第10話『再会と指輪』



 ニッキーを診療所に預けた俺とシャーロットは王都の石畳を並んで歩いている。まるでデートみたいに。


「フラッドとヒューはどこに行ったんだっけ」


「騎士団詰め所ですね。二時に石像広場で集合の予定です」


「今何時?」


「十二時です。お昼にしましょう、ランマルくん。店を探してください。わたしはなんでもいいので」


「無茶振りだな。俺は文字も読めないんだぞ」


「テキトーでいいですから。お昼なのでお酒も飲みませんし」


 出ました。女子の無茶振り。『なんでもいい』はもちろんトラップであり、少しでも気に食わないことがあると、へぇ、センスないわ、とか言ったり、口数が減ってため息の数がめちゃくちゃ増えたりする。つまり、この場面での男は、俺は、試されているのだ。


 王都は『竜災』とやらがあったのにも関わらずとても賑やかで一直線に歩くのは難しい。人と人の間を縫って歩いていると、シャーロットとの距離が離れてしまう。


 これはラブコメで見たやつだ。


 男子校、進学校。この二つの条件を満たす高校に属していると、人は皆、現実とは乖離した二次元の世界、つまりマンガやアニメ、ライトノベルなどに浸ってしまう傾向がある。男子校進学校に限った話ではないが、そのマンガやアニメ、ライトノベルは俺たちにさまざまな影響をもたらす。俺が異世界に来たのだってそれが理由と言っても過言ではないだろう。二次元的趣向は普通に生きていたら身につかない非日常的作法や持ち得ない知識などを俺たちにもたらしてくれる。こんな言い方だとヲタクが普通に生きていないみたいになってしまうが許してほしい。つまり、今この場面において、俺が現世で積みあげた怠惰な習慣が功を奏したということだ。


「ここ、つかんでろ」


 俺は黒いシャツの裾を指差す。


「いえ、結構です。ついていけます」


「断るんかい」


◇◆◇◆◇


「やるじゃないですか」


「でしょ?てか何様」


「シャーロット様です」


 薄暗く、賑やかな店内。四人がけテーブルに俺とシャーロットは座っている。俺たちが入ったのはステーキハウス、みたいなとこ。店の前に骨付き肉のオブジェクトが飾られていて即決。シャーロットはサリーさんの店でトゲブタの肉を美味しそうに食べていたので間違いはないだろうという考え。やはり、シャーロットは肉が好きなようだ。サラダが好きとか言い出さなくてよかった。


「ランマルくん、何食べます?」


「シャーロット様と同じものを」


「じゃあジリジリ牛の胡椒焼飯でいい?」


 俺は頷く。

 とても食欲をそそられる名前だ。ジリジリってなんだろう。


 シャーロットは右手を挙げて店員を呼び注文をする。


「すみません、ジリジリ牛の胡椒焼飯二つと青梨の酒で」


「え、酒?」


「あ、すみません。青梨の酒は取り消してください」


「あ、では。水は奥にあるのでご自由にどうぞ。失礼します」


 アル中か、この人。

 少し戸惑った店員だったが、すぐに厨房に歩き出した。忙しいのに申し訳ない。


「ところでですが、ランマルくん。先ほど教わった即時回復、乱用するつもりですか?」


「乱用って…。普通に怪我したら使う。それだけだよ。それより、記憶を取り戻す方法がわからなすぎる。色々終わったら話を聞きに行こう」


「そうですね。色々終わったら、ですか。無事に終わるといいですけど」


 色々とはイリス国がイグニスの王族を皆殺しにするとか言っていたやつのことだ。イリス国の目的はなんなのだろうか。コーラとかだったら楽なんだけど。


「水、持ってくるよ」


「あ、ありがとうございます」


 俺は店の一番奥にあるウォーターピッチャーに向かう。

 日本では、水道水が飲める。それを外国人が見るととても驚くと聞いたことがあるのだが、この世界ではどうなのだろうか。

 そんなことを考えながら薄く色のついたグラスに水を注いでいると――――。


「またあったね、ランマルくん」


 突然、聞き覚えのある可愛らしい声。

 そちらを見やるとそこにはコンパスを右手で弄ぶギル・アメシストがいた。


「――――」


 驚きに言葉が出てこない。ギルは二日後に王族を皆殺しにすると宣言しているのだ。その相手が、今目の前に。

 幸いギルには殺意がないと見える。怒りを買わなければ突然戦闘開始、とはならないだろう。とはいえ仲良く立ち話をして解散、とはいかない。今彼女を捕まえてイグニス大牢獄とやらに放り込みたいのが本音だが俺一人でどうにかできるとは思えない。情報を少しでも集めるのが最適か。


「――ギルさんじゃないですか。久しぶり、でもないですね。昨日ぶりです。元気そうで何よりです」


「礼儀正しいね、さすがランマルくん。ところで昨日の話は聞いた?」


「はい、なんか王族を皆殺しにするとかどうとか。あとメイソンを連れて帰ったとか…」


「そうそう。あと竜災。それでその手助けを、ランマルくんにしてもらうことにしました!」


「しました!って…」


 どうしたものか。竜災もギルの仕業か。

 もちろん敵につく気はないのだが、潜入調査をするということならアリかもしれない。しかし途中で裏切ってこっち側に戻ってくるのも困難な気がする。戦ってもボコボコにされるのだけはよくわかる。このチャンス、何か利用できないものか。


 迷うなぁ。


「もしかして迷ってる?」


「はい、めちゃくちゃ迷ってます」


「断るのは許しません。ほら――」


「え、なんですか?ギルさ…」


 顔が接近する。ギルの吐息が俺の肌に触れ思わず俺は頬を赤らめる。彼女は俺の方に手を伸ばし――――、


「え?」


「期待しちゃった?かわいいねぇランマルくん」


 彼女は、ギル・アメシストは俺の首に指輪のついたペンダントをかけた。銀の指輪に紐が通されたもの。


「――これは?」


「つけてると、幸せになれるよ」


「どこの誰が?」


「わたし」


「おい」


 俺はそのペンダントを外そうとしたのだが――――、


 俺の指はペンダントの紐をすり抜けてしまう。もちろん、指輪も。


「なんなんだよこれ」


「後で嫌でもわかるよ」


 ギル・アメシストは不敵に笑った。


 この指輪が俺にどんなことをもたらすのか俺にはさっぱりわからないが、かなりやばいことだけがわかってしまうところがかなりやばい。まじやばい。会話の主導権をギルに握らせるとこちらのメンタルがかなりすり減るので、とにかく会話を続けよう。


「これからどうするんですか」


「えーと、場所は言えないけど王都から少し離れたところに一つ拠点を建てたんだ。そこに戻って準備をするつもりだよ」


「今ここで投降するっていうのは…」


「無理無理。投降しても、多分わたしはすぐ逃げちゃうと思う。かなり強いからね」


 ギルは細い腕で力瘤を作る仕草をする。


「ですよね。そういえばメイソンはどうなりました?」


「元気だよ。また会えると思う」


「会いたくねぇよ」


「言っておくよ。じゃあランマルくん、もう行くね。二日後に会おう」


 ギルは捲し立てるように言うとタタっと走り去ってしまった。どうやら食事にしに来たわけではないらしい。


 とりあえず、シャーロットに報告をしないと。


◇◆◇◆◇


「遅いですよ、ランマルくん…ってお水は」


「待たせてごめんなさいって、そちらは?」


 席には湯気を立てたジリジリ牛の胡椒焼飯が二つとトゲブタの肉が。

 そして――――、


「あ!相席してるです!わちきはバイションです!ランマル、遅いです!」


「――ごめん…」


 シャーロットの隣にはジョッキを両手に持ったバイションと名乗る桃色髪の幼女。黄色の瞳は酔っているためかあまり見えない。未成年飲酒を見逃してはいけないが、その前にやるべきことがある。


「あっちでギルに会ったんだ。食べながら話そう」


 ギルとのやりとりを、俺は全て話した。顔が接近して赤面させたのはもちろん話していない。途中でセメレーのうるさい相槌を迷惑に思ったシャーロットがバイションの口を両手で塞いでたのが少しおかしかった。


「で、その指輪は?」


「いいことがあるらしい」


「誰にです?」


「ギルだってさ。何か知ってることない?この指輪。外せないのが気味悪いんだが」


「指輪といえば、フラッドさんに聞いてみましょう」


 そうだ。リングコレクターの異名を持つ(持ってない)彼なら何か知っているかもしれない。


「誰です!わちきと言う女がありながら何してるです!まったくランマルは隅におけない男です!」


「うるせぇな、フラッドは男だ!」


「はんへいはいえす!」


「口に入れたまま喋るな!」


 だめだこいつ。

 ギルと対峙してかなり焦っていたが、なんかやけに落ち着いてしまった。


「これ、めちゃくちゃうまいな」


 すでに、シャーロットはジリジリ牛の胡椒焼飯をすでに平らげ、メニューで追加注文をするかどうか迷っている様子。食べ始めて五分も経ってない。かなり量あったのに…。大食いキャラ、悪くない、むしろ好き。


 結局、ギルと会って何が変わったと言うわけではない。奇妙な指輪を持たされていること以外は良くも悪くも何も変わっていないのだ。強いて言うならメイソンが元気だって聞いて少し凹んだ。また戦うことになるのだろうか。スキンテイラでは魔力が少ない状態で戦ったから勝てたが万全の状態のメイソンに勝てる気がしない。それと今度の相手はメイソンだけじゃない、ギルや、その他のイリス国も奴らも来る可能性がある。


 考えれば考えるだけ絶望的な状況に気付かされる。気がつくと俺のジリジリなんとかはすでに終わってしまっていた。もっと味わいたかった。


「行きますか、もうすぐ待ち合わせの時間です」


「おう、じゃあバイション、飲みすぎるなよ」


「はいです!」


 俺とシャーロットはベロンベロンに酔った桃色髪の幼女を置いて店を後にした。


◇◆◇◆◇


 石像広場。

 広い広い円形の公園。中心にアホみたいにでかい男性の石像がある。誰なのかは不明。


「その指輪のことはわからないが念のためはめないでおけ。何かあったらすぐに言え」


「わかった」


 店を出た俺とシャーロットは石像広場でフラッドとヒューに、ニッキーのこととギルのことを話したのだが、残念なことにフラッドも指輪のことは知らないようだった。はめるなと言われても触れられないものははめられないのだ。


「シャーロットの記憶の方は…」


「なにも、わかりませんでした」


「そうか」


 フラッドがシャーロットに尋ねるとシャーロットは特に落ち込むようなそぶりは見せずに答える。それが俺やフラッドを気遣ったものなのかは彼女にしかわからないが、そう見えなくもない。


「二日後城壁の外でイリス国を撃滅することになった。その際王族の方々は避難されることになった」


「どこに避難するんだ?」


「まだ決まっていない上、それは口外できない」


「ちょっと待ってくれ」


 口を挟んだのはヒュー。


「ランマル、城壁外の拠点と言ったか?」


「ああ、ギルは少し離れたところにある王都の外の拠点って言ってたぞ」


 そこでふむ、と頷くヒュー。


「襲撃前に拠点を見つけ出すことはできるだろうか」


 ヒューは腰につけた騎士剣に手を置いて言った。

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