第2話 阿佐ヶ谷の思い出

 次の転居先は杉並区でした。大学の友人知人が、中野辺りから三鷹方面や西武新宿線等に多かった事と、バイトが新宿になる事が多かったので、転居したのです。

 前のアパートは暗くて、和式の共同のトイレがかなり汚く、私達が掃除をしても、水洗なのに臭いがきついし、チョウバエは大量に湧いてきて、仮に彼女等というものが出来たとしても、とても部屋に連れ込もうなんてあり得ない環境でした。

 今度は、せめてトイレ付きにしよう。出来ればシャワーとか。等と思っても、当時の私の収入と仕送りでは、不可能な物件ばかりでした。昭和50年代は風呂付の物件は、かなりの高額で、大学が多摩地区とかならあり得ましたが、23区内だと余程の金持ちの子供か、特別なバイトを継続している連中しか、住むことは出来ませんでした。 


 先に杉並区に住んでいた友人2人に相談して、阿佐ヶ谷と高円寺の間ぐらい。阿佐ヶ谷駅からはかなり歩くのですが、五日市街道を渡った所の二間あってトイレ付き。家賃2万円。という格安物件を見つけました。

 その一画は、そんなアパートが何棟も建っていて、大通りから入って、100メートル足らずで行き止まりの路地となります。ただ、正確には行き止まりではなく、歩行者が通れるだけの丁字路に突き当たるのですが、それも地元民じゃないと、まず気づかない様な路地で、一見個人住宅の敷地内を通ってしまうのではないか。小学生なら、実は遠回りなのに、近道と称して通りたがるだろうと思われる程細くて曲がりくねった路地でした。

 私のアパートは、その路地からは四棟目。駅から入ると二棟目の一階の3号室でした。


 入居して直ぐに、近くに住む友人と、ほぼ毎日連んでおりました。その友人のアパートは、私が住むアパートとは別で、普通の民家の2階に住んでおりました。私のアパートに遊びに来る時に彼は駅の方から来ます。でも、それは何件もの住宅を大回りに迂回しなければならず、無駄に距離が長くなります。狭い路地を使えば、文字通りの近道となるので、私は何時も路地を知ってからはそちらを通って彼のアパートに行ったのですが、彼が来る時は、遠回りして来ている事をしばらくは知りませんでした。

 それを知ったのは、大学3年の6月も終わりの蒸暑い夜でした。私がアパートに帰ったのが22時位でしょうか。帰ったら直ぐにノックがあり、彼が来ました。何時もは賑やかに来る奴なのですが、その時は、顔面蒼白で、「早くドアを開けてくれ!」と言ってノックも強く叩くのです。「はいはい。お?どうした?」と聞きましたら、

「俺、今、凄いヤバい物を見ちゃったかも。ダメだ。身体の震えがとまらねぇ。」と、ブルブルと震えているのです。

「ま、とりあえず入れや。酒とコロッケ買ってきたから、呑みながら話聞くべ。」と、彼を部屋に入れ、とっ散らかった服や本をどかし、コタツ兼用のテーブルに皿を並べて、買ってきたコロッケや乾き物を出して、彼に焼酎をついでやりました。彼は一口飲むと、深く溜め息をつき、ボソボソと話はじめました。

「そろそろ帰って来るなと思ってさ。実家から冷凍の肉団子送ってきたから、お裾分けだと思って来たんだけど、今、このアパートの敷地に入る手間でさ。古くて、結構庭がある家があるだろ。」

「どの家だよ。一々覚えてないぞ。」

「まあいいや。その家の前を通ったらさ。人魂っていうのかね?何だか分からない光の球がさ。5個位、家の周りをグルグル飛んでたんだよ。それが物凄い感情が出ていてさ。凄まじい怒りとか哀しみとか、何か大人も子供も混じった様な断末魔の叫びが聞こえて来る様に感じるんだよ。見ただけでゾッとして慌てて逃げてきた。部屋に居てくれてよかった。俺、怖くて帰れねぇ。」と言って、全然酒に酔う感じではありません。

「よし。じゃ見に行こうぜ。」と言ったら、「絶対ダメだ。あれは見ちゃダメな物だ!」と、強く止めます。

「じゃさ。酒足りないから、コンビニ迄行って買ってくるから。」と、言っても、

「一人にしないでくれ。一緒にここを出るのも嫌だ。」と、物凄く怯えています。当時は部屋にテレビもない部屋でしたし、まだ携帯やインターネットもない時代でしたので、ラジカセをかけておりましたが、深夜でもあるので、音を下げて、二人でボソボソ話ておりました。

 いつの間にか寝て、朝になっておりました。ラジオでは、有名な俳優が飛び降り自殺をした。というニュースを繰り返しやっておりました。昨夜の話を思い出し、二人でその家の前に行きましたが、特段変わった事もなく、ただ「表札がフルネームで書いてあるな。」位しか思いませんでした。

 彼は怖くて、

「そっちの道は通れない。」というので、「狭い裏通りから帰ればいいだろ。」と言うと、それまで、彼はその道すら知らなかったと言って、そちら側から帰っていきました。昼近くなり、大学に行きますと、やはり俳優が自殺した話で持ちきりです。

 テレビがない私は、あまり芸能人の事は知らず、ただ皆んなの話を聞いておりました。

 その日の夜、また阿佐ヶ谷駅からアパートに帰ってきますと、例の人魂が5つ飛んでいた。という家の周りに警察車両や、多分テレビ局の中継車というのか、大きなパラボラアンテナを付けた車等が道を塞いでいます。何があったんだ?と思いつつも、以前のアパートの様に、話を聴ける大家さんが居る訳でもなく、しばらく見ておりましたが、結局分からず、自宅に帰って銭湯に行きました。すると、銭湯の客達が、

「いやーびっくりした。あの〇〇さんがねぇ。」

「そんな人には見えなかったけどなあ。」等と話ています。〇〇さんとは、朝確認した表札の苗字です。どうしても知りたくなり、

「何があったんですか?」と、脱衣所でコーヒー牛乳を飲みながら話をしていたお爺さん達に聞いてみました。

「あんた、知らないのか。この風呂屋の直ぐ近くに〇〇さんちがあるだろ。あそこの旦那がさ。練馬区の一家5人殺した犯人なんだとさ。ニュースで大騒ぎしてんだろ。練馬の一軒家で、両親と子供3人バラバラにして、泊まりに行っていた子供が一人だけ助かった。とか。ニュース見てないの?」と言われました。風呂屋の帰りにコンビニで新聞を買うと、有名な俳優が自殺した続報と共に、その残虐な事件が報じられておりました。それを読んで、え?と思ったのは、5人が殺害された日は同じ。時間は最初の犯行から最後の犯行までにかなりの時間差がある様でしたが、犯行があった日は友人が人魂を見た日。時間は最後に殺害された父親が亡くなった後。そして五つ。

 人魂は、既に逮捕されている犯人の所だけじゃなく、犯人の家にも来るのだろうか。と、誰に聞く事も出来ず、とても怖がっている友人には、その話はせずに今日に至っております。   了

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