第18話 再戦

 あははははははは、と半狂乱のリリーが魔弾を連射した。

 決闘部の部室はそこそこ広いとは言え、闘技場ほどの広さはない。ディートリヒはベンチに片手をついて乗り越えて屈む。魔弾はすぐ真上を通過していった。冷静に最小限の動きでディートリヒが魔弾を次々と躱していく。

 この学園の備品は政府の筆頭魔術師らが数人がかりでかけた結界膜壁けっかいまくへきに常時覆われているため、魔弾が当たっても破損することはなかった。

 多くの者は廊下に避難したが、新たに部室に入って来たものは入室してぎょっとした。


「ええぇ?! 決闘部は部室での試合は厳禁よ?!」と女子が叫ぶ。

「あいにく俺は決闘部員じゃないものでな」ディートリヒが答えながら、女子の脇を通って部室を出る。通常の決闘は基本どこでおっぱじめようがお咎めはない。

「あはははは、待て待てー!」リリーはディートリヒを追いかけながら、その女子の真横でまた魔弾をぶっ放した。


 魔弾は廊下の窓に当たり、空気を切り裂くような音をばらまいて、ガラスが割れた。隣にいた女子が音に驚き、「きゃっ」と尻餅をつく。結界膜壁は元の物質の強度に乗算作用するため、ガラスのような脆いものは、高火力な一撃には耐えられないこともある。とはいえ、結界膜壁が掛かったガラスが割れるような威力を出せる者は一握りの者だけだから、滅多に割れることなどない。

 

「逃げたって無駄だよ」とリリーが廊下の真ん中で仁王立ちする。

 

 その直後、ディートリヒは進行方向の何もないはずの空間にぶつかり、弾かれた。


「対戦者同士は50メートル以上は離れられない。あまり知られていないけど、そういうルールがあるんだよ」リリーが獲物を追い詰める猟師のような目でディートリヒを捉えた。「さぁて、廊下なんて狭くて真っ直ぐな場所で、どうやって戦うのかなぁ?!」


 リリーがまた超速魔弾を放った。

 ディートリヒは振り向き様に、長木刀で魔弾を弾く。弾かれた魔弾はまたもガラスに飛んで行き、本日2枚目のガラス損壊となった。


「冷静になれば、いくらでも対処法はある」

「ほほぅ。2か月前とはひと味違うってことね」


 ならば、とリリーが魔力をロッドに集中させる。「これはどうかなっ?」


 放たれた3つの大魔弾は、案の定、途中で分裂して追跡魔弾となり、ディートリヒに襲い掛かる。ディートリヒは50メートルルールで後退はできず、左右も追跡魔弾を躱せるほどの幅はない。


「あははは、逃げ道なし! 弾いたって戻って来るよぉ? どうするぅ?」

「逃げ道がないのは、お前も同じだろう」


 ディートリヒは木刀を振り、網で魚を採るかのように次々と追跡魔弾を『魔力』に還元して絡めとると、そのままリリーに向けて木刀を振った。距離にして50メートル。当然斬撃が届く距離ではない。だが、ディートリヒの斬撃はその距離を途轍もない速さで滑るように飛んで行った。

 リリーはディートリヒの放ったあり得ない斬撃に、大きく目を見開いて、咄嗟に左に倒れるように跳んだ。

 ディートリヒの飛ぶ斬撃はリリーの右肩を僅かに切り裂いて、リリーの背後——廊下突き当りの壁にぶつかった。

 腹に響くような衝撃音が鳴る。

 リリーがおそるおそる首だけ振り返ると壁には斜めの直線——斬撃痕がはっきりと刻まれていた。


「結界膜壁がかかった壁に傷をつけるなんて…………どんな威力してるのよ」


 当たっていれば即死だった。その事実に、リリーの頬が引き攣る。


「おっと、魔力を『斬』ではなく『打』にしておかねばな。危うく殺してしまうところだ」

「いったいどうやったのよ。他人の魔力を使うなんて聞いたことがないけど」


 リリーは疑わしげな視線をディートリヒに向けた。


「ああ。エマも見たことがないって言っていたな。俺のように魔力量の少ない者でないとできない芸当だそうだ」

「…………そうか。男は魔力がないから、魔力同士の反発作用がないのか」

 ディートリヒは木刀を手にぶら下げるように柔らかく持ち、一歩ずつエマに近づいていく。「さて。これでお前の魔弾乱射も気軽にできなくなったな」


 ディートリヒが少しずつ距離を詰める。


「舐めないでもらえるかな」


 この期に及んで、リリーはまた腕に大量の魔力を集中させた。

 魔弾を放つ気だった。


「無駄だ。止めておけ」

「それはどうかな」


 大魔弾が3つ放たれた。


「拡散タイプか」ディートリヒが警戒を強める。だが、大魔弾はディートリヒと距離を詰める前に拡散した。分裂した魔弾は追跡魔弾ではない。弾けた魔弾が直線軌道で不規則な方向に飛んで行く。

 分裂した小魔弾が壁にぶつかった時に、ディートリヒはその異質さに気が付いた。壁にぶつかった魔弾が消滅せずに跳ねたのだ。魔弾は壁にぶつかり角度を変えてディートリヒの方へ跳んで行く。


「跳弾?!」


 超速で何度も壁を経由して襲い来る魔弾の軌道は、まるでうねる大蛇の大群のようだった。ディートリヒは初弾を弾こうと木刀を合わせた。

 しかし、木刀が魔弾を捉えた瞬間。突如、魔弾が爆発した。

 衝撃で木刀が後方へ回転しながら弾け飛ぶ。


(まずいッ)


 武器のない無防備なディートリヒに、吸い込まれるかのように跳魔弾が複数発着弾した。

 先ほどと同様、着弾するや否や魔弾は爆発を起こし、ディートリヒの身体は爆発の衝撃で後方に吹き飛んだ。

 

 爆発の煙が視界を悪くする。室内ということもあり、煙はなかなか捌けない。


 リリーはロッドに特大魔力を集中させる。魔砲だ。準備が完了すると、ロッドを水平に真っすぐ構えた。「念のため、トドメの一発」


 煙の中、薄っすらと見えるディートリヒの影に向けて、リリーは魔砲を放った。

 魔砲は一瞬で煙に込みこまれるように消えて行く。

 

 ——が、反応がない。まったくの無音だった。

 

 魔砲がディートリヒに直撃していれば、ディートリヒが吹き飛ぶ音が鳴るはずだ。それは壁に当たった場合も同じだろう。だが、魔砲を放ったっきり、音は一向に返ってこなかった。


「まさか——」


 リリーがそう呟いた直後、煙の中の薄い影が一瞬で濃くなったと思えば、そこからディートリヒが現れた。

 ディートリヒはリリーに一直線に迫り来る。煙の中で拾ったのか、長木刀を下段に構え、全身に途轍もなく濃く巨大な魔力——リリーの魔力を宿していた。

 ディートリヒの灰色の瞳がリリーを捉える。


 なんで、とリリーは混乱しかける。

 ディートリヒの身体を見ると、衣類はところどころ、焦げつき、肌も軽い火傷を負っているようだった。つまり、先に放った爆発跳弾のダメージは入っていた。だが、全弾命中した割にはダメージが少ない。

 この時、リリーには解明し得なかったが、ディートリヒは何とか魔力吸収が間に合う初弾と第2弾を取り込むと同時に体表に纏い、防御力を上げていた。そのおかげで体は後方に吹き飛ばされはしたが、致命的なダメージは避けることができたのだ。


「くっ、うアアァァァァアアアアアア」


 リリーはありったけの魔力を魔弾にして、迫り来るディートリヒに放った。

 だが、ディートリヒは木刀で的確に魔弾を打ち落としていく。跳弾も交えてリリーは尚も魔弾を放つ。ディートリヒはリリーの魔力で目を強化しているのか、それすらも完璧に捉えて弾いた。


「来るな! 来るなァ! 来るなァァアア!」


 リリーは焦りから叫びながらも必死に魔弾を量産した。超速弾、追尾弾、跳弾、あらゆる種類の魔弾をがむしゃらにディートリヒに放ったが、その全てが意味をなさなかった。

 そして、リリーがディートリヒの間合いに入った。


 リリーはロッドを魔力強化し、ディートリヒに殴りかかった。魔弾攻撃と比べれば、おざなりで稚拙な一撃。遠距離攻撃に特化してきたリリーには近距離戦に耐えうる技術がなかった。そして、今までリリーの弾幕を抜けて近距離戦に持ち込めた者はエマ・ヴァールハイトを除いて、ただの一人もいなかった。


 ディートリヒの鋭い袈裟斬りがロッドの赤黒い魔石を砕き、返す刀でロッドの中間部を真っ二つに切断した。

 それから、ディートリヒは木刀をぽい、と放り投げ、これでもかと固めた拳でリリーの顔面をぶん殴った。


「う゛ィエ」とリリーは珍妙な呻きを漏らして鼻血を吹きながら5メートル程、後方に吹き飛んで倒れた。息はあったが、完全に意識を失い、鼻血を垂れ流したままリリーは気絶していた。



 静まり返った廊下に水晶バンドの音声が響く。

 


『勝者、ディートリヒ・アルティマ。ポイントを移動します』


 ディートリヒは、力尽きるように座り込んだ。

 そして、まるで掴んだ勝利を放さぬように、と握りしめられた自らの拳に目を落とし、あまりの必死さに苦笑した。

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