第3話『昨晩のこと』
「俺はモリ・ランマルです。怪我は大丈夫。手のひらを少し擦りむいただけですね」
俺は手のひらを確認しながら話す。
双子?
顔は全く同じである。服も現世で見た黒いローブ。相違点を無理やり探すなら、シャーロットはビアンカさんより少し幼く見えることぐらいか。
「そう、よかった。治療は必要ないみたいですね。それより、こんな夜中に何をしていたんですか?」
シャーロットは顎に手を当てて俺の顔を覗き込む。少し、鼓動が早くなる。話し方はビアンカさんと違うことがわかった。同じ顔をしていても同じ相手と話している気がしない。
「夕飯食って宿に向かって歩いてたとこです。そしたらさっきの狼に襲われてあなたと出会いました。シャーロットさんは?」
「――――わたしも旅をしていて、ここで宿を探して…」
少し躊躇ったように間を開けてから目的を告げるシャーロット。なんか引かれた?嫌われるの怖い。ただでさえ女の子に嫌われるのはかなりダメージなのに、ビアンカさんからの任務もこなせないのはやばすぎる。
俺がそんな心配をしていると――――、
『ぐう〜』
シャーロットの腹の音が思考を遮った。
彼女は頬を赤くし恥ずかしがっている。可愛らしいその顔はコンビニで手に触れられて驚いているビアンカさんを思い出させた。
「うまい茶屋知ってるんでどうですか」
さきほどメイソンさんと食べた肉を思い出しながら自慢げに俺は言った。初めて女子を飯に誘った。
「案内、お願いできたりします?」
恥ずかしそうにシャーロットは上目遣いで案内を頼むシャーロット。流石の異世界人でもこれを断れる男なんていないだろう。
「もちろんです」
俺はキメ顔でサムズアップ。
「じゃあ、護衛は任せてくださいね」
シャーロットは可愛らしいウィンクをしながら俺の真似をしてサムズアップ。男なのに情なすぎる俺。
俺はシャーロットを連れ、歩いてきた道をそのまま引き返した。
◇◆◇◆◇
「美味しいお酒と『トケブタ』の肉、お願いします」
先程の老婆が笑顔でシャーロットの注文を聞いていた。メイソンさんとは違い上品に注文するシャーロットはとても愛らしかった。
店に入る前、フードの男のことを思い出し、かなり不安だったがそれは杞憂だったようだ。
奥に座っていたカップルもいなくなり店内には俺とシャーロットと老婆しかいなかった。
注文を聞き終えた老婆が柔らかい声で「はいよ」と言ったあと厨房へ戻ろうとしたその時、
「おばあさん」
シャーロットが老婆を呼び止めた。
「この村の中に大きな狼がいたんです、今夜は外に出ない方がいいかもしれません」
シャーロットは老婆に忠告する。しかし老婆は少しも驚かない
「知っとるよ、もう70年もこの村にいるんだ」
「結構頻繁に来るんですか?」
俺も話に参加する。
「そうだね半年くらい前からかな。ここ10日くらいは来てなかったんだがねぇ」
「あの、差し支えなければお聞きしたいんですけど…、お亡くなりになられた人っていたりしますか?」
「ああ、村一番の魔法使いがやられた。村で戦えるのなんて私と村長、メイソンのほかに5人もいないのさ」
悲しそうな顔をしながら老婆が言った。
「おばあさんも戦えるんですか!?」
「魔法を少しだけね。『魔女サリー』なんて、若い頃は言われてたっけねぇ」
老婆、サリーはそう言うと、店の奥へ戻っていった。
◇◆◇◆◇
料理がテーブルに来てからのシャーロットは人が変わったようだった。
細い体にもかかわらず、俺とメイソンさんが半分にして食べた『トケブタ』の肉を一人で完食した。一体あの細い身体のどこに入っているのだろう。
「よく食べますね」
「そうですか?あたりまえですよ」
私は不思議でたまらない、
少女にきいても笑ってて、
あたりまえだと、いうことが。
「――おいし」
初めは恐る恐る酒を口にしていたが、飲めるものだとわかるとがっつき始めた。なんかネコみたいだね。
シャーロットは顔を真っ赤にして、口に泡をつけながらジョッキに入った酒を一気飲みする。俺は一度止めたが、言うことを聞かないので黙って見ていた。
『シャーロットという君と同い年くらいの少女の願いを叶えてあげてほしい』
「シャーロット、なんか叶えたい願いとかある?」
俺はビアンカさんとの約束を思い出し疑問を口にする。
しかし――――、
「ら、ランマルくん、ランマルくんは飲まないのですか?」
質問への応答はなかった。しかも羅列が回っていない。完全な酔っ払いだ。
明日また聞こうと俺はきめる。
――そろそろ止めたほうがいいよな…
「シャーロットさん、もう出ましょう」
「え、あ、まだ飲みたいのですが、あ!まってください」
シャーロットが立ちあがるもふらついていて危なっかしい。そのまま俺に寄りかかるシャーロット。ああもうなんだこの娘。可愛くて嫌になる。
このままじゃ宿に向かうことができないので俺は背中にシャーロットをおぶる。
「え、ランマルくん。歩けるので平気ですよ」
口だけは抵抗するものの、酔い潰れているので体は言うことを聞かないらしい。俺はため息をつく。
彼女の体は軽く、特別力持ちではない俺でも簡単に持ち上げることができた。
メイソンさんが言っていたように身体を魔力で強化すれば、岩でも持ち上げられるのだろうか。
「――酒癖悪いとかもう少し終盤になってから知りたかったよ」
俺は戯言を言いながら会計へ。サリーさんが出てくる。
「銀貨2枚ね」
「おーい、シャーロットさーん。銀貨二枚、ありますかー?」
「――――」
返事がない。ただの屍系美少女のようだ。シャーロットはぐっすり寝ている。寝顔はとても可愛い。
俺はポケットからメイソンさんからもらった二枚の銀貨を出してサリーさんの手に一枚二枚と順番に銀貨を差し出す。
しょうがない、命を救われているのだ。こんなんじゃ返しきれない借りがある。野宿くらい現代日本人でもできる。
サリーさんは銀貨を受け取ると、
「確かに。あ、少し待ってておくれ」
「はい?」
俺に待っていろと言い残し、厨房の方へ歩いて行く。サリーさんは奥の方で戸棚の中のかごをガサゴソと漁り、あるものを取り出すと帰ってきた。
「持ってきな。あんた武器も金もないだろう?」
「なんですか?これ」
サリーさんがくれたのは剣の持ち手部分、柄だ。高く値がつくのだろうか。
「『魔力刀』だ。昔拾ったんだが使う機会がなくてな。あんた魔力量はかなり多いから使えると思うんだ。持っていってくれ」
「なるほど。ありがとうございます」
俺は剣の柄、『魔力刀』をポケットに入れる。
よくわからないがかなりレアなものなのではないだろうか。
「気をつけな。その娘、守ってやるんだぞ」
「りょーかいです。ありがとうございました」
俺は笑顔で返しとシャーロットを背負って茶屋を出た。
◇◆◇◆◇
「つきましたよ、シャーロットさん」
赤い屋根の建物、探していた宿屋に俺はたどり着くことができた。途中夜道が怖くてガクガク震えてたのは内緒。
「――ここは…、宿屋…ですか?うっ、わたしとしたことが、飲みすぎてしまったようです」
俺はシャーロットを下ろし自立させる。
「飲み過ぎなんですよ。財布出せます?」
「――うっ、はい…。いくら、ですか?」
「ごめんなさい、文字は読めないんです。これなんて書いてあります?」
八百屋の時と同じ種類の文字だ。この世界に来てから文字が読めなくて苦労をしている。
まず、茶屋でのことだが注文が読めない。それから宿屋の看板の文字が読めなくて、入るのに戸惑ってしまった。窓を除いて宿屋だと判断したが、一歩間違えれば不審者。あとで勉強しよう。
「ぎんっ、銀貨3枚ですね…」
「銀貨3枚――って!メイソンのやつ!足りねぇじゃん」
メイソンさん…。マッチョなドジっ子、誰得だよまじで。
シャーロットはポケットに手を入れ、財布を探している。
今はもう寝ているのか受付のいないカウンター、綺麗とは言い難い白一色のベッドが6つ。奥の扉の向こうからいびきがする。店員が寝ているのだろう。
「お願いします」
シャーロットはそう言って財布を俺に渡す。財布というか大きな革製の巾着のようなものだった。
信用されすぎだろ俺。てかこれ財布?重たっ!
こんな大きな巾着がズボンのポケットに入るはずがない。魔法の類のものだろうか。
シャーロットの財布を開く。
俺は絶句した。
シャーロットの財布の中にはざっと数えて100枚を超える金貨、銀貨が輝いていた。金持ちか…。
ますます謎な人だ。
宿屋の支払い形式はセルフだった。治安がいいのだろう。
シャーロットの財布から銀貨を3枚取り出しガラスでできた瓶にそれを入れた。
俺は支払いを終えたあと、ふらふらして目を擦りながら歩くシャーロットの手を引きベッドまで誘導する。
シャーロットはローブを着たままベッドに倒れる。
「ありがとう…ございます」
「おやすみ、シャーロットさん。俺は文無しだから体育座りです。朝礼で寝るのは得意だったから気にしないでください」
俺はシャーロットに布団をかぶせ、ベッドの側面に寄りかかった体勢で座る。
異世界、楽しいな。
たくさんの未知との出会い。かなり、と言うか人生で一番怖い思いもしたけれどなぜだか嫌な気持ちじゃない。先のことは全く予想できない。不安もあるけどなんとかやっていける気がする。
俺はシャーロットの満足そうな寝顔を見る。
「俺も寝るか」
俺は目を瞑り今日あった出来事を思い出しながら夢に落ちていった。
◇◆◇◆◇
ギシギシと音をたてる宿屋のドアの音が俺を起こした。
――寒っ…
冷たい空気が強引に俺から眠気を引き剥がし、すぐに意識を現実へと戻した。
「夢じゃ、ねぇよな」
現世ではまだ夏で夜も暑くて眠れないくらいだったのだが、異世界にきてからとても寒い。
外はまだ暗い。
音のなる方を見ると人がいた。銀貨を瓶に入れているので宿泊客だ。
ただの宿泊客なら俺はもう一度眠りにつくことだったのだが――――、
見覚えがあった。
話したこともないのにやけに印象に残っている男だ。
俺は息を呑む。見なかったふりをして寝てしまいたい。
そんな願いをすぐに打ち砕かれた。
「君は――――」
男は俺に気がつくと声をかけてきた。
「なんでしょうか」
俺は小声で返す。寝ている客もいるので起こさないためだ。
「話がしたい。ついてきてくれ」
拒否できるような状態ではなかったので俺は恐る恐る男についていった。
◇◆◇◆◇
「なんですか、話って」
早速俺は切り出す。茶屋で俺を睨んできた印象しかないので沈黙が長く続くのは恐ろしい。
「君は何のためにこの村に来た?」
すぐに質問がくる。爽やかだが、威厳のある声だ。思わず俺は息を呑む。
それは村の前に転送されたから。というのが真実。果たしてこれを言って良いのだろうか。
答えは否である。逆の立場になって考えればわかる話だ。
問い、街を歩いていたら一文無しで弱そうな宇宙人と出会いました。宇宙人はどうなるでしょう。
答え、写真を撮られてネットで話のネタにされた挙句、研究室かなんかに送られて酷い目に遭わされるだろう。少なくとも、「あぁ宇宙人さん。どうか地球を楽しんでいってください」なんて展開はありえない。
以上より最善の返答は――――、
「旅をしてたんです。荷物とか色々無くしてしまったんでしばらくはここにいる気でいます。ところで何でそんなこと聞くんですか?茶屋でもめっちゃこっちを見てましたし」
嘘×質問で優位に立つ。
咄嗟にできた俺かなりすごい。我ながらあっぱれ。
「私は君が嘘をつくことを咎めることはないが、君が嘘をつく限り私は答えるつもりはない」
まんまと見破られた。ムカつくやつだ。
「では何の用ですか?」
「敬語は不要だ。立場も年齢もさほど変わらないだろう」
「じゃあ何の用?てかフード外してくれよ。顔見えないの怖いんだけど」
タメ口の許可が降りたのはでかい。さっそく命令してみる。
男は全ての指に指輪がついた右手でさっとフードを外す。
水色の髪に青空のような瞳。惑うことなきイケメンである。身長は俺より10センチほど高く、アホほどスタイルが良い。暗さのせいで先程まで気づかなかったが、すらりと細い長身の腰元には騎士剣があり、左手はその剣の柄に置かれている。
「私は君に忠告をしようと思い、君を呼んだ」
「忠告?」
「武器も金もない状態でこの辺をうろつくのは自殺行為に等しいだろう」
「え?」
突然男に心配され出し俺は驚く。メイソンさんとの話を聞いていたのだろう。
「でも、武器はさっきゲットしたぞ。使い方わからんけど、これ」
ポケットから魔力刀を取り出して男に渡す。
「――魔力刀か。使い方は簡単だ。握った状態で魔力放出」
男は魔力刀を前に向け、説明を始める。
握られた柄が一瞬光ったかと思うと、『青の刀身』が現れた。淡い光を放っていてとてもかっこいい。
「とても質が高いものだ。どこで拾った?」
「さっき茶屋の店主にタダでもらった」
「本当か…?まぁいい。大事にしろ。」
「そういや、俺はモリ・ランマルですけどあなたは?」
魔力刀の説明を聞いた俺は男の名前を聞いていなかったことを思い出し質問する。自分から名乗るのは常識ですよね。
「――フロドだ。呼び捨てで構わない」
「へぇ」
かっこいい名前。ランマルの方がいいけどね。少し間があったのは気にしないでやろう。
「ランマル、これを」
そう言ってフロドは俺に小指に嵌めていた指輪を渡す。
「え?あの、俺は別に悪いとは思わないけど、俺は女の子が好きかな。別にいいと思うけどね俺は」
「違う。誰が君にプロポーズなんてするものか。この指輪は君の身を守ってくれるだろう。外さないでいてくれ」
俺の身を守る?って、その前にかなり酷いこと言われた気がする。
「あぁ、わかった。ありがとう」
「用は済んだ。夜分にすまなかったな。また会おう」
「お、おう。またな」
また、というのがいつになるかわからないが返事をしておく。
先程金を払っていたフロドは「すこし夜道を一人で歩く」とか言って、道を歩いていった。
フロドの印象は茶屋で見た時とはかなり変わった。異世界に来てからやたらといいやつに出会うなと俺は思いながら、宿屋に戻った。すっかり眠気は覚めてしまった。
◇◆◇◆◇
フロドとの密談を終え、俺はもう一度眠りにつこうと思い定位置で体育座りをして目を瞑る。
「へっくしゅん!」
『私は思わずくしゃみをした』
音量を最小限に抑えたくしゃみだったが、それでも事態は起きた。
突然俺の頭に柔らかい感触。
手だ。
「風邪ひきますよ?入ってください?」
後ろを見るとシャーロットが毛布をあげてスペースを開けていた。くしゃみで起こしてしまったのだろう。
シャーロットの頬はまだほんのり赤く、酔いがまだ覚めていないと思われる。かなり色っぽくて焦る。
いやいやいやいやダメでしょ。
「シャーロットさん。ダメですよ。ドリンクバーとかもそうでしょ俺の分の金払ってないんでダメなんです。あと普通にアウトです、流石に。まだ夜なんで寝ててくださいっておい!」
『万有引力とはひき合う孤独の力である』
シャーロットの細い右腕が俺を抱き上げ布団の中に無理やり押し込んだ
近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い!
『人類は小さな球の上で
踊り起きそして働き
ときどき火星に仲間を欲しがったりする』
これはアウト。火星じゃないし。異世界だし。
魔法の実力は狼の件でわかっていたが、ここまで力持ちだったとは。これぞ異世界。そのうち巨大な虫とかもでてきそう。
目の前にシャーロットの顔がある。
彼女はもう目を瞑っていて気にしている様子もない。
息が顔にかかる。
シャーロットの細く白い髪の毛が頬をつく。
俺は理性を保つため、シャーロットと反対の方向を向こうとしたのだが、そのとき――――、
「もう、じっとしていてください。――――『ブリーズ』」
刹那、俺の意識が遠のく。
シャーロットは魔法を使い、強引に俺を眠らせたのだった。
◇◆◇◆◇
声がする。
それも一人の声じゃない。聞いたことない声だ。
「「「起きろー!!」」」
目が覚めた。
目の前にシャーロット。とても近い。
しかし、そんなことを気にしている余裕はない。
「「「起きろー!」」」
村の住民の声か。
深刻な感情を孕んだ声は寝起きの悪い俺にもこうかはばつぐんだ!
俺はシャーロットの肩を軽く叩く。
「シャーロットさん、起きてください。なんかハプニングが起きたみたいです」
俺はシャーロットに肩を貸して宿屋を出る。
「ハプニング!?な、何をしたんですか!ランマルくん!」
布団で体を隠すシャーロット。
「何もしてません!てか、早く起きてください!」
「こっちだ!」
知らない男、村の住人が手招きして二人を呼んだ。
◇◆◇◆◇
俺は目を擦っているシャーロットを連れて男へついて行くと、そこは村中央の広場。花壇で囲まれていて、店もたくさんある。
五十人ほどの村の住人が集まっている。男が多い。家庭のお父さん枠が集まっているのだろうか。
その中にメイソンさんとフロドを見つけて会釈をしておく。
「皆のものよく聞け!」
凛とした女性の声。
声の方向を向くと凛々しい顔の茶髪の女性が立っている。村長だろうか。
俺はその茶髪の女性が放つ圧倒的な存在感からそう判断した。
「昨晩のことだ」
皆は息を呑む。
「茶屋の店主、サリーが狼に喰われた」
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