第14話 休養

 やっほー、と少し鼻にかかった女の声が聞こえた。ベッドの上から目線だけ扉に向けると、天下無双のエマ・ヴァールハイトがフルーツバスケットを持ってディートリヒの病室に入って来るところだった。


「元気ぃ?」とエマが訊ねる。

「ああ。問題ない」ディートリヒは包帯を全身に巻かれて横たわった姿で答えた。

「絶対問題あるよね。ディーくん、ミイラ男みたいだよ」とエマが笑う。

「この程度、ケガのうちに入らん」

「これでケガじゃないなら、大抵のケガはケガじゃなくなっちゃうよ」


 エマは持参したリンゴを一つ手に取って掲げた。「りんご切ろうか?」

 丁度小腹が減っていたディートリヒが「ああ」と答えると、エマはりんごを宙に投げ、杖で、ぴっ、と直線を描くとリンゴが真っ二つに割れた。ちなみに皮はそのままである。

 はい、とエマがリンゴの半分をディートリヒに渡し、残りの半分をシャクッと音を立てて自分で齧った。


「思っていた切り方と違うんだが……」ディートリヒはリンゴの断面をまじまじと見つめる。「だが、切り口は流石だな。とてつもない切れ味だ」

「なんでも戦闘に絡めて考えないでって、いつも言ってるぅ!」とエマがぶぅ垂れながらもりんごをもぐもぐと咀嚼する。

 ディートリヒもリンゴに齧りついてから、「決闘はいつにする」と訊ねた。

「式はいつにする、みたいなテンションで物騒なこと言わないでくれる?」

「まさか、エマ。お前、もう二度と俺とは戦わないつもりか!」とディートリヒが声を荒げた。リンゴの欠片がディートリヒの口から放出され、エマの顔に吹きかかる。エマはぺっぺっと顔を歪めてから、顔に張り付いたリンゴの欠片をティッシュで拭いた。

「二度と、とは言わないけど…………でも、できればもうディーくんとは戦いたくないないぁ」とエマは頬を染め、上目遣いをディートリヒに向けた。

「何故だ! 俺の何が気に食わない!」一方ディートリヒは怒りに顔を赤く染める。エマの想いは全く届いていなかった。

「いや…………その……ね? アレだよ」とエマはもじもじして、視線を逸らせた。

「アレじゃ分からん。はっきり言え」


 エマは視線を泳がせながら、「ぇと」だとか「その」だとか、ごにょごにょと何か呟く。


「こ、この前、戦ったばかりだから! ね! まだ早いかなぁ、なんて」エマはすんでで臆した。「あははぁ……」と笑って誤魔化す姿は、とても人類最強の武人とは思えない情けなさである。戦闘では勇猛果敢なのに、こと恋愛に関してはヘタレそのものだった。


 ちっ、とディートリヒは舌打ちしてから「ならば、俺が決闘部の部長リリーを倒したら、もう一度、俺と決闘すると約束しろ」


 真剣な瞳のディートリヒをエマはぽーっととろけた目で見つめながら「…………はい」と答えた。



 ♦︎

 


 部長のリリーがやってきたのは、エマが帰った30分ほど後のことだった。


「いやぁ、災難だったね。ディートリヒくん」とリリーがベッドの横のパイプ椅子に座り、先ほどエマが持ってきたフルーツバスケットから無断でリンゴを取り出すとそのまま齧った。


「いや幸運だった」

「……キミ、マゾなの?」とリリーは顔を引き攣らせる。

「まぞ? なんだそれは? 俺はあの戦闘で得るものがあったから幸運だと言ったんだ」

「あ、そういう……」とリリーは何故か少し残念そうに言う。「ま、あの4人は退部処分になったから安心してね」

「退部? 随分厳しいじゃねぇか」

「厳しくないよ。あいつら、寄ってたかってディートリヒくんをいじめて——」

「いじめられてねぇよ」とディートリヒが口をはさむが無視される。

「——挙句の果てに、ディートリヒくんの手足をちょん切ろうとしたんでしょ? 退学にならなかっただけ寛大な措置だと思うけどなぁ」


 ディートリヒは努力が報われず、道を踏み外した彼女たちを思うと、少し胸が痛んだ。だが、すぐにそれを打ち消すように首を振った。


「この学園に在籍している限りは、戦いは続く。奴らも今回の件で得た物があったんじゃねぇか。次は正々堂々戦いたいものだな」

「おや。優しいねぇ、ディートリヒくん。そういうとこ好きよ」

 ディートリヒはふん、と鼻を鳴らしてあしらってから、「とは言え」とリリーに流し目を送った。「今回の奴らのしでかしたことの責任は部長であるアンタにあるとも言えないか?」

「おやおや。優しいディートリヒくんはどこに行ったのかしら」リリーが目を逸らせる。

「その通り。俺は優しい。だから、1つ頼みを聞いてくれたら許してやろう」ディートリヒが尊大な態度で言い放った。

「初めからそれが狙いかよぅ」リリーは文句を垂れてから「試しに言ってみ」と促した。

 

「今回の件は公式戦扱いにしてもらいたい」


 ディートリヒの言葉にリリーは怪訝そうな顔をする。「公式戦? つまり、勝ち星4つが欲しいってこと?」リリーが訊ねるとディートリヒはかぶりを振った。

「いいや違う。奴らのクラスは全員シルバー以下でゴールドの俺より格下だ。つまり、これは昇格戦だった」

「4対1の昇格戦なんて聞いたことないけど」とリリーが苦笑する。

「だから1人に付き勝ち星3つ。合計12の勝ち星だ」

「ディートリヒくん、強欲とか、がめついとか、よく言われない?」

「戦いに貪欲なんだ」

「物は言いよう……。まぁ、でも良いか。あの子たち退部したから、3か月昇格戦禁止のペナルティとかも関係ないし」


 ディートリヒが笑みを浮かべて満足げに頷いた。「それを聞いて安心した」


 リリーは黙って、次のディートリヒの言葉を待つ。おおよその話の終着点は既に察しが付いているのか、リリーの口角が少しだけ上がる。


「ならば、俺は勝ち星12を得たのだから、クラスが一つ上がるわけだ。プラチナクラスに」

「まぁ、そうだね」リリーは堪えきれずに笑みが漏れる。

「プラチナクラスはダイヤモンドクラスの一つ下だ」ディートリヒはリリーの反応を見るようにゆっくりと告げる。

「そうね」


「リリー」とディートリヒが呼び掛け、おもむろにリリーを指差した。


「俺はお前に昇格戦を挑む」

 

 

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