栃木怪談 スピンオフ
栃木妖怪研究所
第1話 隣室の同級生
栃木県から進学で、東京都内に転居したのは18歳の春でした。
入学手続き等を済ませたあと、下宿なりアパートを探さないと。と、学生科の事務所に行って聞いて見ると、直ぐに学生アパートを紹介してくれました。
事務の方々が電話で連絡してくれて、「今直ぐ地下鉄〇〇線に乗って、✖️✖️駅でおりて、A5の出口から外に出てください。大家さんが待っていてくれるそうです。」と、いわれ、早速向かいました。
目的地に着くと、まるで、青春ドラマやコメディドラマに出て来るような、典型的な大家の婆さん。って感じの方が、待っていてくれました。「貴方ですね。大学から連絡うけましたよ。じゃ、部屋を見てもらいましょう。」と、言って、住宅地の路地裏の、また路地に入りますと、結構綺麗で立派な家がありました。
「あれ、新しいじゃん。」と思っていますと、心を読まれたかの様に、
「ここは、私の家ね。学生さんはこの隣の奥。」「え?隣?」隣奥の行き止まりに真っ暗な倉庫の様な建物がありました。
二階建ての倉庫のようで、真ん中に廊下があり、北側に二部屋と共同トイレ。南側に三部屋。廊下も真っ暗。私は南側の二番目の部屋になりました。
引戸を開けると、靴が二、三足しか置けない土間。その突き当たりが、水道と一口のコンロしか置けない調理場。入ると全部丸見えの4.5畳一間。家賃1万5千円。
「この部屋は、南向きだからいいのよ。」と、大家さんは言います。よく分からないまま、契約書を預かって自宅に戻り、親に保証人等の書類を書いて貰って、後は入学式に行くだけでした。
数日後、入学式も終わり、オリエンテーションも終わって、初めて、借りたアパートに戻って見ますと、アパートの入口に私と同じ大学の紙袋を持ったスーツ姿の痩せて背の高い男がいました。
あれ?と声をかけますと、やはり同じ大学の同級生で、入口側の隣に住む事になったという、大学で最初に友人となったT君でした。
出身も同じ北関東のお隣。海がある方との事で、直ぐに打ち解けました。
その日のうちに、二人で生活必需品を買いに行ったり、夕飯を一緒に食べに行ったりしました。私は18歳でしたがT君は二浪したとかで20歳を過ぎておりました。
大変大人しい人でしたが、凄いチェーンスモーカーで、話している間は、常に煙草を吸っておりました。
私達の部屋は、大家さんのいう通り、確かに南向きではありましたが、昼間になって気づきました。窓の直ぐ前に3階建ての家があり、日中、日光が入るのは、正午前後しかない事。のちに分かったのですが、冬場は朝日が東側の隙間から、夕日が西側の隙間から、僅かな時間入るだけで、ほぼ一日中真っ暗な部屋だったのです。
入居した時に、大家の婆さんが、「ここは近くに銭湯が二箇所あって、どっちにもコインランドリーが付いているから、便利だよー。」と言っていた意味が分かりました。
便利とかじゃなくて、それが無ければ、風呂にも入れないし、洗濯も出来ない。って事だったのです。
それから、日々の学生生活が始まりましたが、隣のT君とは学部が違う為、学校に行く時間が違うので、ほぼ通学は一人で行っていました。でも、4月も終わる頃になって、おかしな事に気づいたのです。朝、私が、隣のT君に、「おはよう!学校行くか!」と言うと、「俺はまだ早いから、後から行くよ。」と、こたつに寝たままいつもいうのです。
で、私は学校では、部活も見つけ、バイトも見つけ、夜に帰ってくると、T君はこたつで煙草を吸っている毎日なんです。「今日、学校行ったか?」と聞くと、最初のうちは、「履修科目どうする?」なんて話もして、大学に行っていた様ですが、それも落ち着いて来た頃から、いつ彼の部屋に行っても、いつでも居るのです。
真っ暗な部屋に電気もつけず、煙草の煙が充満した部屋に、煙草の先端の赤い光だけが、着いたり消えたりして、こたつに座っているか、寝煙草をしているか。で、最初に会った頃より、みるみる痩せていくのです。
だんだん心配になって、「あのさ、Tさんよ。飯食ってる?」と聞いてみました。すると、「飯、あー3日ぐらい食べてないや。」え!「どうした?どこか悪いのか?」「いや、この部屋に居ると、腹減らないんだよ。」「それはおかしい。隣の俺の部屋に来なよ。ラーメンでも作ってやるから。」すると、とても嬉しそうに、「ありがとう。助かった。」と言って、私の部屋でラーメンや炊いた飯を食べに来る様になったのです。食べる時は、色々饒舌で話をします。私も、飯一人で食うより面白いからいいか。と、しばらくは食べさせていたのですが、やがて他の友達もだんだんと増えて来ると、中には、
「あのさ、T、たまには自分でラーメンぐらい作るとか、飯作ってお返ししようとか、思わないのか?」と、いう連中が出てきました。
「うん。それは思うんだけど、自分の部屋に行くと、やる気が無くなっちゃうんだよね。」と言うので、言い出した連中が、 「よし。Tの部屋でパーティーやろうぜ。皆でTの部屋で料理してさ。」と、半ば強引にそう言う話が勧められました。
当人のTは、私の部屋で、勝手に周りに決められているのに、ニコニコして、「あ、それ、いいねー。楽しみだねー。」と、乗り気になっていました。
さて、パーティー当日。料理が得意だという友人の一人が、米や味噌を持ってきて、Tの部屋で、美味い飯を炊いてやると張り切ってきました。そこで驚いたのが、入学して直ぐに私と一緒に買った炊飯器が、箱からも出されていなかったのです。もう6月です。
「何だ?全然使ってないのか?」
「うん。何だかやる気がなくてさ。だからいつも飯食わせてくれる、お隣に実家から送ってくる米とか味噌とか、全部持って行ってもらおうと思ってたんだ。」
すると、料理の得意な友人が、
「 いや、そういう問題じゃないだろ。何でやらないんだ?俺が今から飯の炊き方教えてやるからやってみなよ。」
と言われると、
「うん。ありがとう。じゃやってみるか。」
と、初炊飯器稼働となる始末。皆で、昼間から飲んで騒いで、多分食器も片付けないだろうと、皆で後始末まで綺麗に片付けると、終始ニコニコと見守っていたT君でした。
お開きになって、家が遠い友達が二人残り、一人は私の部屋で、もう一人、料理が得意な友人はTの部屋に泊まりました。
次の日、私と私の部屋に泊まった友人は、9時頃迄寝ていましたが、流石に腹がへり、隣のT君の所の引戸を叩いて、「おーい。飯食いに行こうぜー」とやったのですが、返事がありません。引戸は鍵があってない様な物でした。私の部屋と隣の部屋の鍵が同じだったからです。でも鍵等かかっておりませんでしたので、ガラッと引戸を開けますと、T君と昨日泊まった友人が、こたつで爆睡しています。
「おーい!起きろ!」
「寝るな!寝たら死ぬぞ!」等と騒ぎながら、二人をお越しますと、え?と思う位、二人が、やつれているのです。
「おい?どうした?飯食いに行くぞ!」というと、二人とも、
「飯はいいや。もう少し寝てるわ。」等と言って、うつらうつらとしているので、仕方がないから、二人をおいて、飯を食いながら、私の部屋に泊まった友人と話をしました。
「なんか変じゃね?あの部屋。」と友人が言うので、
「部屋が変なのか?Tから何か感染るんじゃないのか?」等と冗談を言っておりました。飯が終わって、今日も休み。皆で、街に遊びに行く事になっておりましたので、またTの部屋に寄りましたら、料理好きな友人が、狭い台所で顔を洗っておりました。
「おう。起きたか?」と、私が声をかけますと、物凄く疲れた顔をして、
「俺、帰るわ。ここで一晩寝たらさ。どんどんパワーが消えていく感じなんだよ。居るだけで疲れてさ。このままじゃ、やばいって思って、無理矢理起きたんだけど、ふらふらだ。今日はうちに帰るわ。」と言って出て行きました。Tも起きていましたが、相変わらずこたつに入って、ただ煙草を吸っているだけでした。
「昨日はおつかれ!」と私が言いますと
Tは、ニコニコして、
「お疲れ様。楽しかったねぇ。」と言います。
「昨日やったからさ。もう飯、炊けるよな。」と言うと、
「うん。大丈夫。」と言っておりました。
その後、私も部活や授業やバイトなどで、アパートに帰ってくるのが深夜になる事が多く、帰ってきても、Tの部屋は電気がいつも消えていたので、声をかける事も少なくなり、夏休みとなりました。
しばらくぶりに何もなかったので、Tどうしているかな?と、引戸を叩いてみると、中から、
「空いてるよ。」と声がします。入ってみたら、また、日が当たらない薄暗い部屋の中で、煙草の煙が充満している中に、煙草の赤い点滅だけをさせて、Tがこたつに入っていました。
「久しぶり。てか、もう夏なんだけど、何でこたつの布団とって、テーブルにでもしないんだ?暑いだろ。」と言って、気づきました。部屋が物凄くヤニ臭いのは以前からでしたが、そこに汗の匂いと何か腐敗したような匂いが混じり、耐えがたい悪臭になっています。
「おい、クセーよ。窓開けるぞ。」と言うと、
「え、あーもう夏か。最近出かけてないから分からなかった。」等と言うのです。
「あのなあ。出かけてないって、大学は?」
「しばらく行ってない。」
「飯は?」
「実家から色々送ってきたから、それ食べてた。」「それ食べてた。って、この悪臭はなんだ?」
「多分、これ。」と押入れを顎でさします。私が押入れを開けたら、缶詰やらレトルトの塵やらが山積みになって、黴が生え、物凄い事になっております。
「これがあるから、布団が仕舞えないんでこたつ出してんだ。」流石に私も、プチッと来ました。
「いい大人なんだから、塵位分別して出せよ。飯ぐらい作るか、きちんと食えよ。くせーけど、風呂は?」と、ちょっと強めに言いますと、
「風呂屋行くの面倒だし。別に臭くないよ。」等と飄々としております。私も、ここまでやってやる事はないかとも思ったのですが、私の部屋が最近臭い原因はこれか!と思い、自分の部屋から塵袋を持ってきて、徹底的に塵を整理しました。その時に、Tは、
「ありがとう。助かるよ。」等とはいうのですが、分別が分からないと、ただ見ているだけなのです。私は、頭に来る。というよりTが怖くなって来ました。塵を出していた時です。押入れの天井に落書きを発見しました。かなり古い物で、太いマジックペンで書いた物で、「闘争勝利。我々は例え一人となろうと、反動勢力から一歩も引いてはならない。最後迄この部屋を死守するべし!」と、書いてありました。
多分、随分前の先輩達が、学生運動華やかし頃に、ここに住んでいたんだろうなあ。と思いつつ、片付けを終わって、Tを銭湯に誘いましたが、やはり部屋から出るのは億劫だ。と言って出て来ませんでした。その夜です。銭湯からの帰り道。酒臭い、血生臭い匂いが、街に立ち込めていました。あ、この匂いは!と、思いつつ、アパートに帰ると、Tの部屋は真っ暗になっておりましたが、中から、ズズッ、ズズッという音が聞こえてきて、急に私の体調が不良になって来ました。
翌日は、夏休みで、私はその後実家に帰るので、Tに引戸の外から声をかけましたが返事がなく、大家さんに、実家に帰ってます。をつたえ、帰省しました。部活の大会や自動車免許を取りに行ったりと忙しい夏休みがおわり、またアパートに戻って来たのは9月の終わり頃でした。
大家さんに、栃木のお土産を渡しに行くと、「隣のT君、アパート引き払って実家に帰ったのよ。」と、言います。
「何かあったんですか?」と聞きましたら、「夏休みにも息子が帰って来ないから。連絡もつかないから。とご両親が来たのね。そうしたら、部屋で物凄くやつれ果てていて、びっくりした両親が救急車呼んだの。そのまま入院して、大学も辞めて帰ったのね。栄養失調だって。何か知ってた?仲良しだったでしょ。」と言われましたが、
「いえ、特には何も。」としか答え様がありませんでした。すると、大家さんが、
「こういう噂は、うちの商売に影響するから、あまり言わないで欲しいんだけど、あの部屋は、皆数ヶ月で出ていっちゃうのよ。あ、誰かが亡くなったとか、そう言うのは、もう十数年ないんだけどね。あ、言っちゃた。亡くなった学生は居たのね。でも20年近く前。学生運動にハマった子が、引きこもりみたくなって、病気で亡くなったのね。でも、見つかった時は生きていたから、部屋に幽霊なんていないからね。でもあまりに出ていく事が続くから、もうあの部屋は物置にして、誰にも貸さない事にしたから。」と、アッケラカンと話すのです。
「で、T君のご両親から、お世話になりました。と、これ預かっていたから。」と、冷蔵庫から干し芋と、お世話になりました。とだけ書いてある手紙を受け取りました。その後私は、物置となった隣の部屋のまま、一年住み続け、次に部活の友人達が多く住む別の区に転居したのでした。 了
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