第7話

 僕はとある人と待ち合わせをするためにセシリアとテラスで待っている。心地良い朝だ。ちょうど深宇宙探査機がひとつ遠い旅路へと旅立ったと知らせている。新聞紙ニュース・ペーパーを広げてその記事を書いた記者の名前を追っている。隣では星間紛争のニュースだ。さらに隣は銀河連邦審議会の予算委員会などなど。僕はざっと新聞紙を斜め読みしながらコーヒーを啜る。セシリアは黙って辺りに視線を漂わせている。

 

 そこへ浅黒い肌の男がやってくる。太った体にパツンパツンのワイシャツ、カーキのジャケットに身を包んだ黄色い縁の眼鏡の男だ。口髭を撫でながら、


「あの、連絡していただいた情報提供者の方? でしょうか……?」


 そう尋ねられたので首肯して座っているテーブルの真向かいに座らせた。

 彼はジャーナリストのトト・ホルベイン。さきほど読んでいた新聞の記者だ。ウィンザー誌は銀河じゅうに特派員を送っている三大新聞社のひとつだ。僕はホルベイン氏に自分のことを話し出す。


「僕はマイエヴァラ公の城で家庭教師をしています。名前は伏せさせていただきます」

「構わないですよ。もし何かあればお名前をご提供していただくかもしれませんが、まずはお話だけ聞かせてください」

「分かりました」


 僕はホルベイン氏にマクスニスで不穏な動きがあることを伝えた。

 信憑性しんぴょうせいの確かでない情報だ。ホルベイン氏はまずは様子見といったところで僕の話を聞いていた。


「ビヒャレス国王は暗主だと有名です。国を自分のやりたいようにしている」

「ええ、それは有名な話です。隣国キルヘスとの関係は決してよくないはずです」


 ホルベイン氏はうんうんと頷いた。


「その情報はどこから聞き出しましたか?」


 鋭い。さすが記者だな。


「情報筋は、ここだけの話です。マイエヴァラ公の話です。もうすぐ戦争があるという話です」とひそひそ声で話した。

「あの、マイエヴァラ公が。慎重派の、あの公爵がそんなことを言ったのですか?」

「ええ。僕がレオノーラお嬢様に慕われているので、お話ししてくださいました」

「そうですか、なるほど」


 メモを手帳に書き込むホルベインはさらに質問を続ける。


「国王側にはいつその動きがあると考えていますか?」

「近々あると思います」

「それはどうして?」

「ここでこんなこと言っていいのか分からないですが、国王側にはがある」


 ホルベインは口を覆った。何か考えてボイスレコーダーを取り出した。話して、と促された。僕はおそるおそる話し出す。


「ビヒャレス国王はキルヘスと戦争をしたがっている。そのために軍備を増強しているのです」

「軍の動きがあると言うのですね? 数は聞いても?」

「ええ。軍隊を配置しているというのは、マイエヴァラ公の話です。数は二万ほどです」

「マイエヴァラ公は慎重な穏健派と聞いていますが、動きを止められないのですね」


 そよ風が吹いた。さらさらと木の葉が音を立てた。やけに風が冷たく感じた。


「マイエヴァラ公は国王をおいさめする立場にあるようですが、ご苦労なさっているようです……」

「察しますよ。ではマクスニスは戦争の準備に入っている。理由はやはり領土問題ですか?」


 あ、そこははっきり聞いていなかった。何かテキトーに考えなくちゃ。


「おそらく……」僕はかぶりを振って答える。「産業でしょうか」

「産業ですか」


 ホルベイン氏は目を見開いた。驚きというより意外性があった答えだったのだろう。


「ええ。ローリエスは弱い町です。いっぽうでキルヘスは鉄鋼業や工業が盛んです。国同士のパワーバランスは広がるばかりです。キルヘス側の技術力を盗むつもりなのでしょう……」

「意外な盲点でした。だとして戦争を企てたビヒャレス国王、すこし強引しすぎやしませんか? 何か彼を止めておけない力が働いているように見えます」

「……銀河連邦ですよ」と僕は小さい声で言った。

「え? なんですか?」

「……銀河連邦です。銀河連邦」


 ホルベイン氏は腕を組んだ。あまり確かな情報ではないと思ったようだ。それでも僕は続ける。彼の疑念を取り払ってみせる。


「銀河連邦とビヒャレス国王のあいだには密約があるのです」

「密約?」

「マイエヴァラ公の話によれば、ビヒャレス国王はを銀河連邦に譲渡する代わりに、銀河連邦側から莫大な援助金と宇宙戦艦一隻を借り受けたと言います」

「あるものですか? それはなんです?」

「これはマイエヴァラ公もはっきりと言わなかった。ただ銀河を動かすほどの財宝かも知れないし、兵器かも知れない。僕もはっきりとしたことを知らないのです。じつはマイエヴァラ公も実は銀河連邦と繋がりがあります」

「ほう……」

「マイエヴァラ公は娘のレオノーラを銀河連邦の士官と婚約させようと企てています」

「政略結婚ですな?」

「そうです、僕もお嬢様からそのことを聞かされています。不本意な結婚だと彼女は嘆いている」


 ホルベイン氏は組んでいた腕を解いた。手のひらを合わせて拝むような格好になる。ポケットから煙草を取り出して、


「一服しても?」と尋ねられたので頷いた。ひとすじの煙がテラスに立ち上り、煙草の匂いが辺りに広がった。


「ではこれからどのように事件が動くか、想像できますか?」

「わかりません、たとえばマイエヴァラ公が謀反むほんを起こすとか、でしょうか……」


 考えられないことではない。確証はないけれど、マイエヴァラ公には人脈も力もあった。ビヒャレス国王を投獄して全権を奪うことだって簡単なはずだ。

 僕はバランスの壊れた天秤をイメージした。

 このまま行けばマクスニスは滅ぶだろう。大きな銀河連邦を巻き込みつつも滅んでもらいたい。


「なるほど……」

「近々、革命が起こります」


 ホルベイン氏は煙草を灰皿で揉み消した。


「すこし歩きましょうか……」僕は彼にそう促した。


 ローリエスの市街地を抜けて小高い丘を行く。登っていくとローリエス全体を見渡せる、古代遺跡に着いた。僕はホルベイン氏に言った。


「ビヒャレス国王が銀河連邦側に譲渡したもの、僕は聖遺物だと思っています」

「なに?」

「聖遺物です、なかでも聖杯ですよ」


 意外な言葉にホルベイン氏は硬直した。彼は少し考えたようだ。

 聖杯というと僕が中学生くらいのときに流行ったロスト・ソフトの聖杯戦争が有名だ。タイトル通り聖杯を巡って三つの陣営が競い合うもので、当時ほとんどの中学生が知っていたタイトルだ。

 じっさいに現実でも聖人が残した聖遺物はあちこちの古代遺跡に残されていて厳重に保管されている。


 聖遺物の力というのはゲームのなかではいわば願望を叶えるものという認識になっている。聖杯がじっさいに誰かの手に渡り、何かを成したという記録は残っていないが、多くの歴史的な場面で聖杯が登場するのは、たしかなのだ。聖杯が勝った陣営側にあったこと、それ自体は取るに足らない事実だ。ただことごとく聖杯が歴史の表舞台に存在した事実はどう考えてもおかしい。聖杯にはがある。


 銀河連邦に聖杯が渡ったとしたら、それは銀河連邦が何かを企んでいることに他ならない。


「ですが、大銀河時代に聖杯なんて欲しがりますか?」

「聖杯は地域によっては魔力を貯めたものとして存在します」

「魔力なんて非科学的な?」

「じっさいに辺境星では三十歳まで童貞だったため、魔法が使えるようになった者もいるそうです」


 それ、僕だけれど。


「なるほど……」


 なるほど、じゃないよ! ともかく聖杯の魔力は銀河連邦さえとりこにするのだ。


「わかりました。少し話がオカルトに向いてしまいましたね。私としてもマイエヴァラ公の謀反のお話は興味深く聞かせていただきました」

「そうですか、さいごに一つだけ」


 ホルベイン氏の視線が真っ直ぐにこちらを睨んだ。


「近頃、ローリエス兵に聞いたところ不穏な動きが町にあるそうです。若者が夜な夜な集まり、何かを計画中とのことです。実際に銃が出回っている……しかも一丁や二丁ではなく、もっと多くの拳銃が押収されている」

「パーティにしては大袈裟ですね」

「ええ。おそらくテロが起こるのではないかと思っています」

「理由は何だと思いますか?」

「分かりません、強いていえばでしょうか?」

「ふむ」

「ローリエスの若者は成人すると、卒業式をしに一旦アルヴァンシアを去ることになっています。卒業式とは隠語で、実は脳に改造手術を受けて穏やかな市民になることを強制しているのです。ローリエスは基本的に静かな町です。しかし、その平穏さは作られたものだという噂です。じっさいに卒業式のためにたくさんの若者がシャトル船でアルヴァンシアから遠い星へと旅立つのです」

「人民統制ですか、それはスクープですね」

「ええ」


 ホルベイン氏はごくりと喉を鳴らす。僕は畳みかける。


「ローリエスには不穏な動きが渦巻いています。バランスを崩した瞬間に何か、ドミノ倒しのような事態が起こるはずです。僕はそれをとても恐れています……」

「分かりますよ。社会というものは、いわば幻想ですよ。それが倒壊するというなら尚更でしょう」

「僕はそのときレオノーラ様を守らないといけない立場です。だから口を開いたのです」

あるじに反逆してもいいと思ったのですね」


 ローリエスには何の感情もなかった。僕の銀河皇帝ロードに踏みつぶされる土地だ。哀れだとか、恐ろしいという感情はあるにはある。僕も人の子だからだ。しかしそれ以上に魔力で絶対的な力を持っていることで現実を変えられる。この動かし難い感情が僕をつよく前へ前へと動かしていた。


「ホルベインさん、きょうはありがとうございました」


 僕とホルベイン氏は固く握手を交わした。そして僕は彼の眼差しに催眠をかけた。


「半年ほど、事件が起こるまでポリャコフにいること」

『事ガ起コルマデ、ポリャコフ滞在……』


 ホルベイン氏は一時的に呆然としたが、意識を取り戻した。催眠時の記憶は残らないだろう。

 僕と彼は古代遺跡を後ろにして夕焼けの街を歩きだした。トルルイベの戦いまで二か月を切っていた。


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