第4話
(もしもし、あ。行政院の。ああ、つぎの巡回ですね。三日後、分かりました。あ~、はい。はい。新人? そうですね~。ダメっす。グズでノロマで、おまけにビビりなので。大変ですよ~)
盗み聞きとは知っていても止められなかった。ギルベルトには好意はなかったけれど、信頼していた。こうしてはっきりと評価を下されると涙が止まらない。
「ミコト……」セシリアに慰めてもらうなんて男らしくない。
その日の討伐ミッションはくやしさをぶつけた。とにかく早く動いてビームライフルを撃つ。撃ったらいったん下がってもういちどダッシュで近づく。ギルベルト、見ているか! 僕だってやれるんだ。ギルベルトは黙って僕のミッションを見ている。何を考えているのかさっぱりだ。
僕はアリを二匹仕留めた。周りにはアリはいない。ギルベルトは時計を見ている。そうして僕に合図する。ギルベルトは言った。
「これからアリの巣穴探索ミッションを行う」
アリの巣穴はここから数キロメートル離れた場所にある。そこまで行ってアリの巣穴を探索し、朝焼けとともに戻る。そういう説明を受けた。
僕の息遣いはだんだんと荒くなっていった。ギルベルトを見返せると思ったからだ。僕たちはアリの巣穴にたどりつく。
アリの巣穴は五メートルくらいの大穴で奥底は暗くてよく見えない。
明かりをギルベルトが灯すと、僕たちは中へと入っていく。
こんな大穴のなかへ入っていくのは初めてだ。地球の富士山の麓にこんな場所があった記憶があるけれど、そこより中はだいぶ広めだ。足元はしっかりとしていて踏み固められている。僕はアリが頻繁に出入りしているのだと理解した。僕たちが討伐していたアリのほとんどはこの場所からやってきたのだろう。ギルベルトの説明ではここのほかにもコロニーがいくつか存在していて、町にいちばん近いのがこの場所だという話だ。
進んで三十分。僕たちはふたつに分かれた道の右側を選んでさらに進む。開けた場所についた。奥に一頭だけアリがいた。僕たちは楽勝とばかりにビームライフルの引き金を引く。セシリアが警戒しているとは言え、アリの巣穴だということを忘れてしまいそうだ。アリの巣穴はガラガラで僕たちはそのまま歩き出そうとしたそのとき――、
セシリアが言った。「警戒して! ミコト!」
僕の頭上から何かがいっせいに降ってきた。それが僕に襲い掛かり、僕を吹き飛ばすと、ギルベルトの拡散弾が空中に閃いた。僕はなにが起こっているのかわからないまま、薄れていく意識を保とうとする。ふらふらしながら周りを見てみるとアリに取り囲まれている。アリは見たところ、十頭から十五頭。こんなに多くのアリを一気に引き受けたことはない。ギルベルトも油断していたようで彼がいつになく焦っていることにも気づいた。
ビームライフルの照準がぶれている。僕もビームライフルを構えようとした。ところがビームライフルの引き金を引いても弾はでない。
「ギルベルト、ビームライフルがっ!」
僕は怯えた表情で訴える。そんな僕の訴えに彼は気づかない。取り囲まれてそのなかでビームライフルを連射している。なんとかするしかない。でもどうやって? 僕はとにかく動き回って間合いをはかるが、それも特に意味を成さない。僕の目の前のアリはいつになく凶暴で噛みつこうとしてくる。
そうだ、ここは巣穴なのだ。
巣穴を守ろうという防衛本能がアリにはある。外回りのアリよりも警戒心が高いはずだ。絶体絶命だ。僕にはもう戦いの手数がないのだ。心臓がバクバクする。冷や汗が伝って気持ち悪い。
僕は死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ……!
目の前にいたアリの頭蓋が砕かれる。それはセシリアの強打だった。
セシリア……!
僕は助かったとばかりに両手を上に挙げる。セシリアは僕に注意を促した。そうだ、まだ絶望的な状況はひっくり返っていない。僕はセシリアにビームライフルの故障を伝える。セシリア、わかってくれ……!
ところがセシリアの小さな体がアリと力比べしたと思ったら、あっさりと投げ飛ばされる。ドスンという音が遠くでした。
「セシリア……!」
彼女は岩壁に叩きつけられた。セシリアの表情は消えて、マシンそのものの無表情に戻る。僕は彼女に駆け寄る。セシリア、セシリア……。
彼女の腕は引きちぎられ、無残な様子になっている。コードや回路が露わになり、可哀想だ。僕は彼女の腕にハンカチを巻いた。
僕は一人きりになったのだろう。ギルベルトが応戦しつつ、僕を救いに来てくれたんだけれど、彼もアリの餌食になってしまった。僕をグズだの、ノロマだの、言って彼は死んでしまったのかもしれない。僕はもう終わりだと思った。銀河皇帝になるだの、憧れだの言ってこのザマだ。なんでこんな夢を叶えようと思ったんだろうな……。こんな三十路が頑張っても何も残せやしない。
僕はさ、イクシェアになりたかったんだ……。アリの顎が僕に襲い掛かる。僕は目を閉じた――。
***
目を開く。視線のさきには五〇〇の宇宙戦艦が待ち構えている。敵陣の奥には小惑星帯。居眠りしていたようだ。僕のはるか昔の記憶だ。ときどき単位を落として卒業できなかった夢といっしょに見るんだよね。
「ミコト様、艦隊の準備は一〇〇パーセント完了しています」
「そうか、では開戦の
「放て……!」
ビームが真っ直ぐな矢のように飛んでいく。
「敵、着弾を確認……!」オペレーターが報告してくる。艦隊はだんだんと距離を詰めて弾薬が飛び交う。誘導弾が炸裂して、敵艦隊を動揺させる。僕たちは前線を下げる。敵はそれみたことかと艦隊をそこへと突撃させる。なおも僕たちの艦隊は後退を続ける。敵があるラインを越えた。
馬鹿め。機雷の炸裂だ――。
敵艦三〇隻が宇宙空間へと轟沈。僕たちはバラバラになった艦の残骸のある宙域を壁に尚もビーム兵器を撃ちこむ。僕たちの圧勝に見えた戦いは敵援軍の存在に打ち砕かれる。僕はブリッジをセシリアに任せた。
「僕が行こう……」
僕はエアロックを開く。僕は宇宙空間に何も付けずに飛び出す。常人であれば数分もしないうちに血液が沸騰して死に至る真空だ。僕の体も徐々に死を迎える。しかし――、
僕は体を魔力で包みこんだ。僕の体をあらゆる異常から守る鉄壁の魔力で。
宙域を漂うデブリを片手に、それを
空間は、空間量子というそれ自体を構成する空間で成り立っている。そのステップを踏みながら、ワープした僕は敵艦を殴りつける。敵艦は凹む。腹に力を込めてもう一度、殴りつける。敵艦の
僕の小回りは
僕の赤い目が敵艦ブリッジを睨む。ブリッジにいた艦長が気を失い、目を覚ますと「隣の艦を狙え!」と言った。催眠洗脳だ。
――僕は戦場を
***
朝食が運ばれてくる。メイドが紅茶を淹れていると、そこへ部下が割り込んできた。吾輩の朝の優雅な、いや慌ただしい朝を無視して。吾輩は不機嫌だ。
「ランクマーク西部方面指揮官。いますぐ指揮をお願いします。緊急事態です」
「なにを言っている? ジェノベーゼ将軍がいるだろう?」
「ジェノベーゼ様はお亡くなりになりました」
「バカな……」
吾輩が口をあんぐりと開いていると、ニードドレッドが額に汗をかきながら答えた。敵勢力はたったの三〇〇だ。なのにその規模の素人を相手に止められない、とは。銀河連邦の名折れだ。吾輩は制服に着替えた。
鏡を見た。怯えを見せている吾輩の顔。それを見て初めて、吾輩は恐怖を感じているのだと気づいた。千年以上、戦争がなかったこの地で人々を震え上がらせるとは何事だ! そう自身を奮い立たせる。吾輩だってたった三〇〇の艦隊に慄いているわけがなかろう。
「はっはっは……!」
吾輩は気を取り直して、軍艦エノクシオンに乗り込んだ。ブリッジには精悍な顔つきの部下たちがいた。彼らと目が合う。
「これより我が艦は銀河の無法者を撃滅する旅へと出かける! 我が神の兵士たちよ、恐れることなかれ! ヴァルハラの広間へお前たちを連れていくことはない! 吾輩が戦場を勝ち取ると決まっているのだからな!」
「「「イエス、マイロード!」」」
軍艦エノクシオンは数五〇〇の艦隊を引き連れて戦場へと飛んだ。高速航行時間にして三時間の距離だ。
しかし、ランクマーク西部方面指揮官の震える手は武者震いだけではなかった。
デブリの広がる、作戦宙域はガランとしていた。ジェノベーゼの艦隊が討ち取られたとは……。ランクマークの視線の先には銀河連邦の軍艦五〇〇隻が無残な姿となっていた。
「これが……たった三〇〇隻の仕業だというのか?」
ごくりと唾を飲み込む。
ランクマークは直感した――、ここは
そうして軍艦エノクシオンのレーダーにひとつの小さな影が映り込んだ。
「ランクマーク指揮官、レーダーに微小な反応!」
「なに? 無視しろ……」
「それが秒速7キロメートル、デブリのような速さで近づいてきます」
「回避行動だ、急げっ……!」
エノクシオンは回避行動に移ったが、その塊は意思を持っていた――。
銀河歴四七〇〇年。ひとりの魔王、いや銀河皇帝の卵が誕生した。彼はとつぜん地上でありえない力を有し、たった三〇〇の艦隊を率いて銀河連邦西部方面支部に横穴を開けた。彼の名はカヅキ・ミコト、ついこの間まで、ただのおじさんだったその人だ――。
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