第3話「ようこそ死に残り村」

 「っはぁ、はぁっ……」


 少女の先導について行き必死に走り続けると、開けた場所に出た。

 先程までは見えなかった満月の光が、行く先の道をうっすら照らしている。

 

 後ろを振り返れば、先ほどの巨大魚は追ってきてはいなかった。

 俺の左腕を食い散らしている時に見失ったのだろうか。

 

 「うん、無事に逃げ切れたね!」

 

 腕の囮作戦の言い出しっぺは変わらない口調で言い切った。

 いや、確かに一歩間違えれば魚の餌になってた事を考えれば被害は少なかったのかもしれないが。


 「腕一本無くしてるのは無事ではないだろ……」

 「大丈夫大丈夫!ゾンビなら3、4日もすれば新しく生えてくるから!」

 

 いくらなんでも生命力が高すぎやしないだろうか。

 俺はゾンビというものの逞しさを侮っていたらしい。


 少女の案内に沿って、また歩き始める。

 

 「何にせよ……助かったよ。ありがとう。俺は奥山桐路っていうんだけど、なんて呼べば?」

 「私のことはハルナって呼んで!桐路、トージ、ね!覚えた!」


 名前呼びするのはあまり慣れていないため少しこそばゆい感じを覚えるが、名前呼びされるのは妙な安心感があった。


 そしてさらに気になったことが一つ。


 「そういえばハルナさん、さっきの口振りでも思ったけど、俺以外にも……ゾンビっているのか?」

 「呼び捨てでいーよ!ゾンビもいるし、私みたいなゴーストもいるし……他にも色々いるけど、会う人大体アンデッドみたいな感じかな?」

 

 あまりにも魑魅魍魎が蔓延りすぎている。

 多少の想像はしていたものの、想像よりもとんでもない場所に来たのではないだろうか。



 「あ、ほら見えてきた!あれが私たちが住んでる村だよ!」


 そんな事を考えていると、ハルナが道の先を指差す。

 指差したその先、荒れた道の奥に、人の存在を感じさせる松明の光が見えた。


—————————————————————


 夜の暗さのせいか、少し寂れた印象を受ける村だった。


 歩いてきた時に見えたがそれほど大きい村ではないようで、建物の数はせいぜい20かそこらだろう。

 並ぶ家はどれもボロボロの部分を補修して使われているようだ。

 何も言われずに見れば廃村だと思ってもおかしくない雰囲気だった。


 それでも入って少し歩いた所の広場にはちらほらと人がおり、露天のようなものもいくつか並んでいる。

 中央の石像はそれなりに手入れがされており、人の存在を感じさせる佇まいに少し安堵している自分がいた。


 その場に居る人の見た目を除けば、だが。


 「あらハルナちゃん!さっき新しく土泳魚を獲ってきたんだけどぉ、どう?」


 そう言って話しかけてきたのは露天商の女性だ。

 エプロンをかけていかにも、な服装をしているそのご婦人も、当たり前のようにゾンビだった。


 「あっ奥さん、こんにちは!魚肉切らしてただろうから、後で交換しにくるかも!」

 「はーい!じゃあ切り分けて取っておくわねぇ!……あら、新しい子かしら?そんなに土泳魚を見つめて、どうしたの?」


 ゾンビのご婦人に話しかけられてはいたが、内心はそれどころでは無く、意識と視線は完全に露天の左に吊るされたそれに向けられていた。


 それは見間違える事も無く、先程まで俺たちが追いかけられていた巨大魚だった。

 しかもさっきの奴よりデカくないか、これ。


 「いや、さっき起き抜けにそこにぶら下がってる魚に襲われてたので……」

 「あぁ、それで腕が無くなっちゃったのね……まあちゃんとご飯食べてれば治るわよぉ!」


 飯を食べれば欠損しても治るのはゾンビの共通認識だったらしい。

 というかこの人、さっき獲ってきたって言っていたが……これを一人で狩ったのだろうか。

 だとしたらあまりにも逞しすぎる。


 「またねぇハルナちゃん!こないだの燻製美味しかったわって、レン爺に伝えといてぇ!」

 


 ハルナが手を振り、その場を後にする。

 第一村人とのファーストコンタクトではあったものの、内心では横の土泳魚が動き出してまた襲ってこないかと戦々恐々としていた。


 「さっき話に出てたレン爺ってのは?」

 「んー?私と一緒に暮らしてる人!レン爺はスケルトンなの!」

 

 スケルトン、ね。

 一般的には動く人骨を指してそう呼ばれるが……骨しか無いから目が見えない喋れない、って事は流石にないよな。

 爺と呼ばれるぐらいだし長老のようなものだろうか。


 

 そんな事を考えながら5分程歩いたあたりで村の奥まで着き、その中の一軒のボロ屋の前でハルナは足を止めた。


 「到着!この家が私とレン爺の家だよ!」


 他の家と同様に外観は壊れていたであろう箇所がいくつかあるものの、その部分は丁寧に補修されている。

 家の前には積まれた薪と斧があり、それも整頓されていて住んでる人の几帳面さを感じさせた。


 「いらっしゃい!くつろいで行ってね!」

 

 ハルナの手引きで家に入ると、中は存外綺麗だった。

 家具は簡素なものが多いが、きちんと手入れされているようで、外観もあわせてちゃんと人が住んでいる事を改めて認識させる。

 

 「ただいま〜レン爺!」


 奥のドアを開け、居間らしき部屋に入ると……


 「おう、戻ったかハル嬢……って、何だ?見た事ない顔がいるな?」


 暖炉の前にサングラスをかけたやたらとゴツい骨がどっかりと座っていた。


—————————————————————



 スケルトンと聞いて、俺は勝手に骨だけで動き回る小突いたら崩れてしまいそうな物を想像していた。

 

 服の隙間から見える骨は想像の倍は太く、小突いても崩れるどころかビクともしなさそうだ。

 骨だけでこれなら肉が付いたらどれだけ筋骨隆々になるのだろうか。


 さらに目を引くのは、その服装。

 着崩したボロボロの白スーツに、柄の入ったシャツ。丸いサングラスも相まって、その容貌はどう見ても裏社会のあれだった。


 「で、お前さんは?ここいらじゃ見ない顔だが」

 

 普通に話しかけられているはずなのに、若干の威圧感を感じるのは見た目のせいだろうか。


 「あっ初めまして、奥山桐路っていいます。起きたばっかりの所をハルナさんに助けられて……」

 「おう、ワシはレンジロウ……レンでもレン爺でも、まあ好きに呼ぶといいぜ。起きたばっか、って事は新しい死に残りデッドマンかい」


 そうあだ名をつけるとレンジロウは呵々と笑う。


 「トー坊……?いや、それよりデッドマンって?」

 「聞いた話じゃ基本この世界にゃ、他の生き物も含めてお化けみてえなのしか居ねえんだけど、その中でも人の意識のあるやつを纏めて死に残りデッドマンって呼んでんのよ」


 そういうとレンジロウは立ち上がり台所の方へ歩いていく。

 その身長はパッと見で2メートル近くあり、骨太さも相まって立つと余計に大きく感じる。

 というか今の話が本当なら地域どころか世界単位でアンデッドしか居ないのか。


 「まあ色々大変かも知れねぇが、頑張れや!とりあえず……二人とも疲れてるだろうし、ひとまずは飯にしようぜ」


 そう言って振り返ると、レンジロウは湯気の立つ寸胴の鍋を持っていた。


 「そういやハル嬢、汲んできた水はどうした?」

 「……………あっ」


 思い出したハルナは一瞬硬直し、目を逸らす。

 そういえば池で出会った時に水を汲みにきた、と言っていたな。

 結局、土泳魚騒動でそれどころでは無かったが。


 察したレンジロウは机に皿を並べながら、苦笑いで返した。


 「まああと一日ぐらいなら何とか持つだろ……足りなくなったら婦人に頼んで少し分けて貰ってきてくれな」

 「うぅ……ごめんなさい……」


 実際に親子、と言う訳ではないのかも知れないが、そのやりとりは仲睦まじいものを感じさせる。

 起きてから色んなことが起きすぎてずっと緊張しっぱなしではあったが、ここに来て少しだけ安心することができた。

 


 「さて!まあ大したモンは作っちゃいねえが食いな!」


 そういうとレンジロウは煮込まれた大きな肉の塊を鍋から取り出し、盛り付けて俺に渡した。


 机の上に置かれたランタンに照らされたその肉はいい具合に火が入っており、フォークを入れれば抵抗なくするりと入っていく。

 脂身はとろとろに仕上がり、口に含む前からジューシーさを感じさせる出来栄えだった。

 いい感じに腹も減ってきて、今すぐにでもかぶりつきたいところだ。


 問題があるとすれば、この肉が何の肉か全くわからない所か。


 「ちなみに、この肉って何の肉でしょう……?」

 「んん?これは普通に豚肉だよ。まあ食ってみりゃわかるだろうよ」


 それだけ聞けば安心できるのだが、いかんせん巨大魚の件もあり字面通りに受け取っていいのか、だいぶ疑問だ。


 「レン爺はね〜、料理上手いんだよ!ね?食べてみて!」


 横でハルナが目をキラキラさせながらこっちを見ている。

 ここに来てから、いや生きていた頃でも類を見ないぐらいの純粋な眼差しに気圧される。

 そして思い切って切り分けた肉を口に入れ……

 



 「……美味しい」

 

 口の中でさらにほぐれ、噛めばそこから溢れる肉汁が口いっぱいに広がる。

 調味料……は何を使っているのか全くわからないがピリッとした後味がアクセントになり、くどさはほとんど感じられなかった。


 「でしょー!レン爺の煮物、村でも評判なんだー!」

 「ハハ、褒めすぎだろう。まあ好きなだけ食いなや!」


 続けてハルナとレンジロウも食事を始める。

 ……幽霊ゴーストスケルトンの食事って、一体どこで消化するんだろうか。

 深く考えると余計に疲れが増しそうだったので、ここは何も考えずに目の前のご馳走にありつく事にした。



—————————————————————


 「お腹いっぱい〜、ご馳走でした!」

 

 その後は食事をしながら、雑談を交えてこの村の事について軽く話を聞いていた。

 

 この村はもともと廃棄された村だったが、流れてきたデッドマンが建物を直して住み着いて出来たものらしい。

 村の周りに木材や食材、水源もあり、定住するには都合が良かったのだ。

 そして今この村には大体10人前後のデッドマンが生活しているそうだ。


 「まあ小さな村だからもうほとんど全員顔見知りみてえなもんだ……まあ後で会いに行ってみたらどうだ」

 「会いに行くなら私も一緒に行くよ!……あっレン爺、婦人さんのところに行く時に魚肉を交換して貰いたいから他の食べ物持っていっていい?」


 それを聞いたハルナが元気よく立ち上がる。

 先ほどの話ではこの村は貨幣などは無く、物々交換で成り立っているようだ。


 「おう、なら煮物が余ってるからちょっと持ってってやれ」

 「はーい、じゃあお鍋借りてくね!」


 そういうとハルナは煮物が入った鍋を持って外に出た。

 あれだけ走る歩くをしたあとの食事の直後に休憩無しで動き回れるあたり、とんでもなく元気だな。

 後を追って外に出ようとすると、レンジロウに呼び止められた。


 「そうだトー坊、外に行く前に3つだけ覚えておけ。特に最後の一つは訳わかんねぇかも知れねえが……また死に目に遭いたくねえなら絶対だ」


 先程までは威圧感はあれど明るい喋りではあったが、声のトーンが少し下がる。

 あるはずのない目に真っ直ぐ見られているような気がして、その真剣さを理解する。


 俺は集中して、レンジロウの忠告に耳を傾けた。


 「一つ、他人の物は盗るな。二つ、他人の過去は聞くな。そして……」


 


 「三つ、吊られた人型を見ても絶対に近づくな。すぐにその場から逃げろ」



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