第3話

昔の紙質の悪い文庫や新書のモノクロ挿絵風イメージhttps://kakuyomu.jp/users/jjjjjjjjj_jjjjjjjjj_jjjjjjjjj/news/16818093077752584744

カラー版https://kakuyomu.jp/users/jjjjjjjjj_jjjjjjjjj_jjjjjjjjj/news/16818093077752486708

リンクの貼り方間違ってたので修正しました。


 哲也の部屋で誕生した下痢便生物は、ゆっくり床に染み込んで行き、やがて下の階の天井に滲み出た。暫くは粘性を保ち天井に張り付いていたが、やがてその中心から重力に曳かれ垂れ下がり始め、滴る水飴の如く糸の様な細さになり、少しずつ落下していった。

 その落下地点には、どういう偶然か、既に就寝していた1階の住人の口があった。1階の住人は20代の女性だったが、顔は普通で特別美人でもなく、Tシャツと短パン姿で寝ているので艶っぽさもなかった。下痢便生物は口から女性の体内に侵入していく。

 女性は、下痢便生物の臭気で一瞬、寝顔を苦しそうに顰めるが、しかし、そのまま目覚めなかった。下痢便生物から立ち上る筆舌に尽くし難い臭気には人間の意識を刈り取る効果もあるのかも知れない。女性は、そのまま無抵抗に下痢便生物の侵入を受け入れ続けた。部屋に次第に異臭が充満していく。



 哲也の体内で奇跡的に誕生した超病原性腸内細菌は、通常の腸内細菌とは全く異なる特性を持つ。腸内で異常な速度で増殖し、急速に腸壁を侵食していくのだ。その結果、感染者は激しい下痢と嘔吐感に見舞われる事となる。



 体内に下痢便生物の侵入を許してしまった哲也の部屋の下の住人の彼女も、当然その影響を受ける事となる。体内に入り込んだ下痢便生物は、女性の腸内で瞬く間に異常増殖を起こし、その身体に深刻な影響を及ぼし始める。

「ぎょえぇぇっ!」突然の奇声と共に女性の目が大きく見開かれた。次いで、青褪めた顔色で女性は上半身を起こした。

「……ぎ、ぎもちわるい」掠れた声で囁くと同時に、オゥェェェェッ! 口から嘔吐が、ブリブリブリリリッ! 尻からは下痢便が、それぞれ豪快に撒き散らされた。

 下痢便生物を構成する超病原性腸内細菌は、短時間で女性の脳にまで侵攻していた。女性の意識は次第に喪失していった。同時に、激しい嘔吐と下痢便の所為で身体から様々な物が排出され、脱水症状が進行し、女性の身体は次第に干からびていった。

 それから5分ほどの時間が経過しただろうか。嘔吐物と下痢便で汚濁され、脱水症状で即身仏めいた痩身となった女性は、「アバーッ!」と呻きながら、枯れ枝の如き細い脚でノッソリと立ち上がると、夢遊病者の様にフラフラと歩いて、部屋から外へ出ていった。

 

 

 さて、読者の皆様はゾンビ化アリをご存知であろうか? ご存じない方の為に説明すると、それは真菌の一種に寄生されたアリである。その真菌の一種に寄生されたアリは、菌に筋肉を操作された挙句、行動それ自体も制御される事になる。結果、寄生菌に便利な運び屋として使われ、アリのコロニーに寄生菌の胞子をばら撒く役目を負わされるのだ。

 そう。下痢便生物に寄生された女性も、菌に身体を操られ動かされていたのである。これから彼女は、本人の意志とは関係なく、ゾンビの如く夜の街をあてもなく彷徨し続け、新たに超病原性腸内細菌の宿主となるべき運命の獲物を探す役目を担わされるのであった。

 尚、腸内細菌と真菌は全く別物で違うだろう、というマジレスは控えて欲しい。

 

 

 部屋の外へと出て夜道を漫歩する女は、どう控えめに見ても、あからさまにゾンビだった。痴呆めいた虚ろな無表情で、嘔吐物と下痢便塗れの状態で住宅街を徘徊する。深夜の闇の中、その女の姿は不気味で恐ろしく不可思議、更に臭かった。

 恰度その時、女の進行方向にある脇道から、深夜徘徊中の不良中学生の2人組が徒歩で現れた。当然、中学生2人組は女の姿を視認する。彼我の距離は約30メートル、風向きもあり、女の放つ悪臭は中学生の2人に未だギリギリ届いていない。

 2人組の片割れの一人が、女の姿を眺めながら、暇潰しに遊べる玩具でも見付けた様な興奮した笑い声を上げながら、夜の暗さもあり一見、頭から泥水でも被ってびしょ濡れになったまま歩いているかにも思える女の風体をからかった。

「おい、あの濡鼠っての、バカみたいな格好のやつ。何やってんだよ。何かの罰ゲーム中なの?」女を指さして笑う。

 だが、中学生のもう一人の片割れの方は、動物的な本能で、女の醸し出す名状し難い不気味さを敏感に感じ取ったのか、「おい、あれは何かヤバそうな奴だぞ。相手にするな!」俄に表情を強張らせる。

 彼は危機管理能力の高さに定評のある男だった。何かおかしい。それに、仄かにだが、空気に交じるこの便臭は何だ? 彼の脳内で警鐘が鳴り響き出した。

 女は、彼らの声には返答を返さない。だが、表情に無気力で不気味な微笑を浮かべながら、中学生2人組へと遅々とした歩みで無言で近づいていった。

「おっ、なに? 俺らぁと遊んでくれるの? あんた」中学生の一人がヘラヘラ笑いながら好戦的な言葉を発する。「バカ、やめとけ。下手にアジるなよ。アレは明らかに何か異常だ。逃げよう。関わらない方がいい」もう一人がそれを止め、女からさっさと離れるべきと促す。

 その時、今の今までのたのたと動きの鈍かった女が、突如爆発的な急加速で駆け出すと、一気に中学生たちとの距離を詰めた。

「えっ、何だ? うっ、臭っ」「ヤバッ、臭っ!」女の見せた前動作無しの不意打ちの瞬発的行動に対し、中学生2人が出来たのは、驚きの言葉を発する事だけだった。

 女は、動きが硬直した中学生たちに向けて、口から嘔吐物を鉄砲魚めいて噴出した。同時に、手で尻から下痢便を掬い投げ付けた。何と言う汚さ、悍ましさか! 嘔吐物と下痢便は夜空を背景に宙を走り、不良中学生たちの顔面に浴びせられた。

 なし崩し的に中学生2人組はスカトロジーを強制的に実体験学習。目の結膜から、鼻から、口から、耳から、もしかすると毛穴からも、致死性危険物である汚物が彼らの体内に浸透していく。おお仏陀よ! 南無阿弥陀佛。

 そして、感染爆発の秒読みが開始される。

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