銀河連邦、激震

第8話

 キルヘス日報のゼノとアーデルハイトは戦場の様子に絶句していた。同じ記者たちが詰めかける戦場には血の匂いが広がっていた。ゼノはカメラに戦場を収めた。あちこちに同業の記者たちがいて本部と連絡を取り合っている。うまく行けば明日のスクープであるのだが、こうして我が国キルヘスが滅んでしまってはどうしようもないだろう。ゼノは本社のイブルスン班長に連絡を入れた。


「キルヘス側はもうダメですね」

「全滅か?」

「ええ。宇宙船一隻によって……」


 ゼノは言葉を飲み込んだ。さきほどの惨状をもう一度呼び起こすと吐き気がしてくる。あれはなんと形容したらいいのだろう。

 そう、地獄だ。

 地獄の住人になってしまったような気分だった。アーデルハイトと話した内容が蘇ってくる。


(キルヘス軍はもう終わりでしょうね)

(ああ)


 ゼノの手は震えていた。圧倒的な武力によって我が国が滅ぼされようとしている。たった一隻の宇宙船によって、住む家も帰る場所もなくなるだろう。記録して、公表してどうなる? 俺たちはもう崖のそばまで来ているのだ。あとは落とされて死ぬしかない。最悪だ。


「ゼノ……?」とイブルスン。

「いえ、何も」

「記事はいつ?」

「もう一回りしてから今日の夜には……」

「わかった」


 イブルスンは部長クラスの人間にこのことを伝えたようだ。

 ゼノはふたたびトルルイベ川へ向かった。

 

 川の音がする。すべてを押し流す濁流が悲しみや絶望すら流してはくれないだろうか。

 俺たちの国はもう終わりだ。兵隊がこうも虐殺されてしまえば、国を守る士気は無くなる。なんにしたって時間の問題だろう。マクスニスは今ごろどうなっているのだろう? 

 知人の男に連絡を入れてみる。

 マクスニス側は戦勝ムードが覆っているらしい。やはりか。両手を合わせて考える。


 トルルイベ川から本社へは三時間半だ。帰ってから記事をまとめて報告して国外へ家族とともに出国するか? 

 もう報道マンの誇りだとか、矜持きょうじだとか、どうでもいいだろう。叫び出しそうなくらいに辛い。同胞がこのような目に遭っていることが辛い。逃げるにしたって宇宙船が追いかけてくるだろう。アルヴァンシアから逃げ出すしかないのか? たった一隻の力がこれほどまで自分を震撼させるとは。


 アーデルハイトがゼノの様子に気づいた。


「ゼノ、考えていることは、たぶんわかる……でも、ここで理性を失うな」

「理性だと?」

「さっきの記事を見た。千切れた腕、はらわたの飛び出た遺体。そこかしこに兵士の残骸だったものが広がり……、俺たちはこんなことを記事にするためにここにいるんじゃない! キルヘス兵三万人はお前を調子づかるために死んだんじゃない!」

「五月蠅い! 俺だってこんな……、こんな惨状を見に来たわけじゃない。俺には家族だっているんだ。どうしろっていうんだ? 俺は、俺はぁ……!」


 息が荒くなる。吐き出すように物を言う。


「ゼノ、報道の力を信じるんだ。キルヘスだってアルヴァンシア全体の一部だ。国際世論に頼るしかない」

「馬鹿言え。国際世論がいつ、どこで役に立ったって言うんだ? 傍観者の目が俺たちに向くことはない」

「希望を失うな!」


 アーデルハイトはゼノの肩をぱんぱんと叩いた。ゼノは呼吸を深くした。

 トルルイベ川をもう一度取材する。辺りを一巡して他の記者たちの気づかないことを探す。ネタを探る記者の嗅覚を信じるのだ。ゼノには次第に、もとの冷静な観察者の視点を取り戻しつつあった。


 写真を収めるにしても、そのほとんどが掲載不可能だろう。なのに、取材を進める。ほかの記者とすれ違う。浅黒い肌の太った記者が両手を合わせていた。


「やはり、こうなったか……」


 ゼノは気づいた。やはり……? 


「あんた、何か知ってるのか?」

「いや……」


 そう言った男はかぶりを振った。ゼノははたと気づいた。情報筋があったのだ。ゼノは太った男に掴みかかる。


「どうして、無視できた? この惨状になると分かっていても、どうしてだ!」

「ぐ……」

「やめろ、ゼノ。死んじまう!」


 男を放すとゼノは怒りをほかにぶちまけた。太った男は咳き込みながら、


「お前たちはキルヘスの記者だな。マクスニスとキルヘスの政府はかすがいを失くしたんだ。その結果がだ。もうどうにもならん」

「マイエヴァラ公の死ですね?」とアーデルハイト。

「ああ、話の分かるやつもいたのだな」


 太った男の名はホルベインといった。三大新聞社、ウィンザー社の特派員だった。情報提供者に話を聞いていくうちに今回の戦争の情報を掴んだらしい。情報提供者とは誰なのか? ゼノはそこを突いた。


「こればっかりは言えないが、マイエヴァラ公のもとで働いていた人間だよ」

「その人間の話でどこまでこちらに情報を開示できる?」

「キルヘス日報へは何も話すことはない」


 ゼノは歯噛みした。どうして何も言えないのだ? 国が滅ぶ瀬戸際なんだぞ。


「それでホルベインさん、俺たちキルヘス側は国際世論に訴えかけるしかなくなった。俺たちにやれるのは宇宙船を貸し与えた何者かが大人しく宇宙船を戦場から遠ざけてくれるように促すだけだ」

「そうなるといいが……」

「妨げることがあるのか?」


 ホルベインは携帯端末で情報を見せる。明日のウィンザー誌の紙面だった。


「明日、銀河連邦政府のトルルイベ虐殺があきらかになる。だが銀河連邦側も黙っているとは思えない……」

「揉み消されるということか?」とゼノ。

「そうだ。それに宇宙船の情報もこちらが掴んだ情報、どこの国籍だとかは分からない。一般的な銀河連邦のフリゲート艦タイプとしか……」


 三人は黙り込んだ。明日銀河連邦の悪事は暴かれるのだという希望の光はとても頼りなく弱い。


***

 銀河中心星ネビュラ。銀河連邦政府がその本拠地を置く銀河系の行政・立法・司法を司る星である。なかでも首都エリリジアは百万人の人口を有する。高層ビル群が立ち並び、中央に存在するアテナタワーはネビュラの科学技術の象徴である。また網の目のように張り巡らされたハイウェイでは自動運転車がいつでも周回しており、中心街は政府機関、周囲は政府機関関係者のベッドタウンとなっている。パリ遺跡を思わせる同心円状の街並みが有名だ。

 いま一台の乗用車が中心街へと走っていく。アテナタワーの方角へと向かう乗用車は議会のある地区へと滑り込んでいく。議会のまえで下院議員モーニアスは襟を正した。彼の目には戸惑いが滲んでおり、歩く姿もどこか不安を匂わせた。


 きょう下院で例の虐殺映像が話題に上った。

 モーニアス下院議員が切り出した。


「アルヴァンシア、トルルイベ川での虐殺に一隻の宇宙船が絡んでいます。この国籍不明の戦艦のかたちをよく見てください。我が銀河連邦のフリゲート艦にそっくりです」

「というとモーニアス議員、銀河連邦自体が虐殺に加わっているということでしょうか?」と別の議員が言った。

「おそらく、にわかには信じがたいことですが、マクスニスに銀河連邦の宇宙船を譲渡した何者かがいるのです」

「もし……、もしそうだとして我々はその人物Aに責任を追及しなければなりません。私たちの追い求める恒久的な安定を踏みにじる存在が銀河連邦内にいるのですから」

「ただ、難しいのは戦艦はいまアルヴァンシア、マクスニスにあります。彼らから取り上げるような真似をすれば立派な政治介入でしょう。マクスニスは銀河連邦に所属していない、ちいさな国ですし」

「ことは大きくできませんな……」と年老いた議員が言った。


 小さな火種は燃え広がる。

 その一か月後、マクスニスに宇宙船を譲渡した人物Aの正体が明らかになった。彼は名はハミオンス、あのマイエヴァラ公の娘レオノーラの婚約者である。


***

 男は銀河中心星に近い惑星ガーンズバックの廃工場にいた。土煙の上がるなかで息を切らして工場に忍び込んだ。なかには彼の譲り受けた聖遺物がある。

 男の名はハミオンス。銀河連邦の士官だ。いや、そうだった人物だ。マクスニスの虐殺を準備した主犯格として指名手配されているその男は、ゆっくりと薄汚れたジャケットから煙草を取り出した。火をつけようとしたとき、物音が遠くでした。ネズミか。人間だったらトンズラしないと。


「――ハミオンスだな?」突如聞こえた男の声にハミオンスはビクリとした。


「何だ……? 連邦の者かっ? 俺は銃を持ってるぞ……!」


 懐から一丁の銃を取り出した彼は銃をぎこちなく構える。


「僕は連邦の者じゃない。僕は銀河皇帝だよ」

「ぎ……、ぎ……、銀河皇帝?」


 あまりのことでハミオンスは口をぱくぱくさせた。

 彼は腕を組んで、


「その銀河皇帝様が俺に何のようだってんだ? 俺は追われているんだ」

「知っているよ。僕が助けてあげようと言っているんだ」

「助ける? バカ言うな。俺は


 同じ事を繰り返していることにハミオンスは気がついた。何をしているんだ? 俺は、あまりのことで頭がバグっちまったのか……? 医者に診てもらったほうがいいな、はは。


「いま僕が指示した。同じ事を繰り返すように――」

「何? 俺は、な、何だ? どうなってやがる? 俺は、俺は……」


 ハミオンスの頭はぐるぐるした。目眩がしてくる。ほんとうに俺は狂っちまったのか?


「いいか、ハミオンス。僕の言うことを聞くのだ」

「何だ?」

「これから計画を話す。言うとおりにしろ……」


 ハミオンスは、はたと気づいた。


「お前ぇ! 聖杯を奪いに来やがったな! そうだろう?」


 やっとの思いでハミオンスは言葉を放った。


「聖杯はもうすでにところにあるよ」


 奥から少女型のアンドロイドがやってきた。その手には聖杯が握られている。


「返せ! 聖杯を返せ! 俺のだ!」


 ハミオンスの形相は明らかに普段のハミオンスとは違うだろう。ハミオンスは改造されたのだ。たった数日のあいだ、聖杯と時間を共にしただけで彼は変わってしまったのだ。


「ハミオンス、僕の目を見ろ」


 そうしてハミオンスの心は迷宮へと案内された。銀河連邦の動乱まで残り半年を切っていた。


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