第11話『東方遠征前激知識不足鼎談』
騎士団本部。
それは石像広場から五分ほど歩いたところにあった。かなり城に近い。
「酷いな」
石垣の上に石のブロックで作られた縦長直方体の建物、だったもの。
先日の竜災の影響で建物の屋根の部分が吹っ飛んでいて、風通しが良くなっている。修復作業や片付けはいまだ終わっておらず、通行人の邪魔にならないように石のブロックは道の端の方に避けられている。
「こっちだ」
フラッドに俺たちはついていく。
「フラッド、竜災を具体的に教えてくれ」
竜災。
竜が人を襲いにくるものだと認識しているがこの建物の惨状、そしてギルが起こしたと言っていたこと。どんどんわからなくなってくる。
「不定期に黒竜が起こす災害だ。頻度は本当に様々で、速い時は一週間、長い時は半年ほど。ギルが企んでいたことは先ほど知った。黒竜が三匹、建物を壊し、火を吹き人を殺して素早く帰っていく。今回はここ、騎士団本部を壊して城壁外に調査に出ていた騎士を片っ端から戦闘不能にして帰っていった。イグニス王国だけでなくアクア王国にもきたことはある。イグニスほどではないがな…。ついたぞ」
「めっちゃ害悪だな」
竜災についてフラッドが語ってくれていると騎士団本部入り口についた。入り口はしっかりと原型を保っていた。虎の像が木製の大きな扉の左右に一匹ずつこちらを睨んでいた。
その扉が開く、開けたのは中にいる人物。
「団長、戻りました」
「ようこそでありますです!」
幼い声。扉から出てきたのはイグニス騎士団団長、桃色髪の少年だった。
◇◆◇◆◇
「なるほどなのです。その作戦にしましょうなのです!それと、お兄さんはとても大変だったみたいなのです!」
「まぁ、それほどでもないよ」
「いやいや、お疲れなのです!僕は労いの言葉を送るなのです!」
バイションもそうだが年下と話すのはかなり慣れない。現世ではこんな意味わからない喋り方をする子供はいなかったからだろうか、本当に慣れない。それはギルと話しているときなどにも感じることなのだが。
「そういえば何歳?」
「僕は団長のルカー、二十なのです!副団長は二十一なのです。あと副副団長は四十五、副副副団長と副副副副団長は…」
「いつまで続くんだよ、てか年上…」
「気にしないでくださいなのです!お兄さんの方が身長が高いので、呼び捨てで畏まらなくて大丈夫なのです!」
「お、おう」
よく分からないひとだ。可愛い見た目の割にかっこいい肩書を持っていらっしゃるこちらのショタ、ルカーの実力はどれほどのものなのだろうか、人員不足で団長になったわけではないだろう。副副団長は四十五歳だし。
「まずです、拠点を探すのに必要な人員はおそらく足りるのであります」
「本当ですか」
「すでにウェント公国に援護要請を出しているなのです。城壁の西南方向は探索してくれるのです。そして北には『コア・パレージ』があるから危険性はなく、僕たちは東を探し回るだけなのです!」
「こあぱれーじっていうのは?」
「お兄さん、知らないなのですか!?『コア・パレージ』はこの世界の端にある透明な壁なのです!イグニス王国はこの世界の最北に位置するなのです。そしてイグニスの南西に位置するウェント公国に助けを求めた、よって僕たちは東を探索するのです!」
「なるほど、ありがとう」
この世界の国の配置をだんだん覚えてきた。てかルカーの語尾が聞きづらい。可愛いけど聞きづらい。まあ可愛いからいいか。
「探索時の情報伝達手段ですが、遠くからわかる魔法、たとえば『イグニート』とか『カスカータ』とか『フルミーネ』とか『ピエトーラ』を、打てる人を集めて情報交換するなのです。ちなみに使える人は…」
「わたしは『イグニート』だけ使えます」
「『カスカータ』を使える。せいぜい二度ほどだが」
返事をするシャーロットとフラッド。
フラッドは魔法まで使えるのか。どこまでも万能でイケメンなやつだ。ムカつく。
「十分なのです!イグニスからは僕たち五人とお姉ちゃ…、いや、副団長と、副副団長と、副副副団長と、副副副副団長を三組に分けて探索をするなのです。では…僕とシャーロットさんとヒューさんと副団長で一組、えーっと…」
ルカーがグループをしっかりと分けた。
一つ目のグループが、シャーロット、ヒュー、ルカー。
二つ目のグループが、俺、フラッド、副副団長。
三つ目のグループが、副団長、副副副団長、副副副副団長。
最後頭おかしい。
副副団長が『イグニート』を使えるようで、伝達手段である魔法は組に一つずつ分けられた。そしてざっと戦力を割り振った。短時間でここまで決めるとはさすが団長。一見ただのショタだが、とても優秀なようだ。かわいいし。
「出発はいつになる、ランマルとフラッドは武器を調達した方がいいだろう」
ヒューが言った。
フラッドはメイソンに剣を折られていたが俺は――――、
「俺は魔力刀がある」
「魔力刀は慣れていないと魔力の燃費が悪すぎる。長期戦に持ち込まれたら足手纏いにしかならない。普通の剣を買おう。エヴァさんからその分の金も渡されている」
「エヴァさんの金…」
全くごもっともな意見だ。メイソンと初めて対峙した際、俺は魔力刀を一振りしかできなかった。そんなんでギルに敵うわけがない。かと言って普通の騎士剣を振るえるかどうかは分からないが魔力刀よりマシなのではないだろうか。
「今日の夜に出発するなのです!準備をしておくなのです!」
◇◆◇◆◇
「できるだけ軽いのがいいんだよな」
「魔力刀より軽いのは滅多にないぞ」
イグニス王都の武器屋に俺とフラッドは二人で来ている。
たくさんの武器が壁にかけられている。もう壁は見えなくなっている。前に行ったお茶の水のギターショップを思い出した。チキってストラップだけ買って帰ったのは良い思い出。
スキンテイラの武器屋とは品揃えが違う。さすが王都。
「この杖かっこいい」
先端に緑の宝玉がついた杖を見て俺は言う。
「お前は魔法を使えないだろうが。ただの重い木の棒になるぞ」
「わかってるよ」
かといって剣が特別使えるわけではない。
まず武器の種類とか全部ドラクエ知識だし本当にあるのかも分からない。
「これなに」
俺は先の部分がヘビのように曲がりくねった棒を指差して問う。
「蛇矛。敵の傷口をえぐって広げる。まぁ、お前には向いていない」
「怖っ…。じゃあこれは?」
剣というよりはかなり短い、短剣だろうか。しかし刀身には窪みがありものを着ることはあまりできそうにない。
「ソードブレイカー。敵の剣を破壊するものだ。剣の窪みに刃をねじ込んで、圧し折る。左手に装備すれば、刺突にも使える」
「ソードブレイカーってこれだったんだ!知らなかった」
なるほど。剣を壊す剣、ソードブレイカー、めちゃくちゃかっこいい。買わないけど。
「これはどうだ?」
フラッドが俺に長い武器を差し出す。
「鎌?」
2メートルほどの棒の先端に長い三日月のような鎌がついた武器。一言で言えばでかい鎌。装飾がかなり派手だが、死神がよく持ってるやつだ。
「ウォーサイス。戦闘用の鎌だな。軽量で振り回しやすい」
「似合わなすぎる。悪役みたいで嫌」
「くだらない理由だな」
◇◆◇◆◇
「結局剣か」
「別にいいだろ。めちゃくちゃかっこいいし、嫉妬か?」
「黙れ。私も同じものを買った」
「へっ」
武器を買った俺とフラッドは防具屋に向っていた。俺の腰には先ほど買った新品の剣が差されている。
そういえばフラッドはメイソンに剣を折られていた。俺はあのときフラッドは拳で戦っていたことを思い出す。
「拳でも戦えるんだよな、お前は」
「ああ、指輪で魔力支援を受けている。明日また、お前に一つ渡す予定だったが、今渡そう」
「なんでだよ。俺魔力量はかなりあるらしいぞ」
「黒」
テキトーに返すと剣呑な顔をしたフラッドが呟いた。
「黒の魔力。なぜお前が持っているのか知らないが、それは本来イグニス王家のものだ」
「は?」
「イグニスの切り札、王の黒の魔力。それを殺すのが私の任務だった」
「じゃあ俺を…」
「そうだ、つまり私はお前を殺すのが任務、というわけだ。今は関係のない話だがな。指輪は体外に出る魔力を全て青に変えられる。まぁ、そうだな、危機感を持て、殺されるぞ」
イグニスの切り札。王の黒の魔力。
メイソンにつけた、消えない傷跡。あれが黒の魔力だろうか。なぜそれが俺に?
それはシャーロットに瓜二つの少女、ビアンカのものだ。ビアンカがイグニス王家ということだろうか。しかしそれは人に聞けない。なぜならビアンカ本人から口止めされているからだ。言ったらどうなるか分からないがペナルティがないにしても彼女との約束は破りたくない。ビアンカの目はガチだった。
「ついたぞ、その意味不明な服を変えてこい」
「adidasバカにすんなよ」
軽口を叩いたが、俺の頭の中は疑問ばかりだった。
◇◆◇◆◇
「グローブ、胸当て…。馬鹿か?」
「おい!?ダサいのはわかるけどいいだろ!」
俺は茶色のでかい革製グローブと、黒い金属の胸当てを買った。
元の半袖シャツにジャージのズボンという格好が意味不明なのは認めよう。でもこのグローブ強そうだし、胸当てで心臓はセーフだし、即時回復できるし…。
「まったく、これを着ていろ、見ていて恥ずかしい」
フラッドはそう言ってフードの内ポケットからフードを取り出して俺に渡す。
黒いフード。裏地は褪せた赤色。形はフラッドが装備しているやつと同じ、悪そうなやつだ。
「おお、ありがとう」
「これも」
指輪を差し出してくるフラッド。この間借りていたやつと同じものだ。
本当にいいやつだ。会ってから一週間にも満たない普通ここまでしてくれないと思う。メイソンの件で、俺が人間不信になっていないのはフラッドたちのおかげだと気付かされる。しかも、フラッドは俺を殺して国に帰れば任務達成。しかし、国を捨てて俺の命を優先してくれている。こんな恩を着せられて返せる気がしない。だからせめて――――、
しっかりと礼を言おう。
「――俺は女の子が…」
「それはもういい」
◇◆◇◆◇
宿屋。なんと、一人一部屋である。部屋は一人部屋にしては結構広かった。しかも水浴び場付き。なのに値段の方は銀貨5枚だという。スキンテイラの宿屋は確か3枚。ありえない安さ。なんて素晴らしい宿屋。
俺は素早く水浴びを終え、ベッドに転がった。
「ぐおおああ」
変な声が出た。日々の疲れ、というより精神的な疲れが結構きていた。だいぶ異世界に慣れてきたつもりの今日この頃。装備も獲得して、一応飯も食える、全部人の金だけど。
しかし、一段落ついた、とはいえない状況。なぜならこれからすげぇ強いやつと戦わなければならないから。
「風狸がミニサイズになってくれれば…」
めっちゃモフりたいあの狸。太々しい態度がまた良いのだ。全部終わってスキンテイラに帰ったらエヴァさんに頼もう。
「そんで、その後は――――」
シャーロットの願い、記憶を取り戻す。
ノリと勢いで虚勢を張ってしまった昨晩、あの後かなり恥だったり後悔だったりが俺を殺しにきた。普段ほとんど人と話さない俺がタメ口で女子と話せていること自体奇跡なのだが。普通の人はタメ口で話したりあだ名で呼び合ったりしているからあれも普通だ!と言いたいがどう考えてもあれは痛すぎる気がする。
「もっと違う言い方あっただろうが俺!」
俺はベッドでキチガイゲージを解放する。さらに痛いなこれは。痛すぎる。即時回復が効かないのはなんでだろうか。
「ら、ランマルくん」
シャーロットのことでベッドでうずくまっている俺の動きを止めたのはシャーロットだった。
「なな、なんだ!シャーロットか?」
「わちきもいるです!」
木製のドアの向こうから幼い声が聞こえる。
俺は靴を裸足で履いてテッテとドアの方に小走りで行き覗き穴を覗く。穴を覗いても真っ暗で何も見えなかったのでドアを開けた。
深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ。
ガンジーの言葉だっけ?いや、ニーチェか。この解釈は何か大きい問題や悪に立ち向かい、それに没頭しすぎると、自分自身がよくない方向に影響されてしまうという意味なのだが。
今回は物理的な意味だった。
ドアの覗き穴を向こうから覗いていたシャーロットは額をドアにぶつけ、「いたっ」と声を漏らし体勢を崩した。その勢いで彼女の手から酒瓶が飛んだ。瓶から漏れ出た酒が俺の顔に降り注ぐ。
俺はそれを飲んでしまった。
後ろにどすんと音を立てて倒れるシャーロットとそれを「ぎゃははは」と呑気に笑うバイション。
酒を口に含んだ瞬間意識というより思考が鈍くなる。俺は酒を飲むのは初めてだった。ていうか、酒ってこんな即効性があったなんて…。知らなかった。
「え、シャーロットさん?」
思考があやふやだったがシャーロットに声をかけ、俺は頭の中からAEDの使い方を頑張って思い出す。
一、安全確認。危険人物のバイションを肩を持って遠くに追いやる。
「バイション、AED持ってこい」
「いやです!」
二、意識の確認。肩を叩いて大丈夫かと聞くと「い、痛い」と返ってきた。これは大変だ。
「意識がない!」
「ランマル?シャーロットは起きてますです!」
気絶していた。大変だ。
三四五六…。胸骨圧迫?人工呼吸?分からないから両方やっておこう。
女性の胸を触るとか今は気にしている場合じゃないし、全然平気。唇が合わさるからなんだっていうんだ。ファーストキスがどうだとか気にしてられるはずがない。命に変えられるものはないのだ。だいたいファーストキスは全員お父さんが掻っ攫っていくものなんだよ。騒ぐなリア充。
覚悟を決めて俺は胸骨圧迫の手をつくる。
たしか両乳…じゃなくて両胸を左右の手で――――、
「ななななな!何してるんですか!」
意識がないはずの彼女の右手が俺の左頬をぶち抜く。
脳が揺れて意識が遠のく。
これはやばい。誰か、早くAEDを…。
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