第9話『即時回復』
「『ジュラーレ』」
地面が紫に光る。地面からどす黒いドロドロしたものが吹き出しそれは丸くなったり、尖ったりを繰り返してある形に定まる。大きさはメイソンの倍、5メートルくらいだろうかかなりでかい。黒から真っ白に色も変わり毛が生えているのがわかる。手足が短い狸みたいな感じ。かわいい。
その背中に木造の現代では滅多にお目にかかれない風情のある小屋が乗っている。
これが、『風狸』。
「乗れ」
エヴァさんの指示で俺とシャーロット、フラッド、そしてニッキーを担いだヒューが木のステップを踏んで風狸の上の小屋に乗り込む。
「ヒュー、頼んだぞ」
「ああ」
俺たちが全員乗り込むとエヴァさんがドアを閉める。そしてすぐに風狸は走り出した。
「速ええ」
「この調子なら昼には王都に着くだろう」
向かいに座るヒューが窓を見て言う。
小屋の構造は立方体の中に向かい合うように木の椅子があるだけ。フラッド、俺、シャーロット、向かいにヒュー、そしてニッキーがヒューの膝枕で寝ている。硬そう。ニッキーはシャーロットの魔法で眠らされている。
結構狭いのでシャーロットともフラッドとも密着している状態なのだが――――、
そんなこと気にならないレベルで酔いがやばい。まじで気持ち悪い。
俺は小さい窓から外の様子を眺めて気を紛らわす。
「大丈夫か」
「いや、だいじょばない。シャーロット、あれやってくれ。眠らせるやつ」
「いいんですか?」
「うん、床を汚すことになる前に、早く頼む」
「わかりました。では、『ブリーズ』」
今回は抵抗する気がない分一瞬で眠りについた。
移動時間は睡眠に限る。
◇◆◇◆◇
頬にチクチクと何かが刺さる感触。肋骨が地面に押し当てられて痛い。後顔が濡れていて気持ち悪い。
そして異臭。
俺が寝ているのはベッドではない。眩しい太陽に抵抗して瞼を開けるとそこは草原。チクチクの正体は芝生。
何が起こった。
「――えっと…」
「起きたか」
俺は上半身を起こす。そこには憐れむような目線を向けるフラッド。
「ここは」
見渡すと風狸の中からシャーロットとヒューがこちらを見ている。王都であろう城壁は目で見えるとこまで来ていた。
「東イグニス街道。お前が吐いたから緊急停車だ」
「吐いてないよ」
認めたくない。
「いや、吐いてた。落ち着いたらいくぞ」
「ごめんなさい」
俺は寝ゲロしたのだ。酒も飲んだことないのに。シャーロットに引かれてるのが辛い。
芝生を叩いて立ちあがり、風狸を撫でてみる。アニマルセラピー最強。
「すげぇ、もふもふ」
「いくぞ」
「ごめんなさい」
フラッドが呆れたようにため息をつき、風狸に乗り込む。俺はそれに続く。風狸がため息をついたのが可愛かった。
「みなさんすいません」
「平気です、でも起きていてください」
「わかりました。ごめんなさい」
席順はシャーロット、フラッド、俺の順にチェンジしている。悲しみ。
窓の外が見やすくなったのでまぁよし。改めて速い。また酔いそう。
「あれが王都ですか」
「ああ、検問の準備をしておこう。みんな、これを」
シャーロットの呟きにヒューがポケットから何かを配る。俺も一つ受け取った。
金色の板に紐が通されているもの。
「エヴァさんからもらった。これ見せればなんでもできるって言ってたぞ」
「重っ」
「ランマル、無くすと大変だから首にかけておけ」
「無くさないって」
信用ゼロでまじ困る。とりあえず言われた通りに首にかけておこう。肩が凝りそうな重さ。もしやマジの金だったり?
「止まるぞ」
「うぇ?っておおおお!」
「うるさいですよ」
急ブレーキに吐き気が再臨する。まじでやばいよこれ。富士急ハイランドにあっても良いレベル。風狸がちやばい。
窓を見ると城壁が近くにある。どうやら到着したらしい。
大きなカバンを持ったシャーロットとフラッドが先に出てニッキーを抱えたヒューが次に出る。フラッドが俺が出るときにドアを閉める動作をするが膝でこじ開けて小屋から降りた。フラッドかわいくねぇぞ。
「スキンテイラからエヴァ・セルウェイの指示で来た」
検問の男にヒューが金の板を見せると男は頷いてどうぞと門に手をやる。俺たちもそれに続く。
風狸は?と思い歩きながら後ろを見るとこちらを見て「ふがぁ」ため息をつくとボンッと煙になった。
「風狸すげぇな」
「風狸を使える妖術師が現れたのは五百年ぶりらしい。戦闘には向かないが移動速度は随一だ」
「なるほど。すげぇ街だな」
城壁の中心に向けて山みたいになってるのだろう、中心の大きな城はどの建物にかぶることなく綺麗に見ることができる。権力の誇示をしているようで反感を買うレベル。それを囲うように大きな建物が並び、どんどん階級が落ちていく感じ。俺たちが入った南門と逆にある北門の外には貧民窟が広がっているらしい。
「あの城の方に向かうぞ」
「遠いですね」
「無理だろ」
この距離歩くとかキツすぎるだろ。めっちゃ風狸に乗りたい。
街の人々は長い二本のが生えた馬に乗っている。馬車みたいな感じで後ろに荷車を繋いでいるものが多い。
「あんな啖呵を切っておいて、『無理だろ』はないだろう。私とヒューは城に行く。ランマル、シャーロットはニッキーを連れて診療所で治療を受けろ」
フラッドに呆れられてしまう。
仕方ない。歩くか。
◇◆◇◆◇
「まだですかね」
「呼び行ったほうがいいかな」
あの後結構歩いてクタクタのままニッキーをヒューから引き受けて俺は診療所に到着した。
診療所としては少々派手すぎる建物。その中の一室に今、俺とシャーロット、そしてニッキーはいる。受付でうとうとしていた橙色髪の女の人に「――おぉ、患者か…。そっちの部屋でお待ち…」と言われて待つこと三十分弱。未だ誰も来ることはなかった。長距離移動の疲れのせいか無言で待っていた俺のシャーロットだったが、おかしいと気づき始めて今に至る。
「声かけてくる」
「お願いします」
俺は丸い椅子から立ちあがり伸びをしてから入り口のドアを開けようとドアノブに手をかけ、それを捻り手前に引いた。俺はこの時ドアがやけに動きずらいと違和感を覚える。
少し力を入れドアに隙間を作り覗いてみるとそこには受付でうとうとしていた橙色髪の女の人がいた。いた、というよりドアに突っかかって倒れていた。ドアストッパーみたいに。
「あ、あの」
「――――、は!患者…。今日はどんなご用件で?」
「診察を…」
「診察だね。今始めるところだったんだ今」
ドアストッパーはすっとぼけて部屋に入ってきた。頬に涎の跡がついている。そして床に散らばっていたバインダーみたいなやつと木製のボードに髪を画鋲で刺したやつを拾い上げながら口を開く。
「ワタシはアイグレー…です。えっと患者たちはどんな感じで?」
アイグレーはダルそうに話す。
「俺は打撲とその他諸々で。こちらのニッキーはちょっと精神的にやられてしまっていて…」
「わたしは記憶喪失です」
「えぇ…。面倒臭い」
すっごく嫌な反応。医者の対応としてはかなり終わってる発言。大丈夫かこの人。
「まぁなんだ、記憶喪失は専門外だけどそっちの…、そう。君の外傷ならすぐ治せる」
記憶喪失は専門外、か。やはりそう簡単にはいかないか。シャーロットも少し俯いている。
「ほいさ」
「え。治った」
アイグレーが俺の右手に手をかざすと黒かった肌は淡い光を放ち、すぐに元の肌色より白くなった。痛みも消える。
「ほいさ」
気の抜けた声と共にもう片方の手も瞬時に治ってしまった。これが治癒魔法か。素晴らしい。
「金貨一枚。あとで払ってね。そんで君は…、かなり弱ってんね、なにがあったの?」
「ニッキーさんは…、溺愛していた兄を目の前で殺されてしまって…」
アイグレーがしっかりと俺に金貨を請求し、シャーロットにニッキーの様子を尋ねる。それにシャーロットは曇らせた表情を下に向け話す。
「――それは、辛いな。眠っているのは…」
顔を顰めたアイグレーが「なぜ」と聞く前にシャーロットが答える。
「わたしが魔法で…」
「なるほど、いい判断だ。酔った時と死にたい時は寝逃げに限る」
碌でなしの発言だ。ちなみに酔った時に寝ると寝ゲロで恥を掻くからやめたほうがいい。
「治せますか?」
「いや、すぐ治るもんじゃないよ。兄の記憶を消すか、兄より大事なものを見つけるか。どっちかだね。前者は専門外。後者は魔術師に魔力なしで拳で戦えって言うようなものだ。まぁなんだ、つまりはワタシはこの娘を救えないってこと。記憶を無くすには頭のいい感じのところに衝撃を与える、とかかな」
ニッキーに兄より大事なものを見つけてもらうことは不可能のように思えるが、だといって兄の記憶を消すのはどうかと思う。彼女から兄の記憶を消すとどうなるかはなんとなく想像できる。俺の想像の中の兄を忘れ、もぬけの殻のようになった彼女は幸せとは思えない。俺は詰みだと思ったが考えればそれは当たり前のことだ。人が一人殺されていて、不利益が起こらないわけがない。実質、メイソンはニックとニッキー、両方の人生を奪ったのだ。
「普通の生活ができるようになるまでどのくらいかかりますかね」
「そうだね、まずその考えはやめた方がいい。当たり前のことだけどね、何においても被害者が何も不利益を得ないことなんてないんだ。だって被害者だからね。すぐに元の状態に戻る被害者なんて、あまり存在しないんじゃあないかな?」
アイグレーは目が冴えてきたのか、どんどん流暢になってくる。
「まぁあれだ。ニッキーさんはここにいてくれればいいさ。時間経過で良くなることとは言えないが、この状態じゃ何もできないだろう」
「いいんですか?」
シャーロットが問う。
「いいよ、金貨十枚ね」
「――はい」
アイグレーは今度もしっかりと金を請求する。いまいち俺はこの世界の金貨、銀貨の相場はわからないがここの治療費は結構お高いのではないだろうか。
「何かあったらまた来たまえ。ワタシはこれでも大抵のことなら治せる、王国随一の医者なのだよ」
すごい人だった。態度とか人間性は結構やばいところあるけど天才ってそういうイメージあるよね。
「シャーロット、治癒魔法ってどのくらい貴重なの?」
俺は聞いた。村には治癒魔術師はいなかったので、かなり貴重なのではないか。
「治癒魔法?そんなものと一緒にしないでくれるかい?ワタシのは『再生の天稟』だ。この世界に一人。生まれ持った才能。この優越感はとても良いものだ」
問いに答えたのはシャーロットではなくアイグレー。やっぱこの人ダメな人だ。
「治癒魔法と何が違うんですか?」
「『再生の天稟』。それは身体回復機能を著しく向上させるものだ。ワタシの天稟は魔力を消費しない。その上、即時性がある。一秒もかからない。つまりどういうことだかわかるかね?」
「わからないっす」
「ワタシは大抵の攻撃を、ほぼ無効化できる。たとえ首を切られても瞬く間にくっつくのだ。全身を木っ端微塵に吹き飛ばされない限り、ワタシは生き続ける」
それは木っ端微塵になるフラグなのでは?
なるほど、最強じゃないか。実質相手の攻撃をすり抜けることができる。強すぎる。
ふと、俺はとてもすごいことを思いついた。
「それは魔力でできないんですか?」
「できるにはできるさ。でもね、すぐに魔力切れを起こすよ。やはりワタシの天稟には敵わないわけだ。まぁ、魔力での即時回復を覚えて、ワタシのようになりたいのなら、いつでも教えてあげるがね」
「じゃあ、今お願いします」
即時回復に消費する魔力は傷の規模によって変わるだろうが、俺の魔力はかなり、かなり多いらしい。俺の予感が正しければ、俺も同じようなことができるのではないか。
「え、まぁいいけど。肉体強化はみんなできるだろう?その集中を治したい傷に向ける。意識だけで簡単に可能にはなるが、一つの傷を治すのにかなりの魔力を使う。燃費が悪すぎる。おすすめはできないね」
「シャーロット、ちょっと指に魔法当ててみてよ」
「え、そんな小さい的に魔法を当てるなんて無理ですよ」
「ほれ、これでやれ」
アイグレーはこちらにペーパーナイフを向ける。刃はこちらに向いている。
俺はその先端に人差し指を当てる。真っ赤に血液が指を伝って手のひらまで流れる。痛いけど我慢。
「その傷だけに魔力を送れ。一気にだ」
「――――」
俺は目を瞑り集中する。視覚を封じると、痛みが気になる。ここに魔力を――――。
じんじんとした痛み。
じんじん、じんじん、じんじん…。
じんじんとした痛みは――――、
「消えた」
血はついているが、そこに傷はもうない。成功である。魔力が切れた感じはしない。結構使えるのではないか。
「やるな貴様。正直めちゃくちゃ舐めていた。詫びよう。ごめん」
「こちらこそ、ありがとうございました。多分めっちゃ多用すると思います」
これ知っていたら治療してもらう意味なかったんじゃ…。いや、これは即時回復の受講料だと思おう。
アイグレー先生。ありがとうございました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます