ローリエス陥落

第5話

 こんばんは。カヅキ・ミコトです。きょうは、あれからのことをざっと振り返りたいと思ってキーボードを叩いています。

 結論から言うと、宇宙アリはみんな駆除しました。

 命からがら助かったことよりも僕に目覚めた魔力って一体なんだということを話す必要がありますよね? 

 

 宇宙アリに囲まれて襲われたところで僕の拳にはある力が宿ったんだ。恐るべき力でパンチを繰り出し、宇宙アリを吹き飛ばした。これって何の冗談なのだ? はっきりと分かるのは、宇宙アリは僕の力に怯えていることだけだった。

 僕は追撃した。

 宇宙アリの顎を砕き、首を取った。

 こいつらは続々と中から湧いて出てくる。殴って蹴って殺してまわった。幸いギルベルトは気を失っていて僕の姿を見ることはなかった。


 アリの巣穴を壊滅させた後、ギルベルトとセシリアを背負ってキャンプへと戻った。僕には傷一つなかった。ギルベルトが気づいたとき、僕は説明に困った。まさか拳ひとつで宇宙アリを壊滅させたなんて言えるはずがなかった。討伐訓練が役に立ったとかなんとか言って誤魔化した。


 魔力のことはキャンプに引きこもって調べることにした。

 ここに小石がある。

 小石を三次元の空間の位置座標内にイメージして重力から解き放つ、そんなイメージをした。


 小石はふわふわと空中に浮いた。


 僕はこの不思議な力を「魔力」だと思った。超能力や異能力、呼び方はなんでもいいけれど、そういう力が僕に宿っている。その力を保持するのは僕のイメージ力だということにも気がついた。魔力はいわばプログラムのコードみたいなもので順序良く配置することで力を発揮する。ならば機械的なコードで構成されているセシリアも僕の魔力を注いでやることでさらなる力を発揮するだろうと思った。


 宇宙船でセシリアを修理して眠っているあいだ、彼女の体に魔力を注ぎ込む。彼女に魔力が充填された。彼女の膂力りょりょくが格段に上がっただろう。この結果はあとで観察することにしよう。


 僕は夜になってまたアリの駆除に向かった。それから二週間後、惑星ジィジィーの宇宙アリは完全に駆除された。ギルベルトは目を丸くしていた。なんて言ったってついこの間までだった僕が惑星丸ごとの宇宙アリを駆除してしまったんだ。一大ニュースだ。ギルベルトは僕に行政院で働かないかと誘ってきたけれど、僕は断った。僕は銀河皇帝になる器なんだ。


 惑星ジィジィーとその隣の惑星バァバにも宇宙アリの巣穴がある。宇宙アリの掃討作戦を始めよう。僕は死ぬことがないのだから。

 そうして僕の宇宙アリの討伐ミッションは新たな局面を迎えた。行政院の院長から賞状をもらえるほどに僕は活躍した。アリハンター、ミコトさんの名前は宇宙のハンター界隈で一躍有名になった。僕は鼻高々といった具合で今日も宇宙アリの討伐へ出かける。惑星マァゴ、惑星ヤシャゴゥなどさまざまな星でハンターとして活躍した。


(ちょっと待て、ちょっと待て。僕は銀河皇帝になるのだ。ハンターとして大成してどうする?) 


 僕は銀河じゅうの宇宙アリをほとんど滅ぼしてしまった。

 仕事がなくなってふたたびランク表を眺める。ランク表には中難易度の項目がいくつか載っていて僕はある項目に目を奪われた。


 小都市の壊滅! 


 そうだ、そういう悪役らしいことをしなくちゃ。僕は銀河皇帝になるのだ。それだ、それにしよう。小都市の壊滅、むかしゾンビが出てくるゲームでやったよなぁと思い出した。まずは橋を落として町を孤立させるのだ。そして住民を扇動して互いに冷静にさせないようにする。そうして生物兵器のゾンビウィルスに感染させて内部からじわじわと壊滅させていくのだ。


 面白そう!


 僕は町選びを始めた。町はなんらかの閉鎖的な町がいい。交通の便が悪い小都市を狙う。いくつかの候補地を思い浮かべるとリストをもう一度眺めてみる。さいごはダーツを放って運に任せた。

 候補地はローリエスに決まった。銀河東南中心星アルヴァンシア、二級都市だ。町は森に囲まれて感じに孤立していた。産業レベルは地球の中世程度。しかし輸入品で拳銃が出回っている。専らの主要産業は観光で古代遺跡が近くにあったり、中世風のお城があったりする。


 僕はとりあえずアルヴァンシアへ降りてセシリアとともに情報を集めた。ローリエスは人口十九万人の都市とはいえ、昼間から出歩いている人間は少ない。僕はセシリアにマップを見せてもらいながら食堂でアクアパッツァを注文した。

 食堂の店主を洗脳していろいろと話を聞き出した。傍から見たら和やかな談話に見えただろう。


 ローリエスにはマイエヴァラという名領主がいるらしい。彼には一人娘のレオノーラがいて、近々結婚の予定だという。ローリエスの力を盤石にするための政略結婚だった。僕はすこし考えて、マイエヴァラ城へと向かった。

 

「ミコト、何を考えているのですか?」


 セシリアに尋ねられて答える。


「就職先だよ、まずは就職しなくちゃ」

「銀河皇帝が働きに出るのですね」


 なにを笑っているんだ。僕は真面目だぞ。


***

「どうも~、カヅキ・ミコトです。家庭教師の売り込みに参りました」


 城の人間はこちらを怪しげに見ている。というか眉をひそめている。その目を睨む。催眠洗脳だ。


『あ~、そうですね。午後からのご予約が入っていましたね』


 予約なんてものはしていないが、入れたから良しとしよう。

 ロビーに通されるとお嬢様とメイドが座って談笑していた。

 僕たちに気づくと不審げな視線を向ける。

 金髪の子がレオノーラか。メイドはあとで名前を聞くとしよう。


「レオノーラお嬢様、初めまして。カヅキ・ミコトです。家庭教師に参りました」

「かていきょうし……?」


 ニーナが割って入ろうとしたところで催眠をかける。


『お嬢様、そういえば家庭教師をこの方にお願いしていました』

「そ……、そうなの?」

「お嬢様、すこしよろしいですか?」と僕。


 レオノーラを奥の窓際に立たせてレオノーラに催眠をかける。帰ってくるとレオノーラの目がハートになっている。僕にたいして無意識に好意を抱かせる催眠だ。セシリアが僕に、


(ミコト、コンプラ的にどうなんですか?)

(銀河皇帝が法令を遵守じゅんしゅして、どうする?)

(まぁ、それもそうですが……)


 こうして僕はお城にお勤めすることとなった。お城のなかへ入り込んだのでマイエヴァラ公にも催眠をかけて色々と調べて回った。

 アルヴァンシアのマクスニス国王ビヒャレスは暗主であるらしい。隣国キルヘスとの関係は悪く、和やかに国々を治めることを第一とするマイエヴァラ公とはよく衝突していた。そのうえ、軍備の増強を図っているらしく、


「銀河連邦政府から宇宙戦艦一隻を借り受けました。国王は何を考えておられるのか分からない……」


 宇宙船一隻で国家レベルの戦争がどうなるわけでもないというのが宇宙の常識だが、このような文明レベルの低い国ではオーバーテクノロジーである宇宙船は最大の戦力だろう。

 マイエヴァラ公の憂慮も推して図るべし、だ。


 僕は外へ出てみる。日はだいぶ高い。すこし城のまわりを探ってみよう。

 森というのはとても広いし、なかは暗いなぁ。奥で誰かが泣いている。レオノーラだ。どうしてここに彼女がいるんだろう?


「み、ミコト……?」

「やぁ、レオノーラ。どうしたんだい?」

「ブローチを森で落としちゃって……」

「それは大変だ。いっしょにさがそう」


 僕たちは森のなかで共にブローチを探した。女神をあしらったブローチだというので草むらに落ちていればすぐにわかるだろう。僕は魔力で探索を試みる。魔力も流石にヒントなしで探すのは難しいか……。

 頭上にカラスが飛んでいく。鳴き声を聞いているとカラスは枝にとまった。そうだ、カラスに魔力を注ぎ込むのだ。そうして催眠をかけた。

 カラスは光るものを気にするから彼に任せれば簡単だろう。


 見つけた。


 ブローチを拾うとレオノーラに渡す。彼女は喜んだようだ。

 レオノーラとふたりで森を出ると日が傾き始めていた。僕は彼女の肩を優しく抱き、城へと歩いて行った。


 僕はその夜、計画を立てた。簡単なテロの計画だ。城の地図はセシリアに任せて作ってもらった。城を攻略するのは容易いだろう。イメージを固めようとしたとき、部屋の扉がノックされた。

 時刻は十一時。こんな時間に誰だろう?


「レオノーラです……」

 

 意外な人物の登場に驚く。


「……お嬢様でしたか」

「そ、そのブローチを探してくれたお礼にこれを……」


 クッキーだった。甘いものは助かるなぁ。


「ありがとう、頂いても?」

「ええ」

「おいしいっ! こんなに美味しいもの初めて食べたよ」

「そんなこと……」

 

 レオノーラは顔を真っ赤にした。彼女は中へ入ろうとしてきたので、すこし片付けると言って計画書を仕舞った。面倒くさいなと思って催眠で会話をしたということにしようと思ったけれど、流石に人間としてどうかと思ったので会話をした。レオノーラの政略結婚の話になった。


「私ね、結婚するの。でも結婚したくない。好きでもない人となんて嫌」

「そうなのですね、ほかに誰かお相手がいらっしゃるということですか。気になっている相手とか」

「そ、そんな人はいないわ。でもあなたみたいに優しいひとがいい」


 優しいか。この都市を転覆させようとしている僕を、そう表現するのはすこしだけ心が痛む。


「あのね、私が大人になったときのことを話したいの。ローリエスに産業を栄えさせるの。鉄鋼業や工業を広めて都市を豊かにするの。お父様はそんなこと考えてらっしゃらないから、私の代でそうしたいの。だから勉強する。ミコトも協力してちょうだい。私がローリエスを観光の町から強い町にする」


 レオノーラは強い子だった。彼女の成長はローリエスの発展に寄与するだろう。それまでローリエスがあれば、だけれど。十四の子どもの決意を踏みにじるのは気が引ける。ただ、世界を動かすために、踏みにじられる人間側が、その最初の人間が彼女みたいな善良な子どもだったというのは僕みたいなおじさんにとっては悲しい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る