Part40:「二人のAI少女」

 チームはいよいよ巨大航空戦艦「エクログロフス」の中枢区画へと踏み込んだ。

 ここよりはチームは二手に分かれる。

 クラウレー、オックス、スノーマンの三名は、艦の心臓たる動力炉区画に降りてそこを無力化するための破壊工作に掛かる。

 そして、星宇宙、モカ、ファースに在っては艦のもう一つの中枢。艦の頭脳とも言えるメインコンピューター区画を目指す。

 そこには星宇宙等の目的である「ユートピア・デバイス」も同時に保管されており。メインコンピューター区画の無力化と合わせて、これの確保入手を目指すのだ。


 道中で散発的な遭遇戦闘を切り抜け、星宇宙は程なくしてそのメインコンピューターの前へとたどり着いた。


「っ」

「ほぁっ」

「ふっ」


 向こうのメインコンピューターエリアとを繋ぐ、両開きの隔壁扉の前で。その両側に取り付く星宇宙等三人。


「こっからだな」

「あぁ、セキリュティシステムとの戦闘になる……」


 そして息を整えながら、そう言葉を交わす星宇宙とファース。


 「エクログロフス」のメインコンピューターエリアはAIに管理サポートされ、それにより運用されるセキュリティシステムが存在する。

 そのAIは高度に自律しており、ある意味艦の「脳」、艦「自身」と言ってもよい存在だ。

 そしてTDWL5のメインストーリーの流れを辿るなら、そのAIの操る巨大なセキュリティと。言ってしまえばそのAI自身との戦いが、この後には待っている。

 これはTDWL5において一種の「ボス戦」に位置付けられるものだ。


 星宇宙はもちろんプレイ経験からそれを知っており、モカもまたその知識を有している。

 そしてファースに在っても、ToBの保有している情報からそれは承知していた。


 おそらく苛烈な戦いになる。それを予想し、各々の体には自然と力が入る。


「――いこう」


 皆、すでに準備はできている。

 それを見るだけで確認した星宇宙は、隔壁扉横の開閉パネルの前に立ち。ロックを解除するために、スノーマンから預かったハッキング用のメモリを挿入しようとした。


 しかし。

 その手順よりも前に、隔壁扉が端的な機械音を響かせたのはその時であった。


「え」


 音を聞き、そして次に見えたものに、思わず呆けた声を上げてしまう星宇宙。

 星宇宙を見守りつつスタンバイしていたモカとファースも、同じ様子だ。

 

 ハッキングを試みようとした隔壁扉は、しかしその前に静かにしかし大きく開かれ。その奥に存在する広く取られた空間を露わにした。

 まるで、星宇宙等を迎え入れるように。


「……」


 一度、視線を合わせ交わす星宇宙等三人。

 そしてしかし、次には三人はそれぞれの火器を構え直し。意を決するように、隔壁の向こうへと踏み込んだ。



 隔壁の向こうに広がっていたのは、円形の広く取られた空間区画だ。

 円形の区画の形状に合わせて、いくつもの機械類や構造物が、雑多なように見えてしかし見苦しくない形で配置され。その多くが電子的な稼働音を静かに上げている。


「……ッ」


 しかし。警戒しながら踏み込んだ星宇宙等の意識は、その中の一点に惹き付けられた。

 円形空間の中央、その宙空。


 そこに在り見えたのは――一人の「少女」の姿身体であった。


 少女は、煌びやかな白髪の映える十代中程に見える美少女。恰好は真白いボディスーツ姿。

 そして何より特徴的なのは、現在のその姿勢、在り方。

 真白い少女は宙空で逆さ吊りになり、背を反る姿勢でそこに在った。

 彼女の脚は空間の天井から伸びる、大きなロボットアームのような物で支えられており。その支えで少女は今の姿勢状態にある。

 そして宙吊りになる彼女の周囲には、いくつもの大小のアーム、マニピュレーター類や。半透明のウィンドウスクリーンが取り巻くように存在している。


「――ようこそ、お待ちしておりましたよ」


 そしてそんな姿勢姿、形態の少女から寄越されたのは。その姿勢を苦とする様子はまるでない、優雅なまでの色での。

 星宇宙等を迎え入れる旨の言葉であった。


「――〝ラグラデオス〟か……ッ?」


 異質な姿形の少女との相対に、それぞれ驚きの色を作る三人だったが。

 その内から星宇宙が代表するように、そんな何らかの名称を口にしたのはその次だ。


 ラグラデオス、とは。

 本来であれば、この円形の区画空間――巨大航空戦艦「エクログロフス」のメインコンピューター区画にて、相対・対決する事となるはずのAI及びセキュリティシステムの名称だ。


 そこに存在して相対するはずのAIに代わり、邂逅した真白い美少女。

 しかし星宇宙は、ここまでに女の物へと姿を変えた数々の人々・存在の前例から。その正体にすぐに察しを付けた。

 今、視線の向こうで宙にある美少女こそ――AI、ラグラデオスであるのだと。


「ご明察ですよ、〝希望の星〟」


 その解答、肯定は宙空の美少女から明かされ寄越された。そして合わせて紡がれたのは、星宇宙を見てのそんな呼称。


「〝絆の相棒〟と、〝血盟の騎士〟もようこそ」


 続けてラグラデオスが寄越したのは、そんなそれぞれの呼称。

 どうにも星宇宙等それぞれを示すものであるらしい。


「まさか、これが……あの彼女が、この艦の……?」


 ファースにあっても、艦のAIの名称は事前情報から知っており。そして星宇宙がその名で真白い美少女を呼んだこと、その彼女から肯定の言葉があった事から。

 その正体を察して、しかし驚きの声を零す。


「これは、まさか……」

「えぇ、この世界に影響している〝MOD〟の影響のようです」


「!?」

「えっ!」


 さらに続く推察の言葉を零そうとした星宇宙だったが。

 しかし、それに先回りするように紡がれ来たのはラグラデオスからの暴露の言葉。それを聞いて星宇宙とモカは目を剥いた。


「面白いものですね。システム・人工物でしか無いはずの私に、このような人の体が与えられるなど」


 何か微笑を浮かべて面白そうに笑うラグラデオス。しかし星宇宙はそれを相手にするどころではない。


 元のTDWL5上のストーリーでも、ラグラデオスAIは自我の初歩的な所を形成し始めているという設定であり。そのラグラデオスとの対話、駆け引きもゲーム進行上存在するため、今の彼女に自我がある様子の事に着いてはまだ驚くことでは無い。


 しかし。今の真白い美少女、ラグラデオスが――姿は変われどゲーム中の存在であるはずの彼女が。MODの存在を、ゲーム外の概念を認識している。

これにあっては、驚愕を抑える事は出来なかった。


「君も……イレギュラーか……!」

「それについては憶測の域を出ませんが、あなたの認識が近いと分析できます」


 そして思い当たった言葉、要素をぶつけ返す星宇宙。

 それに返されたのは、AIらしくもしかしどこか柔らかな感覚を含んだ、ラグラデオスからの肯定の言葉であった。


「なんだ……ッ、何の話だい……!?」


 星宇宙とモカが驚愕でラグラデオスを見上げる一方。推定、ゲーム世界の延長の存在であるファースにあっては、状況が呑み込めずに困惑を零す。


「ゴメン、ファースさん……俺も混乱してる……!もう少し、探らせて……ッ」


 しかし星宇宙に在っても、詳しく説明しようにも今の情報だけでは難しく。正直余裕もない。

 苦い色でファースに願う言葉を向けつつ、またラグラデオスを見る星宇宙。


「聞かせてくれ。君は何者で、どこまでを知っているんだ……?俺やモカをこの世界に招いたのは、もしかして君なのか……!?」


 そして星宇宙は、まず一番に思い浮かんだ事をラグラデオスに尋ねた。


「それにあっては、回答は否定です」


 しかしそれにラグラデオスからまず返ったのは、端的な否定の回答だ。


「現時点の考察・分析からでは。私自身はこの〝TDWL5アプリケーション〟の一データに、偶発的にイレギュラー様子が付加したものであると仮定しています」


 彼女はまず、己の「発生」原因、理由を述べ。


「アプリケーションを外部から認識可能となった事もまた偶発的なものです。しかし直接的な外部への干渉は不可能、あなたをこのアプリケーション内へと「招いた」のは、私ではありません」


 そして、星宇宙をこの世界へ招いた存在が、彼女自身である事を否定。


「それは、〝彼女〟でした――」


 しかし、それに続けられたのはそんな示し促す言葉だ。

 直後に、宙に在るラグラデオスの真下。そこに置かれていた円柱形の構造物が、やや物々しい音を立てて扉のような部分を開放した。


「え……?」

「あの子は……?」


 そこに露わになった「存在」に、星宇宙やモカはまた驚く色で言葉を零す。

 構造物が解放して露わになったのは、人一人が収まりそうな円柱形の透明なモジュール。

 そして、そのサイズ感に素直に答えるように。そこには一人の少女がまた収まっていた。


 フワリとした黒髪が映える、十代前半程の美少女。それが円柱内で寝かされ収まり、まるで人形のように静かな様子で眠りに着いていた。


「〝希望の星〟、あなたをこの「世界」へ招いたのは彼女です。彼女自身は自分を――‶Future Lost Heart(FLH)〟と暫定的に呼称しています」


「!」

「えっ!」


 そして、その眠る美少女を示して明かされたラグラデオスの言葉。

 それに星宇宙とモカは一層目を剥き、声を零した。

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