第4話 入学

 ディートリヒは学園の中庭に立たされていた。ディートリヒだけではない。この年、入学になった20名余りの新入生は皆中庭に立たされて、どこの誰かも分からぬ老女——実は校長なのだが——の無意味な演説を聞かされていた。

 この学園には『学年』というものがない。それぞれが決闘を通してポイントを稼ぎ、ポイントが一定以上に達すると卒業試験を受けられる。そういう仕組みだそうだ。


 ディートリヒは何とか母リディアの説得に成功して、無事、入学を果たしていた。

 母リディアの猛反対ぶりは、今思い出してもげんなりする。

 もし1年で卒業出来なかったら、おとなしくアズホール家に婿とつぐ、という条件でようやく入学を許可されたのだ。

 母は、ディートリヒがポイント全損ですぐに退学するだろう、と踏んでいるようだった。だから入学を認めてくれた、とも言える。


 早々に校長の話に飽きた新入生の多くは、ディートリヒの方を皆ちらちらと盗み見る。瞳だけを動かしてこっそり見る者もいれば、ディートリヒよりも前に並んでいるのに大胆に振り向いて見る者もいる。

 耳打ちしあって、密談する内容はその視線からも明らかだった。


「なんで男子がいんの」「魔術も使えないのに」「どうやって入学したんだろ」「そりゃコネでしょ」「枕でもしたんじゃない?」「あはは、あり得る」「あたしにも営業してくんないかな」「場違い」「何日もつんだろうね」「かっこいい❤︎」「帰れよ」「冷やかし?」「身体がえろい」「邪魔でしかない」「頼めばヤレるかな?」「消えろ」


 ディートリヒに聞こえる内容はそんなものだった。別に傷ついたりはしない。男として生まれついたディートリヒはこのくらいは慣れたものだ。


 ようやくばばあ先生の長い演説が終わると、眼光の鋭い気合の入った講師が壇上に上がり、この学園での決闘システムについて説明を始めた。


 要約するとこういうことだ。

 入学時に各自1万ポイントが配布される。生徒達はそのポイントを奪い合い、100万ポイントを獲得した時点で卒業試験を受けることができる。ポイントを全損したものは問答無用で退学だ。ポイントの譲渡は禁止。譲渡、八百長、談合を行った者は退学処分となった上、犯罪者として懲役が課される。この学園は国営のため、そういったペナルティも可能なのだ。

 ポイント以外にも、何をベットするのも自由だ。金も身体も権力も。ただし、命と退学の意志決定権だけは賭けるのを禁止されている。


 決闘を挑む者は、「決闘デュエル」と唱えてから、何を賭けるのか、ポイントならば何ポイントなのか、を宣言して、「申請ベット」と唱える。挑まれた者は承諾コール上乗レイズ拒否フォールドのどれかを唱える。

 

 承諾コールならば1分後に戦闘開始。

 上乗レイズならば、代わりとなる賭ける物を提示し、相手が承諾すれば1分後に戦闘開始。拒否すれば200ポイントを得て、戦闘不開始。ただし差し替える賭け物は差し替え前よりも価値のある物でなければならない。

 拒否フォールドならば、相手に200ポイントを支払って、戦闘不開始。


 決闘を行なった者は1ヶ月は同じ相手と決闘は禁止。1ヶ月の間に5回拒否フォールドを行なった者は、6回目からは無償で拒否フォールドすることができる。


 これがこの学園の決闘ルールらしい。

 説明の後、全員に魔道具のバンドを配られた。バンドは水晶のように透明で、覗き込むと数字が見えた。10,000と映し出されている。現在のポイントを表示しているようだ。


「本日のオリエンテーションは以上だ。講義は明日からだが、参加は任意とする。参加しないからといって落第することはない。この学園では勝ち続ければ卒業できる。簡単なことだ。では、諸君。良い学園生活を送りたまえ」


 講師が壇上を降りると、あとは特に何の説明もなく、解散となった。一応、寮の場所は最初に説明を受けて知っている。

 だが、ディートリヒは寮とは反対方向に歩きだした。彼には何を置いてもやらなければならないことがある。


(天下無双エマ・ヴァールハイトは講師だと言っていたな。ならば職員室か)


 校舎に向けて歩いていると、女がディートリヒの進路に立ち塞がった。1人ではない。5人はいた。おそらくディートリヒと同じ新入生だろう。

 その中の1人——金髪で目が細い——が「決闘デュエル」と唱えた。

「いきなりか」ディートリヒが笑う。「まぁ小手調べにはちょうど良い」

「はっ、カモがネギ背負って何言ってんだか! 申請ベット5000ポイント!」


 女が威勢よく宣言すると、周りから「うっわ〜、いきなり所持ポイントの半分?!」「えげつなぁ!」「男子くん可哀想〜」と爆笑が上がる。

 だが、ディートリヒには何故5000ポイントがそんなに面白いのか、よく分かっていなかった。首を傾げて考えていると、金髪女が「どうせ拒否フォールドでしょ。早くしてくれる?」とディートリヒを見下して鼻でわらった。


「次、私もこの男子くんと全ポイントオールインで決闘しよっかな」と取り巻きの1人が言うと「ウチも」「お、じゃあ私もォ」と次々に手が上がる。

 

「さ、次が控えてるんだから早く200ポイントを——」



上乗レイズ全ポイントオールイン



 ディートリヒが宣言すると、やかましかった女たちが静まった。

 入学早々だからお互いのポイントは丁度1万ポイント。つまり、この女が勝負を受ければ、どちらかが入学初日に退学することになる。

 沈黙の中、ぷっ、と女が頬を膨らせて吹き出した。


「あっはははははははは、馬鹿だぁ、この男子くん! 入学早々もう退学したいの?! あははははは、ウケるぅ!」

「えーリナだけズルいィ! いきなり2万ポイントに成り上がり?!」

「運が良いだけじゃーん!」

「うるさい、運も実力のうちじゃい」


 女たちが勝つ前提で盛り上がる。


「どうでも良いが、早くしてくれ。この後予定があるんだ」

「あー……面白い」と女が笑い涙を拭ってやっとディートリヒに向き直った。「いいよ。承諾コール


 その瞬間、腕につけた魔道具のバンドが振動した。そして音声が流れる。

『1分後に戦闘を開始します。10メートル以上離れてください』


 ディートリヒは音声に従い、後ろに歩いて行き、大体10メートルか、というところで金髪女に向き直った。

 金髪女は懐から指揮棒のようなステッキを出して、浮かべていた笑みを引っ込めて真顔で目を大きく開く。


「後悔しても遅いよ。自分で受けた決闘なんだから」金髪女がステッキを構えた。


 ディートリヒは全長130センチもある異様に長い木刀を腰から抜いて構えた。

 入学祝いに学園から全新入生に得物を支給されることになっている。要望に沿って特注で作るのだ。ディートリヒは迷わず、この長木刀を希望した。


(うん……少し軽過ぎるが——良い。よく手に馴染む)


 決闘で相手を殺してしまった場合、ポイントの移動は行われないが、罪に問われることはない。そのため全生徒は、死んでも文句はない、という内容の誓約書を最初に書かされるのだ。

 だが、ディートリヒは一年以内に卒業しないと、謎の令嬢に婿とつぐことになるため、少しでも多くポイントが欲しかった。だから、相手を殺さぬように得物は木刀にした。


 長木刀を構えた直後、魔道具バンドから笛のような音が鳴った。開始の合図だ。


 ディートリヒは律儀に開始の合図を待ってから全身に魔力をまとった。全身を厚い魔力で覆い、天への消失を閉じる。

 身体能力は強化され、精神は万能感に満たされる。少し興奮し、好戦的になっている自分を、もう1人の自分が空から冷静に見ているような奇妙な感覚だった。気分が良い。自分の口角が僅かに上がるのが分かった。


 女達はディートリヒの予想外の動きに、目を見張った。対戦相手の金髪女さえ、固まって動かない。


「お、お、男が魔力を使った?!」取り巻きの1人が声を上げた。

「あ、ああああり得ない! だって! 男は魔力量が少ないはずじゃん! どうやって!」

「待ってアイツ」とまた別の取り巻きが口を開く。「——魔力消費が…………ない」


 ディートリヒはまだ一歩も動いていないのに金髪女が後退した。そして叫ぶ。「お前! 何を——ど、どんなトリックを使った!」ひどく動揺しているようだった。

「何だ。魔力なし相手に余裕かまそうとしたら、相手も魔力使い出して、ビビっちゃったのか?」ディートリヒがその長い木刀で肩をトントンと叩く。

 金髪女は目を剥いて、こめかみに青筋を作った。「男の分際で…………男の分際でぇえ!」叫びながら金髪女が右手のステッキに、左手を添え、ディートリヒに突き出した。

 頭から肩、腕、と円滑な魔力の流れが確認できた。だが魔弾が放たれた時には既にディートリヒは踏み込んでいる。10メートル余りの距離が一瞬で詰まった。魔弾が金髪女のステッキを離れるのと、木刀が女の胴を斬り上げのとはほぼ同時だった。

 金髪女は吐瀉物を吹きながら5メートル程、宙に打ち上がり、背中から地に落ちた。意識はないが呼吸はある。


『勝者 ディートリヒ・アルティマ。ポイントを移動します』

『リナ・ニュービル、ポイント全損のため、在学資格を失いました。至急、職員室へ向かい退学手続をおこなってください』


 取り巻き達は口を半開きにして、その全員がディートリヒを見ていた。誰一人として、目の前の光景を理解できていないようで、一様に黙り込んでいる。そうしていれば夢が覚めるとでも思っているのか。

 

 仕方がないのでディートリヒの方から声を掛けた。「なぁ、次やりたい奴いるんだろ? 誰だ? 早くしてくれ」


 すると唐突に一人の女が無言で、捨て台詞の一つも吐かずに背中を見せて逃亡した。それを皮切りに、次々と取り巻き達が走り去って行った。


「なんだ。やらないのかよ」


 ディートリヒは少しがっかりしながらも、当初の目的を思い出し、再び職員室へ歩みを進めた。

 



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る