。
このショートの白髪の女性は三郎さんの奥さんで、福子さんといった。
三郎さんは寡黙でぶっきらぼうで愛想など微塵もないが、福子さんはお喋りというほどではないがほどほどに口を開き、夫と違って愛想もいい。
「あのこれ、今日の慰労の」
そう言って福子さんに缶ビールや適当に見繕ってきた食べ物を渡すと、「まあまあ、いつも悪いわね」とえびす顔になり、「お父さーん、響一郎さんがまた持ってきてくれたわよ」とすぐ近くにいるだろうに、大きな声で知らせるのだ。それに対しての返事は当然のようになく、「さ、上がって一緒に食べましょう」という福子さんの案内で、僕は障子の向こうのコタツに潜り込み、三郎さんと顔を合わせた。
家にいるときの三郎さんも、実に三郎さんであるという他なく、背筋はしゃんとしていて顔も硬い。
変わり者という評判は、この辺りからなのだろうなと思うこともあるけれど、もう一つ、僕がわざわざここに来ることにも、その理由があるのかも知れない。
三郎さんは、人付き合いをしないのだ。温水路の帰り道のときもそうだし、稲刈りでもほとんど見かけたことがない。
「はい、お父さん、いつもの。響一郎さんもビールをどうぞ」
お勝手にいた福子さんが徳利とお猪口を三郎さんの前にことりと置き、僕の前には先ほど渡した缶ビールを並べていった。
三郎さんはやはり何も言わず、少し湯気が見えるお猪口をぐいっと傾ける。
「今日はどこの田んぼを手伝ったの? ……それは大変だったでしょ」
だから、僕の相手をするのも基本的には福子さんの仕事だった。だけれど今日は、適当に会話をした後、三郎さんに聞いてみた。「どうして、みんなと距離を置いているんですか」と。
三郎さんは、なぜそんな質問をしたのだろうかとでもいうように、少し目を開いた後、ボソッと返事をした。
「儂がいると皆が変に気を遣うからな」
僕はそれを嘘だと思った。
だけど、口に出さず、そう言えば、息子さんと娘さんが一人ずついたはずだけど、どうしたのかな、などと全く関係ないことに頭を巡らせる。
暗い秋の夜に、ただりーんりーんと虫だけが鳴いていた。
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