第3話
ギルベルトにはアナという幼馴染がいた。
彼女とギルベルトは幼い頃から仲良しでよく砂漠の町で影踏み鬼などをして遊んだという。
紺色の髪をツインテールに結び、快活な少女だった。笑顔が素敵な女の子だったという。
ギルベルト、アナともに12歳のときである。
宇宙アリの卵がついた隕石がジィジィーに落下した。凄まじい衝撃波が集落を襲い、けが人も多数出た。ところが人々は卵から孵った宇宙アリを神格化して細々と暮らすようになった。宇宙アリはあっという間に増えていき、惑星の60パーセントを覆う。
アナは集落の族長の娘だった。あるとき謎の疫病が集落を中心として流行り出し、これを宇宙アリの怒りだとして人々は
三年に一回、美しい娘を宇宙アリに差し出すのである。いちばん初めの
ギルベルトの見守るなか、アナは宇宙アリの巣へと向かった。
……かなり重たい話だ。
ギルベルトが重い口を開いた。その瞳は暗いどこかを睨んでいる。
「それでブチ切れてビームライフルを片手に宇宙アリの巣に殴りこんだ」
ギルベルト15歳のときの話だ。若すぎるのに勇敢だと思った。
彼はアリの巣のなかで気を失っていたアナを救い出し、アリの巣のなかのアリを片っ端から殺して回ったという。ところがアナはアリの巣の中の記憶どころかギルベルトとの記憶も失っており、廃人になってしまっていた。彼の英雄的行動でアナは救われたはずだったのに。
「決めたんだ、アナの心を殺した宇宙アリを駆逐してやるって」
そんな話を聞かされてギルベルトみたいな若い青年がいつまでも都会へ出ずにこんな辺境星にいることが分かった気がする。
「ギルベルトさんが宇宙アリを憎む理由がわかった気がします……」
言葉に詰まる。
「ところでカヅキさんはどうしてここへ? 辺境星に宇宙アリの討伐なんて珍しいと思うが」
ふふっとギルベルトは笑った。まさかここで銀河皇帝になる夢を話すのだろうか。
待って、僕。心の準備ができていない。
「ミコトは観光目的ですよ……」
後ろで黙って聞いていたセシリアが答えた。そうだ、セシリアにはそういう情報を入力しておいたんだった。
「なるほど、体験目的で。でも中級コースを選ぶのは珍しいが……」
「アハハ……僕はその、補助金目当てです。なんちゃって……」
なるほど、と言った顔でギルベルトは頷いた。
「お金を貯めて、もっといい宇宙船を買う予定なんです」
嘘に嘘を重ねる。もうどうにでもなれ!
「ああ、宇宙船か。あの宇宙船も格好良くていいと思う」
「ありがとうございます」
ギルベルトの視線のさきには僕の乗ってきた、宇宙船がある。銀色の流線形のいかにも都会的な船種だ。
「じ、じつは僕。大型操船免許Ⅰ類持ちなのでまだ大きな船種に乗れるんです」
「そうなのか! それは素晴らしい!」
「コルベット級からフリゲート級はいけます」
「宇宙で旅かぁ……」
ギルベルトは目を細めて夜空を眺めた。その視線には羨望が宿っていた。ギルベルトは若い。なのに過去の呪縛でこの土地に縛り付けられている。もったいないと思う。
ギルベルトは僕に寝るように促した。キャンプに戻って目を閉じる。
夜が明ける前、青色の混じる空のしたで僕はセシリアを呼びつけた。
「いいかい、セシリア。これは僕のほかの誰にも言ってはいけないよ」
「なんでしょうか。ミコト」
「僕は銀河皇帝を目指している……」
「プッ……」
彼女は噴きだした。
「な、なに笑っているんだ!」
「ミコトこそ、何を寝ぼけたことを仰っているのですか」
「これは冗談ではないよ……」
そうだ、冗談ではない。僕の夢だ。僕の真剣な眼差しにセシリアは気がついた。
「ということは……」
何かを察したようだ。ひそひそ話になる。
「ミコト、いい? 銀河皇帝になるということは何か事件を起こさなければならないでしょう?」
「事件か……それは思いつかなかったな……」
「ミコトが起こせる事件なんて考えない方がいいのかもしれないわ」
し、しつれいだな……と思ったけれど返す言葉もない。僕は至ってふつうのおじさんだから。
「セシリア、今すぐことは起こさない。まずは状況に慣れてから銀河皇帝を考える段階を目指す……」
「かしこまりました」
「セシリア、君にはいろいろ手伝ってもらうことになるけどよろしくね!」
「ええ、ミコト。私はいつでもあなたの味方です」
セシリアはアホではない。入力した情報が正しければ十分に使える配下になるはずだ。最初の銀河帝国の配下だ。
ふたりでこそこそ話しているところへギルベルトがやってきた。
「失礼……おっと、何か話していたのかな?」
「いえ、特には……、朝食のメニューを考えていたところです、なぁセシリア……?」
「はい。きょうはウィンナーロールにしようと考えていたところです」
「それはいいアイデアだ」
ナイス、セシリア。
僕たちは朝食を済ませてアリの討伐へ出かける。
***
「行くぞー!」とギルベルトが声をかける。
僕は元気いっぱいだ。帰る頃にはへとへとだろうけど……。
きょうの討伐ミッションが始まる。
いや珍道中かもしれないなぁ。
星がきらめく夜空を歩いていく。ビームライフルを背負ったギルベルトを追って進んでいく。砂漠の風景は代わり映えしないが、高さは一定しない。ときおり山のように堆くなっているところがあったり谷があったりする。宇宙アリがいる溜まり場まではすこしかかる。途中まではセシリアに音楽プレーヤーをかけてもらっていた。
軽快にかかる音楽のなか、意気揚々と歩く。風はカラッとしていて気持ちがいい。
途中に現れたのは働きアリの成虫だ。餌を探して巡回中のやつだろう。
こいつらとはとにかく遭遇率が高いから片っ端から駆除する羽目になる。
あまり俊敏ではないし、とにかくのんびりしているので駆除には困らないとギルベルトはあっさり殺してしまう。でもそれはプロだから出来る芸当なんだ。開幕早々に死ぬ可能性がある僕には、さっと一頭の宇宙アリを殺しておくということはできない。少なくともひとりでは……。
間もなく、僕にも相手ができる小さい個体が目に入ってくる。
働きアリにもいくつかサイズのばらつきがあってこれが一番小さいタイプだということがだんだんわかってきた。
ギルベルトにやってみろと促されて間合いをはかる。これからさき、何頭もこういうのを相手することになるだろう。慣れておかなければならない。
僕が見たことないやつでギルベルトが言うには繁殖期には羽根つきというタイプがいるのだとか。羽根つきアリはとにかく空中を飛ぶので厄介な相手らしい。ネットでは手に入らない知識だ。
歩くのを続けるとぽつねんと小屋や建物が立っている。ここにも人が住んでいた時代があるのだと想像すると楽しい。ギルベルトの話だとこの建物は隕石落下まえのもので町が繫栄していた時の名残だそうだ。ただこういう建物はアリの棲み処になりやすいので見つけたら壊すのがふつうらしい。なので壊すことになる。
木造小屋くらいのサイズならビームライフルで柱を焼き切ってしまえばいい。しかし、二階建て、三階建ての建物となるとすこしたいへんだ。ギルベルトとふたりで警戒しながら二階、三階と確認する。二軒目の建物で宇宙アリが一頭潜んでいて肝を冷やした。ギルベルトの合図で挟み撃ちにする。建物をなんとか解体し終えると汗ばんだ体をタオルで拭く。セシリアはそのあいだ警戒モードであたりを監視していて安心できる。ギルベルトが水を口に含ませている。
道中、大きい個体も見かけるようになる。兵隊アリだ。僕にはまだ早いと思っていたけれど、ギルベルトの指示で相手をする。兵隊アリは働きアリと違い、すこし凶暴な性格で顎が発達していて怖い。震えながら間合いをとる。このころになると僕は討伐ミッションの基本が間合いのはかり方であることを理解し出していた。こわいけれど、間合いを間違えなければ僕のようなへたっぴのハンターでもやっていける。
ビームライフルを構えて兵隊アリと対峙すると、脳内にアドレナリンがバンバン出ていることが分かるくらいに謎の興奮がある。兵隊アリや働きアリに傷つけられることはほとんどなくなったけれど、こちらが手負いになったら、またすごいのかもしれない。奥深い。
兵隊アリをギルベルトのサポートで倒した。時間にして一時間弱といったところだ。ずいぶんかかった。ギルベルトは僕の習熟度に関しては特になにかをいうことはなかった。
きょうは引き返そう、そう言われて来た道を戻る。セシリアにマップを見せてもらいながら、町へ。一仕事終わった後だ。疲労感でいっぱいになっている。ギルベルトに言って、すこし座り込んで休憩させてもらう。夜空を見上げるととにかく星がきれいだと思った。宇宙船から見るのとはまた違った景色だ。明かりのある建物がないので
これでも例年よりアリの遭遇率は低いとギルベルトが話してくれた。アリの大行進が見られるのは九月半ばで二ケ月以上さきだ。いまからみっちりと訓練を積んで大行進で活躍できるようにする腹積もりでいるらしい。(ほんとうにそうなるのか?)
僕は倒せたアリはこれまでで十二頭。そのうち八頭はギルベルトに手伝ってもらっている。ほんとうにダメじゃん……。
「ミコト! 警戒して!」
セシリアの言葉に驚いているとギルベルトが騒ぎ出した。
「おかしい、こんな時期に羽根つきだなんて」
さっきの話で出た羽根つきアリの登場だ。イレギュラーにもほどがある!
僕は急いでビームライフルを担ぐ。ぼやぼやしていると捕まってしまって空中から真っ逆さまだろう。ビームライフルの拡散弾が夜空に広がる。花火のような鮮やかさに目を奪われる。それも一瞬だ。
僕も拡散弾で空を撃つ。ギルベルトのショットで羽根つきアリの羽根に着弾した。燃えた羽根が落ちていくところまで走っていく。なけなしの体力を振り絞る。
砂場を滑って、羽根つきアリが死んでいるのを見つけた。いや、動きが止まっているだけだ。僕は急いで充填弾に切り替えて心臓を射抜く。
ボシュっという音がしてアリは死んだ。達成感でいっぱいになる。
この調子で頑張ってみよう。
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