第十五話 Over easy/とても簡単な⑧

 言い終わるのと同時に、蜜蜂の背後に幽鬼のように佇んでいた蠍が一切の迷いのない速度で駆け出した。

 真っ直ぐに突き出されたその拳を、俺は正面から受け止めた。


「おっ、おおっ、おおおおおっ」


 蠍は咆哮を上げながら、蜜蜂の発した殺意に即応した。

 何者よりも濃い絆で繋がれた、毒を持つ生き物のならわし──血走った狂気の目が俺を見た。

 蠍の上背は、俺よりも頭ひとつほど高い。その拳を両手で受け止めると、蠍が上から俺を押さえつけるような形になる。


「リターンマッチだな」


 再現される異常事態──蠍の膂力は、明らかに人間のそれではない。

 上から力を加える蠍の拳を押し返す。フルスロットルで起動する『ベイオウルフ』が悲鳴を上げる。


「まずいな」


 改めて対峙すると笑ってしまう。彼女の抱えた異常性にだ。

 恐らくはオークやオーガが使うような人工筋肉がそのまま生身に移植されている。

 通常ああした大規模な生体移植は人体に大きな負担を強いる。普通の人間はそもそも生体移植で異形化した身体を上手く扱えないし、拒絶反応でまともでいられなくなるか、悪くすれば死ぬ。そのはずだ。だからエデンでさえも転生者用の拡張生体義肢を『人間』に移植したりはしない。


「妹っ、を……いじめるなっ!」


 ──だから、この女はまともではないのか。

 不意に訪れる納得──既にどうしようもなく、彼女は人間ではなかった。自ら人間であることを捨てて、異形となることを選んだ者。不可抗力の結果としてそうなったものではなく、自らの意志によってそう成り果てた人造の……或いは、真の意味での……怪物フリークスと呼ぶべき存在。

 中毒症状は、拒絶反応を抑えるための薬物を常用しているからか。

 転生による人間の異形化を排斥する組織にあって、自ら人間ではなくなることを選択した者。

 毒をもって毒を制す──まさに、彼女たち姉妹の、その名の通りに。

 だが、俺もここで大人しくやられるわけにはいかない。

 そうできたならどんなに楽だろうと思うこともあるが──それ以上に、こんな奴らにナメられたまま死ぬのはごめんだ。


「────ふっ」


 俺は組み合った蠍の左腕を抱えるように取って、小手投げの要領で投げを打つ。

 倒せればそのまま寝技で制圧する。踏ん張るなら、そのまま肩を極める。

 彼女達を生かしたまま捕える事が、今回の事件の解決方法だ。致命的な外傷を与えず、無力化する必要がある。


「ぐっ、うう」


 投げを打つ腕から伝わる抵抗──まるで深く根を張った大木を引っこ抜こうとしているような錯覚。

 俺の投げを、蠍は踏ん張って堪えた。冗談みたいな膂力がそれを可能にしていた。関節も極まりきっていない。それどころか、俺は自分の足がゆっくりと地面から離れるのを感じた。

 冗談だろう、と思った。


「う、ああっ!」


 獣じみた吠え声を上げて、投げを打った俺を逆に腕一本で投げ飛ばす。

 そこらのオーク程度の人工筋肉では無理な話だ。相当異常な改造が施されている。

 そしてそれはそのまま、蠍の正気が危険なレベルで失われかけていることをも意味している。

 自動的な殺意に血走った目が、俺を見た。

 その目は、狼男に成り果てて母親を殺し、息子まで手にかけようとした俺の父親と、どこか似ていた。


「ううあっ!」


 錆釘を握り込んだ拳を、まるで投擲のようなフォームで全身を使って叩き込む。

 格闘技の技術では説明のつかない一撃──分類不能の拳。『横から殴る』という、ただそれだけの攻撃。

 顔面を狙うそれを、俺はスウェーバックで回避する。爆風じみた拳の風圧が顔を打つ。


「おおあっ」


 連撃──体ごと振り抜いた先で、既に体幹の捩れを利用して次の攻撃の予備動作が完了している。

 カウンターなどというものは、ハナから意識の端にも無い。一撃必殺を放ち続ける間断なき連撃。攻撃自体が次の攻撃の予備動作に組み込まれた、異形の体術で踊る──怪物のリズム。

 人間を相手にしたそれではなく、もっと巨きな何かと戦う為に形作られたかのような動作。

 なんの飾りもない、ただの暴力。

 だが、どこまでも実戦の中で磨かれた、黒光りするような純粋な暴力だ。

 

「ちっ──」


 幾ら馬鹿げた大振りの一撃でも、これにカウンターを合わせようとするのは回転する殺人ミキサーに手を突っ込むようなものだ。

 たまらず距離を取ろうとした俺の耳元を、何かが鋭いものが高速で通過した。


「アンタの相手はお姉ちゃんでしょ。逃げんなよ」


 射出された物体の出所は、蜜蜂の手にした銃……否、工具めいた機械。ネイルガンか。

 ならば、弾丸以上の速度で放たれたそれもまた、弾丸ではなく釘なのだろう。

 後退する足が止まる。

 蠍の凶拳が風を巻いて迫る。


「おおああああっ!」


 俺は振り抜かれる拳を掻い潜って、すれ違うように蠍の後方へと逃れる。

 蠍が振り返る。

 狂気の目──瞬間、皮膚が粟立つような戦慄。


「やっちゃえ、お姉ちゃん」


 蜜蜂が呟く。その顔には、獰悪な獣の笑みが張り付いている。

 ぶるり、と雨合羽の下の蠍の体躯が震えた。

 青白い燐光がその下から透ける。

 その目が狂気に見開かれる。


「あ、ああ、あ」


 苦痛と恍惚の狭間にあるような蠍の声。

 ある種の鬼は、自らが神にも等しい権能によって天候を操るという自己認識を発現する。

 『エデン』はそんな彼らの為に忠実にその権能を授けた。

 青白い燐光──体内で蓄えられた雷が、肉眼で視認できるほどに輝く。

 腕を突き出す。

 その先にあるのは俺と──その背後にある、蜜蜂の放った釘。

 俺は回避しようとした。そうしようと考えた。 だが、全てが遅かった。

 ──雷鳴。


「──────ッ!」

 

 全身を突き刺すような激痛。

 すぐに爪先まで身体が痺れて、視界は真っ白に塗り潰された。

 『ベイオウルフ』を着ていなければ即死だっただろう。

 やってられるか、と思った。


「なんだ、思ったよりもあっけないじゃん、"絶滅者スローター"。もっと踊ってくれるかと思ったのに」


 蜜蜂の挑発を受けても、俺はとても起き上がる気にはなれなかった。

 海馬が痒い。俺の脳に埋め込まれた|拡張<サイバネ>は収まりが悪くてひどく疼く。施術した闇医者がヤブだったせいだ。

 薄れゆく意識の中で、ただ頭蓋の内で疼く異物感だけが不快だった。


「面倒なことになった……」


 全身痺れてちっとも動かなかったし、電撃で幾らかの機能がやられたせいで『ベイオウルフ』の反応も悪くて身体がひどく重い。

 正直このままずっと眠っていたかったが、そうもいかない。

 ギギがまだ戦っているからだ。

 ギギが仕事をしているのに俺が眠っていたら、どんな腹立たしい罵倒を受けるかわかったものじゃない。


「おっ、立つんだ。おとなしく寝てればこのまま楽にしてあげたのに」

「うるせぇぞ、バカが」


 何か気の利いた文句をつけてやる気にもなれないほど俺は疲れていたし、苛立っていた。

 足元には自分の血で出来た血溜まりがあったが、全身くまなく痛むせいでどこから出血しているのか考えるのも面倒だった。


「ぶっ殺してやる」


 自分でも馬鹿馬鹿しくなるほど陳腐な言葉が出た。こういう直接的な暴力性は、今の仕事をしている限りには抑えなくてはならないし、事実これまではそこそこ上手く行っていた。

 だが、こういう極限の状況で顔を出すのは、どうしようもなく俺の本質の部分だった。

 最悪な気分になる。俺の本質は、暴力を生業にする以外に生きる術を知らなかった無知と、短絡的な暴力衝動だった。

 だが、だからこそ出来ることもある。しなくてはならない事も。


「やってみろよ、犬っころォ!」


 再び、蜜蜂がネイルガンの引き金をひいた。

 射出される釘は、弾丸以上の速度と貫通力を持った凶器であり、同時に蠍の放電に指向性を与えるための誘雷針でもある。

 俺は釘を回避し、更に着弾地点と蠍の間に立たないように足を使うことを強制される。

 釘の射線と蠍の立ち位置は合図の一つもないのに計算し尽くされていて、獲物を想定された袋小路に追い詰めていく。

 獲物を水面にまで追い詰めて捕食する、シャチの狩りにも似た連携。

 彼女達がいかにして変性した人間を狩り立ててきたのかを雄弁に物語る、ある種の機能美を備えた暴力の形。

 

「くそ面倒くせえ」


 『エデン』はこの件の実行犯を可能な限り無傷で捕らえることを期待している。腹立たしい事に、奴らはこの件の大元の存在にあらかじめ当たりがついていたのだろう。

 彼女達の母体となる組織との交渉で優位に立つ為には、実行犯は無傷の方が都合が良い。奴らがそうしろと言うならその通りにするのが、俺の仕事だ。

 だが、本当のことは、その瞬間が訪れるまでは誰にもわからない。それが可能な事なのかどうかは、最後の瞬間まで誰にもわからないのだ。

 俺は俺に課せられた勝利条件を変更した。

 無傷での確保は断念し……動けなくしてから身柄を拘束する。


「こいつッ!?」


 俺は『ベイオウルフ』の両腕で顔面を庇いながら、蜜蜂の方に向かって突っ込んだ。

 腕に釘が刺さるが、無視だ。蜜蜂の釘はどうやら俺のスーツと同じ特別製だ。『ベイオウルフ』の誇る防御性能はその絶対性を失う。だが、俺は腕に釘を刺されながらも、走る速度を緩めなかった。クソ、めちゃくちゃ痛い!


「お姉ちゃん!」

「があっ」


 距離を詰める俺と蜜蜂の間に、蠍が割り込んだ。

 庇うように妹を背にした蠍自身の背中で、蜜蜂の釘の射線が切れる。

 俺は腕に刺さった釘を抜いて蠍と対峙する。背後には蜜蜂の釘は刺さっていない。厄介な電撃は封じた。


「あああっ!」


 蠍が立ちはだかる。

 全身を擲つような蠍の一撃。

 あれを素面で対処するのは骨が折れる。

 勝利条件の変更──俺自身への負担の許容。

 もの凄く疲れるから使いたくなかったが、仕方がない。死ぬよりはマシだ。

 海馬が痒い。俺の脳内に埋め込まれた、拡張器官サイバネティクスが。


「焦んなよ」


 俺は口内に仕込んでおいた薬を──真っ赤な錠剤を奥歯で噛みしだいた。

 それ自体は、アカシアが転生者の治療用に開発した合法的な薬品でしかない。

 自分が人間ではなくなってしまうことに、そうなってしまったからには、もはや人間としてかつて自分がいた共同体には所属できないという事実──自我を変質させてしまった人々の心を蝕む、生きる限りには消えることなく、カビのように旺盛に繁殖する不安や悲しみといった、抑鬱的な感情。

 俺が飲んだのは、服用することによって脳内物質の分泌を促すための薬だ。

 一定量のアドレナリンの分泌が、トリガーになる。

 俺の脳に埋め込まれた拡張が──人ならざる者になる事を自ら選んだ俺の怪物フリークスとしての本性が顕になる。


「今相手してやるよ、お姉ちゃん」


 それは、『月覚器ルナ・オーガン』と呼ばれる拡張器官である。

 狼男は、月を見て自らの本来の姿に回帰する。

 月を見て分泌されたアドレナリンに反応して、まさに野を駆ける獣のようにハイになるための拡張器官サイバネティクス

 外見や人体の機能には変化を齎すものではないその感覚器官の増設は、ある種の人狼達の氏族にとっては同胞の証だった。

 この街で寄る辺など一つもない、ただの人間でしかない俺は、生きるために結局そういうヤクザな連中に頼る他になかった。俺がそうすると決めた時、仙舟にはひどく怒られたものだ。

 俺は彼らの仲間になる為に自分自身を怪物に近づけることを選んだ。

 人狼殺し──俺の最初の経歴。

 人狼達の氏族は、俺に裏切り者の粛清を押し付けた。俺の罪の経歴が俺の生き方を決定した。

 俺は氏族を裏切った人狼を殺し、氏族の掲げる種族主義的価値観に従わない人狼の罹患者を殺した。そして最終的に、自分の所属した人狼の氏族を丸ごと殺して無かったことにした。

 『エデン』の厄介になったのはその後だ。俺の仕事は同胞殺しから転生者殺しに変わり……遂には一つの転生者の種族そのものをこの世から消し去った。

 人狼殺しから絶滅者スローターへ。

 流された血が罪深い経歴を洗い流し、俺をどんどん救い難いものに変えていった。


「ああああっ!」


 全身を擲つような蠍の一撃。

 恐怖も怒りも忘れ去ってしまったかのような、怪物の暴力。

 不意の共感──割れた鏡を覗き見るような錯覚。

 俺と彼女の何が違う?

 自分の身体を自ら異形に近づけてまで、暴力を生業にすることを選んだ者。俺も彼女も、人間の社会にも、人間ではなくなってしまった者達の社会にも暴力と死を介してしか接続することのできない怪物だった。

 彼女がそうであるように、本来人間が用いるべきではない人体の拡張を施した俺自身の末路もまた、彼女と同じく正気を失っての狂死でしかないのだろう。

それが早いか、遅いか。今なのか、そうではないのか。それだけのことだ。彼女と俺はまさにこの世界に歓迎されざる黒い兄弟だった。

 うんざりするような自己嫌悪と自己憐憫。励起された『月覚器』の動作で過剰に分泌した脳内物質が、その一瞬を何万倍にも引き延ばした。

 今の俺には、蠍の拳もまるでスローモーションに見える。

 最低限の動作で回避。拳を掠らせた前髪の焦げる臭い。不快感。


「うううっ!」


 竜巻のように繰り出される左右の連撃コンビネーション。今の俺なら、全てを見た上で冷静に対処できる。殺人ミキサーも、刃が止まっていれば凶器の用をなさない。

 右──ダッキングで回避/懐に飛び込む。

 左──無防備な脇腹へ右/カウンター。

 右──体制を崩しながらの一撃に合わせて、再び肝臓レバーを抉るカウンター。


「ぐ、おおあっ!」


 左──打ち下ろし気味の一打に合わせてアッパーカット。ダメ押しのカウンターが顎にヒット。

 糸の切れた人形のように膝から崩れ落ちる蠍。


「お姉ちゃん!」


 高速の攻防の中で立ち位置を変えた蜜蜂が俺に銃口を向ける。

 俺は蠍の襟首を掴んで蠍を盾にするように掲げる。

 瞬間。死に体になっていた蠍が血走った目に明確な怒りを湛えて覚醒。掴みかかる。

 驚異的な強靭タフネス──雨合羽の下で、青白い燐光。


「つか、まえたっ、ぞ……!」


 発電。

 大鬼オーガの肉体に備わるべくして作られた、類稀なる殺戮の機能──蠍の右腕が青白い燐光を帯びる。

 蠍はそれを用いるにあたって、蜜蜂の操る釘の仕掛けを補助にしていた。

 本来の精神の変質を患ったオーガならば、自らの肉体の"機能"を用いるにあたって補助は必要としない。或いは、そういった補助具の扱いすら肉体の延長として操る事ができる。

 だが、蠍は違う。

 彼女の肉体は異形だが、その認識は人間のそれだ。

 だから、付け入る隙がある。

 蠍に掴まれた腕から、電撃が流れ込む。

 激痛。


「くそったれめ」


 目の前が眩んで、身体の内側から細胞の一つ一つが細い針で突き刺されるような痛み。

 1秒ごとにどうしようもなく肉体が破壊されていくのがわかる。

 だが、耐えられる。『月覚器ルナ・オーガン』は一定量の脳内物質の分泌に反応して、さらにそれを促して使用者を狂戦士バーサーカーに変える拡張器官サイバネティクスだ。

 痛みも恐怖も、自分自身から切り離して対象化する事ができる。

 俺は、そうやって人を殺してきたのだ。

 俺は蠍の首に手をかけた。


「お前も食らえ」


 発電する際に発光しているのは、蠍の右腕だけだった。

 大鬼の生体拡張義肢を移植しているのは右腕、或いはその周辺のみだと推測できる。

 ならば、電撃を防ぐ絶縁体も、右腕周辺のみだと考えられる。

 俺の身体を通して、蠍自身に自らの電撃を返す。

 本来のオーガが相手ならば、こんな雑な攻略法は通じない。

 蠍が後天的にその機能を獲得した怪物のような人間に過ぎないからこそ通じる手段。

 転生者や、それに類する機能を肉体に備えた者を殺すというのは、こういうことだ。相手の人間の部分につけ込んで、殺す。


「あがっ、ぐ……っ」

「蠍お姉ちゃん! クソ……っ!」


 密着距離では誤射の危険性を考えて、蜜蜂は引き金を引けない。

 皮肉にも、この苦境が彼女達の姉妹の絆が本物である事を示していた。


「いい妹だな、おい」


 笑う。蠍は答えない。ただ、血走った目が睨み返して、渇いた殺意だけがそこに存在した。

 蠍は放電をやめない。蠍の改造された肉体と、俺の『ベイオウルフ』の耐久力。どちらが強いか。我慢くらべだ。


 最悪な気分だった。

 意識が遠のいて、頭の中をどうだっていいことがぐるぐる回っていた。

 父親を殺した時のことを思い出した。あの時の、母親の血に塗れた父親の顔。母親の顔はもう少しも思い出せないのに、その時の父親の顔だけはいつまでも、どうやっても忘れられなかった。俺が初めて殺した人間の顔。

 それから、何人も、何人も殺した。一人一人の顔を覚えていた。"|絶滅者≪スローター≫"と嘲られるほど人を殺しても、忘れられなかった。今まさにこうして死にかけると、彼らの末期の表情が次々に蘇った。

 いつ終わってもいいと思っていた。いつか報いを受けるのだろうと。

 それが今だったとして、だからどうだって言うんだ?

 意識が遠のく。様々な顔が脳裏を過ぎる。無数にフラッシュバックする死に顔の中に、要が居た。

 どことも知れない虚空を見つめる、まどろむような目。いつか彼女の意識がこの世界に正しく接続される日は来るだろうか。その時が来たら、要はどんな顔で笑うのだろう──泡のように浮かぶ、解けない謎かけ。

 死んでしまう事は怖くなかった。ただ、解けないリドルが残る事だけが。それだけが──


「ぐっ、がっ──」


 不意に、身体が激痛から解放される。

 蠍は俺の足下に倒れていて、俺はまだ立っている。

 それだけのことだ。


「お姉ちゃんはもう動けないってよ。どうするね?」

「"絶滅者スローター"……!」


 蜜蜂は忌まわしげに呻いた。

 そうだ。俺の名前は、そうやって憎悪と軽蔑を込めて呼ばれるべき名前だ。

 くだらない冗談で呼ばれるのは、気に食わない。


「さあ、面倒だが手早く片付けるか」


 出来れば、ギギがカタを付ける前に。

 相棒にでかい顔をするのは、いつだって気分が良い。

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