第3話 瀬戸内海
大学3年の夏でした。同じ部活動の関西大会に賛助として、関東の大学からも参加する事となり、私もその1人として大阪に向かいました。
日中は関西の大学に来賓として参加し、夜は同じ部活仲間の下宿で、大酒を飲み、修学旅行以外で初めて行った関西を楽しみ、さて、翌日は帰京という事になっておりましたが、折角来た西日本。もう少し旅をしたいと思い、ポケットサイズの時刻表で検討しておりました。
まだ携帯電話もインターネットもない時代でしたので、中々検討するにも時間がかかります。そういえば、同じ部活の同級生で、私に渉外活動丸投げにして、実家の香川県に帰ってる奴がいたなあ。と思い出し、部員名簿を見ると帰省先の住所、連絡先も書いてあります。よし。いきなり実家に押しかけてやろうと思い立ち、一番安価で簡単に高松まで行けるのは何かと調べました。
まだ瀬戸大橋もない時代です。一番ポピュラーなのは、岡山県の宇野迄行って、宇高連絡船で瀬戸内海を渡る事でしたが、予算的にきつい。と、色々検討しておりましたら、大阪環状線に弁天町という駅があり、そこの弁天埠頭から夜に出航する船に乗れば、一晩かけて朝方に高松港に入る便がある様で、電車賃、船賃を考えても圧倒的に安い。と気づき、早速弁天埠頭に向かいました。
出航は日没後。船等乗ったのも、関西に来た修学旅行以来。船ってどんな感じだったっけ?と、期待感を持って乗り込みましたが、客室はまるで公民館の和室か?と思える様な畳敷の20畳か30畳か分からないただ広い和室だけ。
他に高い船室があるのか分かりませんでしたが、皆、ロッカーもなく、身の回りの荷物で各自縄張りを作って、その中で寝ていたり、酒を飲んでいたり、柄の悪そうな三人組が花札を始めたり。
中々珍しい、というか、つげ義春さんの漫画になりそうだな。とは思いつつ、落ち着く場所もない状況でした。
しばらくは、部屋の端の方で、本を読んでおりましたら、花札の3人組が他の客に声をかけ始めました。どうやら、自分達の花札に客を入れようとしているようです。誘われて、労務者風の酒を飲んでいたオッさんが、花札に参加しました。
私の所にも、ちょいとチンピラ風で、歳は私と変わらない位のお兄さんが
、「あんた、学生さん?ちょっと遊んで行かない?」と声をかけて来ました。
「すみません。ルール知らないです。で、今、明日迄にやらなきゃならない事が有って。」と、咄嗟に嘘をついたら、
「あ、そ。」と、意外にあっさりと解放されました。
客は全員で5組11人位でしょうか。高齢者の夫婦と思われる二人組。行商人だろうと思われる大きな荷物を壁にして囲いを作り、中で喋っているおばさん3人。最初は酔っ払いと酒盛りをしていたけど、爆睡してしまったおじさん1人。
寝ようとしても、花札で盛り上がってる輩が煩くて、とても寝られません。
ただ、慣れているのか、高齢者夫婦と、行商人のおばさん達は、もうイビキをかいています。
これは堪らんなあ。と思い、一人でデッキに出てみました。
真っ暗な夜。前を見ると、暗い海の向こうに、色々な光が見えます。夏の潮風が、ベタベタと身体にまとわりつくようです。船首は風が強いので、船尾の方に行って見ました。
真っ暗な海に、光の限り続く航跡が遥か彼方まで続いております。船の経験がほぼ無かった私には、航跡が永久に消えないのではないかと思う程、見えなくなるまで続くのが面白く、しばらくずっと見ておりました。
すると、航跡の先に、白っぽい何かが浮き上がってきた様に見えました。なんだろう。海に浮かぶブイとかいう奴かな?などと思いながら、ずっと見ておりますと、その何かは、航跡の上に立った人間の様に見えました。
まさかねぇ。と思いつつ、まだ見ておりますと、どんどん船との距離を縮めてきます。船の光で見えるというより、自らぼんやりと発光している様です。
どうやら女性のようでした。服というか着物というのか、はっきりとは分からない白い物を纏い、やはり白い肩より長い髪で、顔ははっきりしません。ただ何故か無表情のように思えました。
両手をだらりと下げたまま、水上に飛び出した茶柱の様に、ただ航跡の上に立ち上がり、足を動かすでもないのに、滑る様に船の後をついてきます。船迄20メートル位まで近づいて、それ以上は接近するでも離れるでもなく、ずっと付いて来ます。
「ああ、これって水木しげるさんの妖怪の本に出ていた海座頭って奴かな。座頭ではなさそうだけど。」と、思いつつ、全く怖がってない自分が不思議でした。怖いという感情はなく、むしろ普段見慣れない海の光景の一部として、ただ珍しい物をみているんだ。という感情だけでした。
ボーっとして、どのくらいその光景を見ていたのでしょうか。やがて真っ暗だった空が、群青色に変わり、だんだんと東の空から群青色から紫色に変わってきて、
「ああ、夜が開けたなあ。」と、ぼんやり思っていたら、航跡を追って来ていた女が、いきなり大きなあくびをしたのです。急に生々しいと感じた途端に、その女は、航跡の中に消えてしまいました。
はっと我に返った私は、潮風でベトベトになって、身体は冷え切っている事に、やっと気づきました。
船は高松港に入り、下船して、早朝の友人宅に電話して驚かれ、迎えに来た友人の車で朝の友人宅にいきなり押しかけました。若気の至りとは言えない程、図々しい奴だったと今でも思い出す度に赤面致します。
でも、友人のご両親は、大変歓迎してくださいました。
夜、友人と私は、友人の父上に地元の飲み屋さんでご馳走になりました。
その席で、船で見た事を話しておりますと、居酒屋にいた別の高齢者の客が、父上の知り合いらしく話に入ってきました。
「あんた、見たのか。それはな。今朝上がった土左衛門だ。」
「え?何ですか。」すると、友人の父上も、「あ、今朝、水死体が上がったとか言ってたな。番の州の方だろ。」
「あっちに上がったか。日の出が早いからな。」などと、意味不明な会話をしています。「どういう事なんですか?」と、二人に聞いたところ、友人の父上が私を、その知人客に紹介してくれました。
「あ、この人は、倅の友達で、今朝東京から来たんだよ。」
「ほう。東京から。東京でも海あるだろう。」と言われ、
「今住んでいるのは東京ですが、生まれ育ちは栃木県なので、海がないのです。」
「栃木県ってのは場所はよく分からないが、海がないのか。じゃあ聞いた事はないかな。 この辺の伝説なのか何処でもそうなのかは知らんけど、海で亡くなって、ご遺体が行方不明の中にはな。故郷に帰ろうとして、時々、夜の航跡を目印に付いて来てしまう者がいるんだよ。ただ朝になると付いて来られなくなるらしくて、途中で離れてしまうらしい。俺はずっと船に乗っていたが、見かけたのは、5、6回かな。あんた、帰る前にお祓いしていきな。」と、友人の父上とそのご友人らしき高齢者の方から勧められ、翌日金刀比羅神社にお詣りをして帰京したのでした。了
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