第17話 承諾

 あの決闘から2か月が過ぎた。

 リリーは未だあの時の戦いを思い出して、ぞくぞくと得も言われぬ快感に身を震わせることが時折あった。

 これまでも幾度となく決闘はしてきたが、リリーの魔弾を受けても、あれほどしぶとく立ち上がり、しかも闘志を絶やさず、むしろ身の毛もよだつような殺気を向けてくる相手など、ディートリヒ以外にはいなかった。


(あの全身の産毛が逆立つような殺気…………良かったなぁ)


 リリーは恍惚こうこつの表情でぽけ〜っと何ともなしに宙を見つめる。手は震えるのに心は高揚している奇妙な感覚だった。


「……ぃ……の」


(特にあの最後の奇襲が良かった。ウチを殺さんばかりの斬撃を躊躇いもせず首に打ち込もうとしてたのがもォ…………堪らん!)


「リ……ぃ……の」


(ウチを一撃で仕留めようとして、でもそれが叶わない、と分かった瞬間のあの目! ヤバイ……思い出しただけで興奮してき——)」


「リリー殿!」


 リリーが、はっと我に返る。目の前には、今まさに妄想していた相手——ディートリヒが立っていた。


「うぉア?!」とリリーがのけぞった。

「何をボケっとしている。何度も呼びかけを無視しやがって」最初の呼び掛けこそ敬称をつけていたが、次の言葉はいつもと変わらぬぞんざいで粗野な口調に戻っていた。

「ディートリヒくん。元気そうだね。良かったよ安心した」リリーはディートリヒの肩をぽんぽん叩いて、笑う。


 リリーと戦闘した者は、戦闘後にはリリーを怖がるようになったり、慇懃いんぎんに畏まった態度を取るようになったり、と関わり方が急変してしまう者が多い中、ディートリヒの相変わらずの失礼な態度に、リリーは少し安堵した。もしかしたらディートリヒに怖がられてしまうかも、と危惧していたのだ。

 だが、そんなリリーの安堵も、ディートリヒの差し出したものを見て、脆くも崩れ去った。


「なにこれ」リリーは念のために訊ねた。

「思いっきり『退部届』と書いてあろうが。字も読めないのか、お前は」負けたクセにディートリヒが偉そうに言う。

「いやいやいや、それは見れば分かるけどさ。え……なんで? 気まずいから? でも、いくらウチと顔合わせるのが気まずいからって何も辞めること——」

「違う」と遮られ、リリーはディートリヒが強がっているのか、と勝手に思い至る。

「ふぅん。まぁでも、別にいいけどね」リリーは退部届を受け取った。口ではそう言いつつも、内心ではがっくりと項垂れていた。同時にディートリヒへの失望もあった。たった一度の敗北で剣を捨ててしまうような男だったのか、と。

「うちは来るもの拒まず、去るもの追わずだから。しっぽを巻いて逃げ出す人も大勢いるし、別に珍しいことではないから。キミもそんなに気にしないでいいよ。ましてやキミはか弱い男子なんだし」リリーが早口にディートリヒに告げた。少し挑発じみているのは、若干の苛立ちを隠せなかったからだ。

 だが、ディートリヒは「受け取ったな」とリリーの挑発を意にも介さず、満足げに頷いた。「ならば、俺は今この時から決闘部の部員ではない。そうだろ?」

 そんなに早急に決闘部から縁を切りたいのか、とリリーがむっとする。「ああ。うん。いいですよ? 受理しますよ。キミの言う通り、今からキミは決闘部とは無関係の人間です。だから、とっととこの決闘部の部室から——」


 

決闘デュエル

 


 リリーの言葉を遮る形でディートリヒがはっきりと宣言した。

 え、とリリーの動揺が口から漏れる。だが、ディートリヒは全く気にも留めず、リリーを置いてけぼりにまた宣言する。


申請ベット。俺の全所持ポイント28万6000ポイント、オールイン」


 リリーはぽりぽり、と頭を掻いてから、特に理由もなく左右を見回して、それから宙を見つめて考えてから、少し間を置いて、「え、なんで」と目を細めて訊ねた。

「俺はもう決闘部員じゃないんだろ? ならば、決闘で面倒な制限を受ける必要もないということだ。3か月昇格戦禁止のルールも俺には関係ない。だから、俺はお前に再び勝負を挑む。まさか、生徒会長ともあろうものが、恐れをなして拒否フォールドなんてしないよな?」


 ディートリヒがにんまりと目を三日月型に歪めて、挑発を向けてきた。リリーは、ディートリヒくんなんか表情豊かになったなぁ、と全然関係ないことを心の中で呟く。


 リリーは半眼でディートリヒを睨みながら、「キミ、これで負けたら退学だよ? 分かってんの?」と指摘した。

「無論、その覚悟があるから挑んでいる」

 リリーは、はぁ、と大きくため息をつきながらも、一方で「まぁ、あのまま終わるような子じゃない、とは思っていたけどね」と口元は緩む。


 ドクンドクンと心臓が高鳴る。

 ダメだダメだ、ディートリヒくんの将来がかかっているんだ。自分を止めようとするが、心の内で突如発生したハリケーンのような暴力的とまで言える欲求が渦巻いていた。


(そんな覚悟をぶつけられたら——)


 ディートリヒを退学にさせるのは心が痛む。リリーもディートリヒのことは気に入っていた。生意気だが、才能があって、可愛い後輩だ。

 だが、それ以上に、リリーを倒すことだけを考えてこの2か月間を費やしたディートリヒと戦ってみたかった。もう一度、自分の全力をぶつけても尚立ち上がる相手と対峙したかった。


(そんな覚悟をぶつけられたら——)


 リリーの目が欲求に塗りつぶされていく。もう抑えが効かない。飢えた猛獣のようにリリーの頭にはもはや刹那せつな的な思考しか回らない。目の前の戦闘快楽に支配されたリリーの思考は、もはや後輩の将来など介在する余地はなかった。


(——ぶつけられたら)





 


 叩き潰すしかないよねェ!



 気がつけばリリーは「承諾コール!」と叫んでいた。

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