第8話『三人の旅人』



「どうします、エヴァさん」


「回復し続ける体…。どうなっているんだ」


「『天稟』だろうか」


 メイソンの死体、否、ボロボロの肉体を囲むエヴァさんとヒューとフロド。


「お疲れさまです」


「シャーロットさんも――」


「呼び捨てで良いですよ」


「――シャーロットもお疲れ」


 隣でしゃがんでこちらをみるシャーロットは前より距離が近い。


「あれ、どうするんですかね」


 あれとはメイソンの処置のことだろう。


 あの後、メイソンの四肢を切り落とし藍の魔石で囲い、ヒューの剣を腹に突き刺したのだが、空気中の魔力を吸い上げ回復を続けている様子。全く恐ろしい。何すれば死ぬんだよこいつ。


「牢屋に入れるとか?」


「ドロドロ状態になったら出られちゃいますよ」


 ドロドロ状態とはメイソンが最後に見せた紫色の魔力に包まれた状態のことだろう。可愛い言い方だが、とんでもなく恐ろしかった。実際――――、


「あれはかなりやばかった」


 俺の体のあちこちで紫の魔力が触れたところが痣のようになっている。右腕なんて元の色より黒の面積の方が多いのではないかと思うほど。


「王国の治癒術師に頼めば良いだろう。メイソンもイグニス大牢獄に送ることになった。一緒に行って来たらどうだ?」


 エヴァさんがこちらにきた。どうやらメイソンの処置が決まったらしい。


「イグニス大牢獄?」


「――訳ありで死刑にできない極悪人のための収容施設だ」


「訳ありって?」


「十二紫とか天稟持ち、殺したても次が生まれるものは殺さずに閉じ込めておく」


 わからない単語は一旦放置。

 つまり、メイソンを殺すとメイソンの能力が誰かに切り替わるため生捕りにするということ。そんな危険人物を閉じ込める場所がイグニス大牢獄ということか。


「とりあえず決まりだ。出発までは俺が見ておく」


「頼んだ」


「ランマル、シャーロット、話がある」


 ヒューが見張り役に手を挙げ、フロドに呼ばれた俺とシャーロットは広場で話をすることにした。


 日が登り始めていた。


◇◆◇◆◇


「話って?」


「私たちがついている嘘の話だ」


「――――」


 俺とフロドが『旅をしている』と嘘をついているのは知っていたがシャーロットの反応を見ると彼女も例外ではないらしい。下を向いて黙りこくっている。


「まず、私はイグニスの人間ではない」


「ほう」


 腑抜けた声が出る。俺に取ってはどうでも良いことなのだ。だいたいイグニス王国とかウェント公国とか知らないし。みんな、国籍なんて関係ない。グローバルな社会を目指していこう。


「私は『アクア王国』からイグニスを滅ぼすために派遣された騎士だ」


「滅ぼす?」


「そうだ。そして名前はフロドではなくフラッドだ」


「いや、なんで滅ぼすんだよ」


 フロド、いや、フラッドのしていることは矛盾している。彼はつい先ほどイグニスの村を救ったのだ。


「命令だった。仕方なく来たが、やはり気が向かない」


「――気が向かないって…。お前は平気なのか?お国に逆らったってことだろ?」


「平気なわけがない。帰ったら死罪だろうな」


 フラッドは笑う。


「平気そうじゃんか。死ぬのが怖くないの?」


「死ぬとわかっていて、国に帰るつもりはないよ。そもそも自らの意志で騎士をやっていたわけではないしな」


「志低いな。国に帰らないならどうするんだ?この村に住むとか?」


「旅に出るつもりだ。いろんな街に行き、たくさんの人と知り合いたい」


「似合わねぇ」


 俺は瞑目し口を緩ませて優しく話すフラッドに憎まれ口を叩く。

 こんな社交的な性格だったのか。てっきりクラスで『群れてるやつはだせぇ』とか言いながらも陽キャに話しかけられたらウキウキで心躍らせて会話しちゃう系の人かと――――、いや、それは俺だ。


「私がついていた嘘だ。そして今から本当に旅人になる。君たちには、伝えておきたかった」


「なるほどわかったよ。ところで――――」


「――――」


 話の区切りがついたのを確認して俺は右に目を向ける。それを追うようにフラッドも彼女を見た。

 シャーロットは先程から一度も声を出していない。その剣呑な表情を見るに、俺とフラッドのことは今は頭にないのだろう。『嘘』という言葉にここまで過敏に反応するとは。どれだけのものなのだろうか。


「シャーロット、別にに無理して話さなくて良いんだぞ俺も話すつもりないし」


「ないのか」


「あっ、すいません。あの、今は話せないのですが――――」


 俺が冗談混じりに話しかけるとシャーロットは驚き目を泳がせる。そして――――、


「少し整理したいので今日の夜まで待っていただけますか。わたしも、話させてください」


◇◆◇◆◇


「エヴァさん、ニッキーさんは」


「――かなり大変な状態だ」


 フラッドの『ドキドキ☆勝手に秘密公開イベント☆』を終えた俺はエヴァに呼ばれ再び彼女の部屋へ。話の内容はニッキーについてである。

 かなり大変な状態。正直こんな言葉では表せないほどヤバい状態だろう。

 目の前で兄を惨殺されしばらくしてその張本人と部屋で二人きりにさせられていたのだ。あの後メイソンが何をしたのかはわからないが地獄のような時間だったことは理解できる。


「イグニス王都まで『風狸』を出す。お前も同行してくれ」


「わかりました」


 フウリってなんじゃらほい。話の脈絡から交通手段なのはわかる。


「メイソンと、俺とニッキーでしょ、俺ちょっと怖いんですけど」


「ヒューも同行させる」


「そらなら――――、え、シャーロットは?シャーロット、シャーロットは?」


「――少し気持ち悪いぞ。シャーロットは行く必要はないだろう。風狸も五人が限界だ」


「まじか」


 シャーロットの願いを叶える。それが俺の任務である。今夜それも聞こうと思っていたのだが。

 初めて女の人にキモいって言われた。結構心に来るね、これ。


「出発はいつですか」


「明日の朝だ。食費と宿代は払ってやる。頼まれてくれ」


「おぉ、それは嬉しいです。いただきます」


 そう、なんとか生きていられているが俺には家もないし金もない、おまけにこの世界の一般常識もないので普通に生きていくのすら大変なことなのだ。もしかしらメイソンみたいなやつに狙われる可能性だってある。ビアンカさん、やりすぎ。


「俺も働かないといけないのか。やだな」


「イグニスに行ったら色々見てくると良い。きっと何か見つかる」


 今までは生活費のことなど何も考えずに生きてこれた。それがどれだけ恵まれていたことか改めて実感する。

 今の自分には肩書きがない。現世では高校生とか、日本人とか猫派とか甘党とか猫舌とか猫背とか。いろんなものに所属していたが…。今では高校生という大きな肩書きを失ってしまった。俺は今何者でもないのだろう。それはひどく恐ろしいことだ思う。


「ところでお前、ランマルは何者なんだ?」


「うぇ、えっと――――」


 エヴァさんは足を組み直して肘をつき俺の顔を覗き込んで言った。ちょうど頭で考えてたことを聞かれ俺は狼狽える。


「まぁ、あれですよあれ。普通の旅人です。強くないし、ちょっと魔力が多いみたいだけど他は普通」


 真面目に答える。ボクわるいスライムじゃないよ。とふざけても伝わらないのかなぁと思うと少し悲しい。地球での身内ノリをここで発するのは控えよう。


「普通、か。そうは見えないがそれで良い」


「普通に見えないだと…」


「まず、黒髪なんて見たことなかったぞ。もう少し自信を持て。容姿も悪い方ではない」


「――――」


 嬉しいね!嬉しい(語彙力消失)。嬉しすぎて頭が嬉しくなる――――って、いや待て!待て!待て!異世界人に優しい女はいないってどっかの誰かが言ってた。陰キャに優しいギャルと政治家は信じてはいけません。男子校に通ってると頭おかしくなるんだよホント。


「――照れるな。こっちが恥ずかしくなるだろう。では明日の朝、広間で会おう。準備しておけ」


◇◆◇◆◇


 優しく吹く暖かい風が心地良い。こうしているとすぐに寝てしまえるだろう。

 誰でもできる!暇の潰し方!①寝ましょう!②起きよう!窓を開けてご覧。あら不思議。すっかり朝になっちゃった!


 エヴァさんとの話を終えた俺はブラブラと村を散策していたが、それもすぐに飽きてしまい村の角に位置する木とベンチがある小さい公園で日向ぼっこしていた。

 準備するっていってもその必要もない。唯一の所持品である魔力刀はポケットに入るサイズなので手ぶらで王都に行くことになる。まぁお金はエヴァさんにもらえるから大丈夫だろう。

 俺は目を瞑り寝る体勢に入る。すぐに眠気が押し寄せてきて頭がぼーっと…。ぼーっとして…。


「寝ちゃうんですかー?」


「ほわぁ!!」


 突然発せられた甘い声に俺はかなり驚く。甘党は甘い声に弱いの!


「ハハハ!面白いね君」


「えっと、どちら様で?」


 陽気な笑い声に目を向けると見覚えのない顔が。

 末端にかけて紫になるグラデーションのついた黒髪ボブに紫色の瞳。美人、というより可愛い系って感じの少女。年は俺と同じくらいに見える。

 胸を誇張するピチッとしたワイシャツに黒のリボン。太ももを大きく露出した黒のズボン。防御力は低そう。首から下げたコンパスみたいなものをゆらゆらと揺らしている。


「うーんと、名前は言うなって言われてるけどいいや言っちゃおう!」


「平気なんすかそれ」


「私はギル・アメシスト、だよ?君は?」


「森蘭丸です」


「おお、いい名前!強そう!」


「ありがとうございます」


 フレンドリーなギルはずっとハイテンション。


「なにしてるんですか?」


「いやあ、それが仕事なの。大変でしょ?これ見て」


 彼女は首に下げたコンパスを俺に見せる。金に縁取られたそれはお高そうに見える。


「この針が示すところに行くのが私の仕事ってわけ。そして針はこの村を指した。つまり、この村で何かある!」


「なるほど、ちょうどさっきトラブルが解消されたんですけど」


 この村にある用事。昨日のことしか頭に思い浮かばない。メイソン、もしくはそれに関係することだ。


「え!何かあったの?」


「なんか狼人間が村人の中に紛れてて、それが今朝に捕獲されたって感じですね」


 端的に話す。

 それを聞いたギルは「ほうほう」と顎に手をやり考える間を取る。立ち振る舞いの全てが大袈裟に見えるが、様になっていて恥ずかしくはならない。


「なるほどなるほど。すっごく参考になったよランマルくん。じゃあね」


「あ、はい。ギルさん?」


 じゃあね、と言ったギルの足は動かない。動いたのは右手というか右人差し指――――、


 それは俺の額に当たる。


「ではまた会おうランマルくん。『ブリーズ』」


「おい、なん、で」


 二度目の『ブリーズ』に俺の意識は遠のいていく。

 ギルは俺の頭を最後にガシガシ撫でて愉快に歩いて行った。



◇◆◇◆◇



「ランマル、起きてくれ」


「フラッドと、――――シャーロットか」


 肩をバシバシ叩かれ俺は体を起こす。外は暗くなっていた。まじかよ。俺一日寝ちゃったよ。さすが最強の暇つぶしスキル睡眠。

 眠る前のことははっきりと覚えている。俺はギルと名乗った少女と会話し、眠らされたのだ。


「話をするんだった。遅れてごめん」


 俺は状況を予測し謝る。たしかシャーロットの話があって――――、


「いやそれは後だ、メイソンが攫われた」


「――は?」


「イリス極彩国の人間がメイソンを担いで宣戦布告をしてきた」


「宣戦布告?イリス極彩国っていうのはなに?」


「イリス極彩国、イリス国とも極彩国とも言われている。犯罪組織の名前だ、国ではない。それが三日後にイグニス王家を殲滅すると」


 えっと、ギルが極彩国の人で――――、イグニス王家を殺し回ると。あの子が?


「えっと、防御を早く固めないとだな」


「いや、昨日『竜災』があって、戦力はほとんど残っていないそうだ。騎士団はほぼ壊滅状態らしい」


「かなりやばそうだけど――」


 『竜災』は災害みたいなものだろう。それで王都には戦力が残ってない。それで三日後に極彩国が攻めてくる。かなりやばい。


「あの、話をしても良いですか?」


 シャーロットは真剣な眼差しをこちらに向けてくる。俺とフロドは無言で頷く。

 

「――私はこの村に来る前の記憶がないんです」


「――――」


 声が出なかった。嘘と聞いていたためかここまで深刻な話だとは思いもしなかった。


「名前とか言語とか魔法とか。そういうことはわかるんですけど、身元とか、家族とかが分からなくて…」


「――大変、だったな」


 俺はこんな言葉しかかけられなかった自分を恥じる。


「だから、私も旅人じゃないんです」


 彼女の目は潤んでいる。

 三人とも、同じ嘘をついていたのだ。

 確かに身元を隠すためにできる一番簡単な手段は旅人を騙ることだ。この世界に身分証とかないだろうし。でも三人もここに集まるとは。何か運命的なものさえ感じる。


「だから、その、わたしは記憶を取り戻したい」


 シャーロットは言い切るとずっと入っていた力が抜けたようにボロボロと泣き出した。

 これが、シャーロットの願い。


「シャーロット」


「――――」


「俺が、その願い叶えてやる」


 その言葉は俺の本心だった。と思う。ビアンカさんの頼みでもあるが、俺は心から彼女を助けたいと、そう思った。


「私も、手を貸そう」


 フラッドも同意を示し、指輪だらけの手でシャーロットの頭を撫でる。


 記憶の取り戻し方なんて知らないし、できるかどうかも怪しい。でも、そんなこと気にしている暇もなく、俺は彼女を助けたいのだ。


「ついでに王都も救っちゃおう」


「あぁ、ついでにな」


「――ふふっ、そんな、簡単に…」


 シャーロットは涙を拭いながら笑う。本当に可愛らしいと思った。


「ありがとう、二人とも」


 シャーロットの笑顔を見て、俺も笑い返す。


 月は雲に隠れていたが、今夜は少し明るく感じた。



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