壮大な設定とは関係なく、萎びたお姉さんが屋台でお姉さん方に癒される話
相模茄子
壮大な設定だけある中で、社会に疲れ切ったお姉さんが住宅街のおでん屋台でお姉さん方に癒される話
週末、平日よりは込み合っていない電車の中で私は静かに深く、それはもうふかーくため息をついた。
20時を迎えるだろう時間帯。終電はまだまだ先で車内にはまばらにしか人がいないような中。
社会人3年目になってもまだまだ仕事には慣れなず、日々お父さんの偉大さに感謝と仕事に心を追い込まれているところだ。
都会への憧れは1年目には慣れに変わって、いつもの間にか見慣れたものになってしまった。
休日出勤なんて絶対にしないって決めていたのにな、お客様都合からは逃れられなかった。
ワイヤレスイヤホンからは1世代前に流行ったボカロ曲が流れている。流行した当時の学生時代の思い出に浸って、大学生時代は良かったな、戻りたいな、なんて考えてしまう。
心が乾燥している。代り映えのしない毎日。
今朝友人から届いた結婚式の招待が、私の心に棘として深く突き刺さっているみたいだ。
好きな人だった。その人の結婚の知らせをDMで聞いて、おめでとう、と心の底から思えただろうか。
文字だけの温度を感じないやり取りをして、そう、今日は仕事があるんだ、なんて家を出た。
電車が私を職場から遠ざけて、何の感慨もないまま一人暮らしの家の最寄り駅まで運んでいく。
何気なく顔を上げて窓の外に目をやると、間もなく駅に着くのだろう見覚えのある住宅街が目に入る。
ぼーっとそのまま視線を上げていると、見覚えのある景色に違和感を感じた。
一瞬だったのでそれは私の見間違いだったのかもしれないけど、どうにも気になるものだ。
――屋台?
既に通り過ぎてしまったので見返せないが、電車が通り過ぎた車通りに提灯を下げて、屋台のようなものが1台停まっているように見えた。
割とどこにでもあるような車通りで、すこし繁華街にも近いそこは普段からあまり人の行き来がない私の家の近くでもあった。
昔の刑事ドラマとかで見たような、ラーメン屋さんやおでん屋さんの屋台のような。
そんな見た目のものが見えて、無性に気になった。
おなかが減っているのもあるが、小さなころにアニメで見たそれは一度訪れてみたい魅力がある。
誰もが思うのじゃないだろうか。
仕事の帰りに、屋台のおでんと日本酒で一献きゅーっとやってみたい、なんてことは。
ぐぅっとおなかが鳴るのと、電車のアナウンスが間もなく最寄り駅に到着することを告げたのは同時だった。
今日は私、冒険したい気分なんだ。
お酒だって吞みたいんだ。
私は鞄を改めて肩に掛け、先ほど見えた通りを目指すのだった。
――――
いらっしゃい。なににしましょう。
きっとこういう風に声を掛けてくるんだ。絶対にそうだ。
屋台を見た通りは家の近くでもあったので、すぐに解った。
遠目から見えるそれにお客さんは1人しかいないようで、提灯には『おでん』と平仮名で踊るような文字が書かれている。
これ、すごい。
近くまで行くとお出汁のいい匂いがしてくる。
どきどきしながら暖簾を潜ると、やっぱり思い描いていたような、ザ・屋台のおでん屋さんがそこにはあった。
「いらっしゃい。」
ただし想像していたようなおじさんの店主ではなく、外国人の女の子だったのだけど。
にこりと笑った顔に花が開いているように幻視した。
ま、まぶしい……!
金髪で青い目の、めちゃくちゃ可愛い子だ。
北欧系なんだろうか、金髪に見える提灯の明かりできらきらとしているそれは、きっちりと後ろに結って大部分を割烹に隠している。
「どうぞ、お座りください。」
流暢な日本語なので暖簾を潜らないと全く分からなかった。
驚きを隠せずに、でも体はその子が勧めてくれるがまま椅子に腰かけ、差し出されたおしぼりを受け取る。
「あれー。おねえさんが増えたぁ!」
隣のお客さんがカウンターに寄り掛かりながらトロンとした目でこちらを見て、その手に持ったお猪口をくいっと飲み干す。
私の他のお客さんは一人で、薄着の女性だった。ぱっと見た印象は私より少し年上だろうか、金に染めた頭髪とピンクの爪、赤い縁の眼鏡が良く似合う、かわいらしい女性だ。
もう結構出来上がっているのか、カウンターには徳利が2つ転がっていた。
「なににしましょうか。」
同じセリフでも、こんなに印象が変わるのか。
イメージしていた通りのセリフなのに、外国のお姉さんが言うと異世界に迷い込んでしまったのかと錯覚する。
どうしてこんなに緊張してしまうのか。
「あの、屋台初めて来たんですけど。なにがおすすめでしょうか。」
知らないことは聞くに限る。
元々用意していたセリフをつっかえつっかえ、何とか出してみると、屋台のおねえさんはにっこりとこちらに目を合わせながら笑って少し説明してくれた。
私はそれを一生懸命聞いていたが、そんな様子が可笑しかったのか途中、隣の席のお姉さんがクスクスと笑いだす。
馬鹿にされたとは思わないが、気恥ずかしくなってカーッと顔が熱くなった。
「アカネさん。他のお客様に絡まないでくださいよ。」
「ごめん、ごめん、なんか可愛らしい子が来たからさぁ!」
ごめんね、なんて言いながら片手で謝るジェスチャーをされる。
こくこくと頷くと、お姉さんが自分の前に置かれた皿を箸ごと、カウンターの上を滑らせてくる。
「よかったら私のおすすめ食べてみてよ。奢るからさ。」
お皿には大根と卵、ちくわにこんにゃくと白滝が入っている。
皿の端にはからしが付けられてる。まだ手を付けていなかったのか、からしも混ざっていないしおでんからはホカホカと湯気も立っていた。
口の中でもごもごとお礼を言って、お箸を握ってみる。
人の好意は受け取るものだ。変に断るよりも、私は今日冒険したい気分なんだ。
まず大根をお箸で割る。
じわーっとお出汁が染み出してきて、お皿に溢れていくのが見える。
そのまま小さく割って、一口分をふーふーしてから口に運ぶ。
口の中に広がるお出汁の味、香り、全部がすごく好きだ。
感動的だ、コンビニのおでんも好きだけど、やっぱりお店のものって違う!
元々空腹だったのもあるが、やっぱり想像通り。一味違ったものを感じられた。
「いい顔するねー! それとさ、やっぱおでんにはこれっしょ!」
言いながらお姉さんが、自分が飲んでいたお猪口を私に差し出してくる。
お猪口の縁に紅が付いているのが見えて、ドギマギしながら、それを避けて一口頂く。
言葉にならない感動が体中を満たした。
んーっ!!
お酒は元々得意じゃないけど、口に含んだそれはすっきりと飲みやすくて、喉を通るとかーっと熱が伝わって気持ちいい。
顔をきゅっとして、感動に浸っていると屋台のお姉さんからも、くすくすと笑われてしまった。
「おいしいですか? よかったです。」
ここ、すごい好きかも。
きれいなお姉さんに囲まれて、おいしいおでんと日本酒を頂く。
私はすっかりここが気に入っていた。
――――
トロンとした目で、スーツの女性はすっかり出来上がった様子でおでんを口に運んでいた。
私は幸せな気分になりながら、カウンター越しにその人を見てよかったらもう一献、なんて言いながらまたお酒を勧める。
人が良いのか、その人はふにゃりという擬音が似合う笑顔で、ふわふわした調子でお礼を言ってそれを受け取った。
――ええええええと。あの、はじめてで……。その、おすすめ、そう……。あの……。
しどろもどろに声を出していた様を思い返す。
――うわ、おいしぃ……!
いちいち声に出して、揶揄われている様子を思い返す。
小動物のようにおびえながら入ってきて、少し揶揄われながら勧められたお酒を飲み、すぐに顔を赤くし始めた。
ここまで簡単に引っかかってくれて大変嬉しく思う。
屋台のセットが無駄にならなくて済んだ、という安堵と、今この時を迎えるまでに行っていた様々なアピールを思い出す。
最初は最寄りのコンビニだった。
いつもばらばらの時間に来てお弁当を買っていくので、顔を合わせるのが大変だった。
こちらの方をちらりとも見ないで、小さな声でお礼を言ってから退店していくので、これじゃあ繋がりを求めることは出来ないと別の案に切り替える。
次に隣に引っ越した。
お引越しのあいさつをしたかったが、結局一度も呼び出しに応じてくれなかった。
こちらがドアノブに掛けた洗濯洗剤のご挨拶は、ドアの前に掛けられたお蕎麦とお手紙で返事が来た。
同じ職場に勤めることなんかも考えたが、とある事情からそれは断念し、なんとかこの目の前の人と知り合いになりたかった。
日々頭を悩ませていると、彼女の好きだった刑事ドラマが昼の時間に再放送されており、その中にでおでんの屋台の店主と親し気に話をする主人公を見た。
あまりこれだ、というアイデアもなかったので、同僚を誘って手慰みに待ち伏せしていると簡単に吊り上げられてくれたのだ。
普段は警戒心が強いくせに、どうしてこんなことで引っかかってくれたのだか。
私は逸る心を抑えて、ゆっくりと彼女に近づいていくのだった。
――――
書きたかったことが掛けたのでヨシ!
もし続きが書きたくなったらまた単場面だけ切り取って書くかも。
以下は考えていたけど長くなりそうで盛り込めなかった設定↓
・疲れ切ったお姉さん
地球防衛軍所属の隊員。
普段はわりときりっと仕事をしているが、イレギュラーな出来事に弱い。
大学の時に好きだった人も女性。
・屋台のお姉さん
地球を脅かす宇宙人。
お姉さんのことが気になって、取り込もうとしている。
・屋台のお客さん
宇宙人の同僚。
恋とか愛とかにうつつを抜かしている昼行燈。
壮大な設定とは関係なく、萎びたお姉さんが屋台でお姉さん方に癒される話 相模茄子 @toris_sagami
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