第10話

 鈍色にびいろの空から雨がぽつぽつと降っている。狭い街路で町が不必要と見なした物をトラックが乗せて運んでいる。見上げれば高層密集したマンションだ。俺たちの町だ。


 リオナリッゾ・ゲットー。


 周囲が壁に囲まれた町だ。ジャンクパーツだとかは余程のことでないと出てこない。だいたいはガラス片や陶器片で、ときどき電化製品が混じる。使える物をキラキラ輝くゴミのなかから探し出してベルトコンベアへと流していく。

 俺はドライバーで宝の山のなかからレアメタルを探し当てる。出てくるか出てこないかは運次第だ。

 雨が窓ガラスに滴り落ちる。湿気は天敵だ。だがリオナリッゾから雨が消えることはない。


 ここを統治するのはラビュオ人系の人々だ。ラビュオ系は銀河連邦に属する。

 ラビュオ人は汚い言葉で俺たちを罵る。そしてひどい扱いをする。暴力は当たり前。簡単に銃殺されることもあった。とにかく気に入らないならば殴る、蹴る、殺す。俺たちはやつらにとって虫螻むしけらなのだ。いいや、それ以下かもしれない。目を見ていれば分かる。蔑む視線を向けてくる。


 たった十パーセントの人口のラビュオ人が、この世界そのものを動かしているのだ。経済・政治すべてを握っている。俺たちは追いやられて狭い世界に閉じ込められている。迫害の歴史は古くからある。曾祖父よりもっと前からだ。とにかくいつからその時代が始まったのかは俺は教育を受けていないから知る由もない。


 雨の冷たさにも慣れてしまった。こうして雨にひとりで打たれることに慣れてしまった。暖かくて乾いたタオルもない。俺たちの手はいつでもどこか冷たい。

 屋台で熱いそばを食べる。啜るたびに腹の奥が温まるが、財布は淋しくなる。上空で宇宙船が轟音を立てて飛んで行く。あれはきっと外の世界へ行くのだ。俺たちを残してどこか遠い世界へと。


 憧れは昔あった。外の世界へ行けたなら俺たちは何にだってなれるのだと大人たちは言っただろうか。いや、ない。ニディル人の俺にとって世界は町そのものだ。この町で貧しくその日暮らしの給料でやっていくだけだ。


 工場の二階へと足を踏み入れるとミコト兄がドライバーでパーツを弄っていた。まったく変わった奴だ。あんな役に立たないものを一日じゅう触っているなんて。


「なにか発展したかい?」

「うーん、何もないんだけど、この奥に何かありそうなんだよ……」


 パーツは入り組んだ形をしていた。奥になにかありそうだという勘はたしかに当たっていそうだ。


「おりゃ!」とミコト兄が言うとパーツが割れてしまった。不器用この上ない。カップの底がよく見える薄さのコーヒーを淹れ、二人で飲んだ。

 二人でトラックに乗り込み、ゲットーの大通りへと出る。ぎりぎりの道幅だがトラックは通過していく。ミコト兄は手を外に出して雨を感じているのだろう。子どもみたいだ。

 トラックがゲットーを出るとすぐさま街の景色は一変する。


 海だ――。

 巨大人工浮島メガフロートのうえに高層ビルが並んでいる。階層構造になった浮き島のうえにはラビュオ人の総督府が見える。金で縁取られたラビュオ系の紋が雨に濡れている。

 メガフロートのなかへとオンボロのトラックが入っていく。明らかに場違いなのは分かっている。白を基調とした街並みにすすけたトラックだ。俺は旧海浜通りへとハンドルを切る。ねずみ色の砂浜が続いている旧海浜通りの街区を巡回する。今日は何か見つかるだろうか?


 街区へ入るとゴミ収集車のふりをしてあちこちを探して回る。トラックから降りると瓶や缶の入った箱をのぞき見る。そのとなりの粗大ゴミなどを漁る。ミコト兄も一緒にガサゴソと音を立てて探し回るが何も出てこない。三〇カ所ほど探したが、今日は何も出てこなかった。


 トラックは旧海浜通りを戻る。数台のバイクの音が背後からしてくる。ラビュオ人のヤンキーどもめ。きょうも来たか。

 トラックの速度を上げる。


「ニディル人のファック回収車、出てけよ!」


 叫び声を面白半分に上げるヤンキーの声はとにかく気分が悪くなる。

 さらにアクセルを踏み込み、ヤンキーのバイクから遠ざかっていく。

 ところが――。

 

 目の前にもバイクが立ちはだかる。トラックでくわけにいかない。

 車の方向を変える。首を押さえつつ、気づくと数十人の男たちに囲まれていた。金属バッドを持った男がトラックのドアを叩く。

 馬鹿らしくなってきて、表へ出た。


「何すんだ? 俺たちは法律守ってんだぞ!」

「なぁーにが、法律だ? ニディル人は生まれたそばから法律違反なんだよ!」


 俺は怒りが抑えられず、ヤンキーのひとりに掴みかかる。多勢に無勢だ。俺は組み伏せられてしまう。


「シモン!」

「ミコト兄はなかで待っててくれよ……」

「そうは行くか」


 ミコト兄が出てきてヤンキーを殴ろうとする。ただ拳は空を切るだけだ。あっという間にボコボコにされる。

 

「僕はシモンを守るってんだ!」

「ミコト兄じゃ、無理だ……」


 俺たちは傷だらけになっていた。一方的に殴られ、蹴られした後、二人でゲットーへと戻った。俺たちは殴られ、恋人は強姦され、家族はヤクの売人のターゲットにされる。最低な生活だ。


「……んだ」

 

 隣でミコト兄が呟いた。


「何?」

「革命を起こすんだ」

「バカ言え、俺たちに何が出来るって言うんだ?」


 彼の目は真剣だった。彼は奥へ消えていくとケースをひとつ持ってきた。なかには銃が入っていた。俺は怯えた眼差しで言った。


「こんなもの、どこで……?」


 工場の裏手から何かガタガタと音がする。出てみると八メートルほどの大型作業機械レイバーが五体ほど並んでいた。レイバーはよく見れば武装をしている。何が起こっているのかわからないでいる俺にミコト兄は硬式球のようなものを手渡した。

 

「これは龍核弾りゅうかくだんだ。龍が封じられている。高次元から低次元を自由に行き来できるエネルギー、それが龍だ。これを炸裂させることで龍を解き放ち、総督府に大穴を空ける」


 総督府へ? もう何も理解できないでいる俺にミコト兄は言った。

 革命は起こせる、あとはお前次第なのだ、と。


 俺はレイバー五体とともに総督府へ向かうトラックに乗っている。荷台には龍核弾を備えた男達が乗り込んでいた。総督府の前にはすでに武装した守備隊が構えており、物々しい雰囲気である。

 発砲音がしてすべては始まった。荷台から男達が龍核弾を投げ込む。凄まじい衝撃音がして俺は目を塞ぐと守備隊の絶叫が聞こえた。あれがミコト兄の言ったエネルギー弾であることは間違いないらしい。目を開けると、そこには想像を絶する光景が広がっていた。

 青白い一筋の光が立ち上っていく。龍だ。龍は総督府の上空へと舞い上がる。龍は総督府の建物に体当たりする。ビルにひびが入った。つぎつぎと現れる龍たちが総督府の紋を崩していく。


 俺たちはレイバーとともに一階フロアを占拠した。埃が二階から落ちてくる。龍が俺たちの味方になってくれている。俺は高揚した気分になった。

 上には武装した守備隊もいない。

 ミコト兄とエレベーターで七階の総督室へと上がる。総督は呆然と立っていた。


「何をした……?」

 

 俺は言った。


「全てを壊したんだ、クソッタレな生活、差別、ラビュオ人たちすべてに――」


 そうして俺は銃口を彼に向けた。

 壊された総督府を後にして、街区をレイバーに乗って回る。あのヤンキー達の顔、最高だった。ラジオを流すとニディル系のゲットーがつぎつぎと革命を起こしたという報せが入ってくる。併走するトラックのミコト兄は言った。


「銀河連邦も驚くだろう。国のなかに国が出来たんだから」

「この国をなんて名付けようか?」

「そうだなぁ、僕は銀河帝国がいいと思うなぁ……」


 ミコト兄は憧れの眼差しで語った。俺はあっさりと否定する。


「そんなぁ、ならシモンは何がいいのさ?」

「ニディル帝国!」

「同じようなものだろ?」


 俺たちは久しぶりにゲラゲラ笑った。


 それからは早かった。リオナリッゾ・ゲットーを中心に宇宙海賊を仲介して宇宙船を数十隻購入した。格安で、だ。ニディル帝国は周辺星系のニディル系ゲットーを解放して大きくなっていった。宇宙港の建設には一月かかった。総督府襲撃からたったの三ヶ月で俺たちのニディル帝国は建国を宣言した。演説で俺は語ったのだ。


「すべてのニディル人をラビュオ人から解放し、ニディル系の帝国を築く。そうして帝国はいっそう栄華を極め、銀河連邦さえしのぐ大国となろう!」


 俺は気概に満ちていた。リオナリッゾの町の雨もいずれ気象制御マシンを用いて晴れ渡る空へと変えて見せよう。


 その夜のことだった。

 部屋へと戻ると扉がノックされた。


「――誰だ?」

「あのとき解放されたでございます」


 龍だと? 龍をかたった偽物だろうと思った。そもそも龍が人語を話すなんて聞いたこともない。入ってきたのは着物の女だった。彼女は言った。


「龍は高次元から低次元を行き来する生命体であり、エネルギー体です。人間の脳へアクセスする際には人間と似た姿かたちに認識されるように姿を変えるのです」

「自由エネルギー原理か」

「はい。私はあなたの真実に立脚して、姿を分かりやすい形に変換したのです」

「わかった、わかったよ。そのが俺に何のようだ?」

「カヅキ・ミコトには気をつけなさい」

「ミコト兄?」

「ええ。ミコトはあなたを欺いている」

「ミコト兄が俺を騙してるって言いたいのか?」

「彼は龍殺しの英雄ドラゴンスレイヤーです。私たち龍は彼の手によって龍核弾に閉じ込められたのです」

「泣き言だな、俺は龍の側には立たないぞ」

「彼はあなたに真の姿を見せていない。まるで私たち龍のように、です」


 ミコト兄が化け物であると言いたいのか?


「ミコト兄が俺を騙しているっていうのか? 嘘だ!」

「ほんとうにそうでしょうか? あなたがミコトといつ出会ったのか覚えていますか? 彼の両親は? 兄弟はいまどこで何をしているか?」


 俺は記憶をさかのぼる。ミコト兄はいつから俺と一緒にいるのだろう? 俺といつから仲がいいのだろう。いつから仕事をいっしょにしているのだろう。


「龍よ、もしミコト兄が嘘をついているとして、この記憶は消せるのか?」

「いまの技術ではほとんど無理でしょう」


 雨はずっと降り続いていた、止むことなく。銀河連邦の動乱まで残り二ヶ月――。


 

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