第2話『足音』
「村ねぇ。頭の中では中世ヨーロッパ風の王国をイメージしてたんだけどなぁ、まんまと外れた」
と、がっかりした風な独り言を言ったものの、俺は普通に楽しんでいた。
集落には木製の壁に藁の屋根でできた家が散在していて、それらの家を2.5メートルほどの木の壁と堀が囲っている。面積はかなり広く、真っ平らではなく盛り上がった場所もある。
その集落の門から見て一番奥には高床の大きな家がある。偉い人が住んでるんかな?
集落の外には広い草原があり、それを山々が囲っている。
山に太陽が隠れ、暗くなりつつある。標高が高いのか少し肌寒い。
これだけの情報だと異世界というより現世でのド田舎だが―――、
俺の前方の空を大きな翼で音を立てながら飛ぶ、三匹の黒い『竜』がそこが異世界であることを証明していた。
まずは世界設定を把握からだろう。
『魔法』のことや空を飛んでいる『竜』のことなど、聞きたいことは集落の住民に話を聞くことにしよう。知らない人と話すのは得意ではないのだがせっかくの異世界召喚。道を変えるのなら今なんだ。
俺はRPGをするとき村人との会話をイベントの攻略よりも優先する。まぁ、異世界召喚とRPGを一緒にするかは別として。そっちの方がより楽しめる(気がする)。
とりあえず、村には入ろう。
村の中は沢山の松明のおかげで暗いと言う印象はない。大通りを歩いていると家以外に八百屋、服屋、武器屋、茶屋などの店が並んでいることがわかる。しかし、宿泊施設の類のものは見当たらない。金がない状態は結構精神的に不安になるものだなと実感する。お父さん、お母さん。お勤めご苦労様です。
俺は挨拶でもしておけば良かったと割と真面目に後悔する。
八百屋の店の前に並んだ果物や野菜はどれも見たことがないものだった。しかし全てに多少の既視感。たくさん売れ残ったオレンジ色の果物はりんごの亜種と言われれば頷けるレベルで酷似していた。もちろん値札の文字は読めない。
服屋の前を通り過ぎようとした時、やっと自分の服装の歪さに気付かされた。
金が貯まったらここで服を買おう。周りに合わせるのが人間の群集心理であり、日本人の固有スキルである。
武器屋には剣、大剣、短剣などの剣類の他、斧や弓、棒と鉄球が鎖で繋がれた名前の知らない武器があった。
ここまでの感想といえば。
「『始まりの村』感すげぇ」
これに尽きる。
しかしどうしたものか。早くも行き詰まった。値札に書かれた文字が日本語じゃないので人と会話ができる確証がない――――いや、ちょっと待て。
ビアンカさんは日本語を話してたじゃないか!
と言うことはビアンカさんは日本人――――じゃなくて俺もこの世界で会話できるのではないか?
試してみなければわからない。虎穴に入らずんば虎穴を得ず!案ずるより産むがやすs――――、
「オマエ、見ない顔だな」
背後から声をかけられた。日本語で。男の太い声だ。これまためっちゃ太くて厳つーい声に。
そんな怖い声を聞いて実家のような安心感に浸っている自分はホームシックなのだろうか。
「だせぇ靴履いてんな!オレはメイソン、オマエは?」
急なメイソンさんの自己紹介に俺は振り向く。てかadidas馬鹿にすんじゃねえよ。
メイソンさんと名乗った男はとんでもない大男だった。身長は2メートルを超えていると思われる。鎧なような筋肉を剥き出しにした上半身に裾が乱雑に破られた黒いズボンを履いている。靴は草履のようなもの。腰には太く短い剣。彩度の低い灰色の髪をかき揚げ後ろで結んでいる。黄色の瞳。
その厳つい顔が珍しいものを見るように首を傾げて俺の顔を覗き込む。
「俺はモリ・ランマルです。旅をしてたら楽しそうな村があるもんだから少し寄ってみようと思いまして」
軽く嘘をつく。「異世界から来ました!」と書いたらどうなるのか少し気になるが面倒くさいのでこんな設定で行こうと思う。
「そうかそうか、いい村だろ!」
「そうですね。なかなか風情があっていいと思います。空気も美味しいし」
適当にベタ褒め。実際思ったことなのでスラスラと言葉が出てくる。
「だろ?オマエ気に入った!そこの店でちょいと話そうや!」
先ほど見た茶屋を指差し、大きな声でメイソンさんが言った。
「俺もそうしたいところなんですけど」
メイソンさんが再び首を傾げる。俺のポケットには財布とスマホはがある。しかし、異世界で『円』が使えるとは考えにくい。てか使えたらちょっと嫌だ。
「旅の途中で財布落としてしまいまして、俺今『文無し』なんですよ」
俺が笑いながら嘘をつくとメイソンさんも「ガハハハ」と大笑いし、ウィンクしながら――――、
「オレが奢ったるよ、ランマル」
と、俗に言う神対応をしたのだった。
◇◆◇◆◇
店内は綺麗とは言い難かった。歩くとギシギシ言う木製の床、傷だらけのボロい机。窓はどれも曇っている。天井に垂れ下がったガラスの部分にヒビが入ったランタンは淡い光を放っているが少し薄暗い。だけどあれだ、そう、風情があっていいだろう?風情っていいよね!ワビサビワビサビ。
「うまい酒二つ、あと『トゲブタ』の肉」
メイソンさんは太い指を2本立てて店員の老婆に注文した。
「俺十八なんですけど酒飲んでいいんでしたっけ?」
「大丈夫大丈夫!二十歳超えたら成年だぜ!」
「なら平気か――っておい、アウトじゃねーか」
俺がメイソンさんの冗談にナチュラルなノリツッコミをかますとメイソンさんはガハハと下品に笑う。
酒はあと二年待とう。未成年飲酒で罰金とか嫌だ。てかトゲブタってなんだ?棘なめこが想像力を邪魔する。
「ところでオマエさー、武器ひとつ持たずに旅してたのか?よく生き延びたな」
「武器は財布と一緒に落としちまったんだ。村に着いた時はすげぇ安心したぜ!そういえば魔法ってどうやって使うんだ?武器がない時に役立つと思うんだが」
「オマエどんなけドジなんだよ!魔法かー、オレには無縁だけど使い方は知ってるぜ。手、出してみ?」
「こうか?」と俺は右手を出す。
するとメイソンさんは人差し指で俺の手のひらの中心を軽く叩きながら――、
「力、入れて」
現世では手のひらに力を入れるなんて動作を意識的に行ったことは一度もなかった。そもそもできんのかと半ば疑問のままやってみる。
入った。
俺の手のひらから黒い粒が放出され、ピンポン玉サイズの球体が形成される。
「黒?」
メイソンさんは驚き大きな声で言った。奥に座ったカップルと一人のフードを被った男がこちらを向くがすぐに元に戻る。
「すごいやつなんすか?色は属性って認識でいいんですか?あとこれ魔法使えてます?触っていいっすか?」
俺は興奮を抑えきれず、質問を連発してしまう。
「触るな!指を無くしたくなきゃな。黒は見たことねぇだけだ。あんま人に見せるな。後、それは魔法じゃない。ただの『魔力放出』だ」
「魔力放出?俺魔法使える?」
「自覚がねぇなら使えねぇってことだな。普通、魔法使いなら、物心つく時には無意識にわかるもんなんだよ。オレもオマエもそれがねぇってことは、魔法を持ってねぇってことだ。まぁ、後から授かるヤツもいないわけじゃねぇが、滅多にいない」
「まじ、か」
俺は手のひらの力を抜く。
すると、黒い球はすぐに霧散した。魔法使えないんかよ。
「でも安心しろ、魔力の使い道は何も魔法だけじゃねぇ、オレは肉体強化につかってる。腕を強化して、敵をコイツでぶった斬る」
メイソンさんは腰の剣を指差して俺を安心させた。本当に良い人だと思う。
そこへ――、
「待たせたね、トゲブタ肉と、酒2つ」
老婆が木製のジョッキ2つと肉、ナイフとフォーク、それから平たい皿2枚を置いて店の奥へ戻る。
『トゲブタ肉』と呼ばれたそれはゲームで出てくる『ケモノ肉』に近い。太い骨がありそれを肉が囲っている形。それに醤油?ベースのタレがかかっている。とても美味しそうだった。
「食うか!」と言いながらメイソンさんはナイフでトゲブタ肉を切り刻む。
慣れているようで、肉はあっという間に二等分されてしまった。そしてメイソンは皿に分けた片方を俺に渡す。
『トゲブタ』がなんなのかわからないがメイソンさんが美味しそうに食べているので俺も肉をフォークで食べる。
うまっ!
現世じゃ滅多に食えないレベルのジューシーな肉。フォークが止まらない。
「気に入って何よりだ!」
「メイソンさん」
「なんだ?」
「まじでありがとうございます。この恩は忘れません」
「別に返さなくてもいいけどよ、返してくれるってんなら期待することにすっか!」
酒が回り、顔を赤くしたメイソンさんが笑って言った。
俺たちはしばらく肉を食べながら楽しい会話を続けていたが、俺はあることに気づいてしまう。刹那、思考が恐怖に飲み込まれる。
奥に座った一人の男がこちら、というか俺を睨み続けているのだ。
◇◆◇◆◇
俺は独りで宿を探して歩いていた。
あの後、俺はできるだけ早く『あの男』の視線から逃れるため会話を減らし、また明日会うと言う約束をして店を出た。幸い俺が店を出ても、『あの男』が追ってくるようなことはなかった。
店を出るとき、メイソンさんから「泊まっていくか?」といわれたが、一人暮らしと言っていたので俺は断った。その代わりに銀貨を二枚渡され、「東の方に赤い屋根の宿がある」とだけい言われた。メイソンさんのことなので、もし俺が「泊まる」と言ったらベッドを俺に貸し、「床で寝る」などと言いそうだ。
メイソンさんと別れるとき、「シャーロットって知ってますか?俺の同い年くらいの女の子なんですけど」と尋ねたが、メイソンさんは首を横に振った。
村は真っ暗だった。ほとんどの家が灯を消していて、建物のボロさもあり、少し薄気味悪い。道には50メートル先くらいに松明がかかった街灯がある。その街灯おかげで俺は歩くことができた。
メイソンさんの話によると正門は北に位置していて、メイソンさんの家は西にあるとのこと。
不意に、周りに人がいるか確認する。
前方にこちらへ向かってくる人影がある。かなり遠くてよく見えないが、フードをかぶっている。茶屋と逆方向なので先程の男ではないことはわかる。別に襲われたりはしない、よな?
俺はため息をつき、下を向いて歩き出そうとした瞬間――――、
足音が聞こえた。
テク、テク、テク、テク。
俺の前を歩いている人間のものではない。その音は後ろからこちらへ向かってくる。
テク、テク、テク、テク
だんだん足音が大きくなる。
俺を狙ってる?
俺は歩く速度を上げる。
向こうも歩く速度を上げる。
テクテクテクテクテクテク
怖い。
足音が自分を狙っているものだと確信した。
背中は汗でびっしょりになっていた。
俺は走り出した。
続けて足音も走り出す。
ドッドッドッドッ
振り向くか?
ドッドッドッドッ
怖い、怖い、怖い、怖い。
前に人がいることをを思い出した。
人影はこちらを気にしていない。下を向いている。
ドッドッドッドッ
音は接近してくる。
このままだと――――、
殺される。
そんな確信があった。
俺は咄嗟に叫んだ。
「にげろおおおおおおお!」
対象は前方の人。
俺は勇気を振り絞り後ろを振り向く。
俺が振り向くと暗闇の中に浮かぶ二つの黄色の瞳がこちらを見ていた。
殺意が籠った瞳だった。距離は15メートルほど。
松明があれば対抗できるかもしれない。
俺はダッシュで街灯まで向かい、左足で踏み切る。
渾身の力を振り絞ったジャンプ。
「届けぇええ!」
俺の右手が松明に近づく――――、
しかし、
――――届かない。
「くそっ!」
バランスを崩し後ろを向きながら着地する。
黄色い瞳、否、巨大な灰色の『狼』は俺に飛びかかり爪を振るう。
もう死ぬのか。
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い!
俺の頭は恐怖に支配されていた。まともな思考ができない。
狼の爪が俺に触れる瞬間――――、
「ソウ・イグニート」
聞き覚えのある声と共に真っ赤な炎の波動が狼に襲いかかった。
「――――ッッ」
俺の目の前で狼が唸り声を上げる。
狼は炎の波動が放たれた方向を見ると、暗闇の中に消えていった。
◇◆◇◆◇
「あ、ありがとうございます」
俺はまだ何が起きたのかよくわかっていなかった。しかし、目の前の黒いローブの人物に助けられたことは誰の目からもわかる。
「『にげろー』って言ってくれましたしね、こちらこそありがとうございます」
女の声だった。やけに聞き覚えのある声。
少女がフードを上げ、顔を見せた。
松明の光が彼女の顔を照らす。
腰まで伸ばした白髪と奇妙な程に整った顔。真っ黒な瞳がこちらに向いている。年は俺と同じくらいか、もしくは少し上か。紛れもなく美少女。
「わたしはシャーロットです。怪我はありませんか?」
暗闇の中、俺の知っている少女に酷似した人物は『シャーロット』と名乗った。
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