思い出話に花咲かす
人型改造
思い出話に花咲かす
去年の夏に実家で親戚の集まりがあって、顔を出したんですよ。
皆で昼食を楽しんでいた時、私が幼かった頃の思い出話になりまして。小さかった頃の君は可愛げがあったのにとか、どこそこへ遊びに行った時はずいぶんはしゃいでたねとか。ほとんどは他愛も無い話です。
ただ、一つだけ気がかりなことがありました。当時、私が育てていたらしい花についてです。「らしい」と言ったのは、私にそんな記憶が無いからです。身に覚えが無いんですよ。
祖母曰く、私は小学生だった頃に実家の二階の部屋で花を育てていたそうです。窓際の狭い机の上に小さな鉢を置いて、それに花を植えていたのだとか。
伯父曰く、私が育てていたのは赤色の花だったそうです。何という種類の花なのかはさっぱり分からないようでした。
母曰く、当時の私は夕暮れ時になる度にその花がある部屋へ行き、床に座り込んで窓際の花を眺めていたそうです。夕焼けに染まった花をじいっと見ていたと。
私はその思い出話を聞かされた日の夕方、例の部屋へ行ってみました。実家の二階にある部屋に。
すると、夕日が差し込む部屋の窓際に狭い机はあったのですが、その上に肝心の花と鉢はありませんでした。
当たり前ですね。昔の話ですから、すでに枯れているのが自然です。
それだけなら、単に私が憶えていないというだけのことで済んだのですが、色々と妙なことがありまして。
先月、大学の同窓会がありました。当時、同じサークルに入っていた友人たちと飲み食いしたのですが、そこで再び記憶に無い花の話題が出たんですよ。
同期たちによると、私はサークルの部室で花を育てていたようなのです。私が小さな鉢に植えた赤い花を部室に持ち込んで、窓際に置いたと。そして、夕方になると部室でパイプ椅子に座ってその花をぼんやり見つめていたらしいです。
親族に言われたこととそっくりです。
しかし、実家で赤い花を育てた覚えが無いのと同様に、サークルの部室でそのようなことをしていた記憶もありません。私は絶対にそんな花を部室で育てていません。流石に大学時代のことを忘れるほど歳を重ねてはいないので、これは確かなはずです。
私の記憶に無い花が、私の過去に入り込んでいるんです。
私はサークルの同期たちに花のことを詳しく尋ねました。どんな種類の花か、どんな鉢に植えてあったのか。
花の種類は誰も知りませんでした。鉢は白い陶器の物だったそうです。
同窓会の後、私は嫌な予感がして母に電話しました。私が小学生の頃にどのような鉢で花を育てていたというのか確認したかったのです。
すると、私の嫌な予感は的中しました。私は小さな白い陶器の鉢に花を植えていたそうです。
どうやら私が実家で使っていたらしい鉢と部室で使っていたらしい鉢は同じ物のようです。いや、当の私にはまったく身に覚えが無いんですけどね。
ともかく、このあり得ない過去の花が薄気味悪かったんです。それで、私はその存在を否定したくて躍起になっていました。
同じサークルの先輩や後輩にも訊いて回ったのですが、結果は散々でした。誰もが口をそろえて花はあったと言うんです。私が部室で赤い花を育てていたと。
次に、私は自分が小学生だった頃のことを探りました。当時の友人に連絡を取って実家の二階にあったという花のことを尋ねました。
その友人は例の花のことを憶えていました。私の実家で一緒に遊んだ時に見たと。
さらに、それだけでなく、白い陶器鉢のことも教えてくれました。
その鉢は私が小学校で授業の一環として作った物のようです。図画工作か何かで陶芸をやったらしく、その時に私が例の鉢を作ったのだとか。これも私にとってはまるで記憶に無いことです。
私は母校の小学校に電話しました。私が本当に例の鉢を作ったのか確かめようとしました。
しかし、流石にずいぶんと昔のことですので、当時の教員はほとんど残っていません。私の担任だった教員もすでに退職済みでした。
それ以上は過去についてこれといった情報を得られず、私はずっともやもやしていました。
そして、先週のことです。私の職場の同僚がこんなことを言い出しました。
――給湯室で育てている花は何て名前なんですか?
私はぎょっとしました。同僚にその質問の意味を確かめました。思わず感情的になり、詰め寄ってしまいました。
すると、同僚は私が職場の給湯室に花を持ち込んで育てていると言うのです。白い陶器鉢に赤い花を植えて、給湯室の窓際に置いていると。
私はそんなことしていません。あり得ないことです。本当にやってないんです。
私は怖くて給湯室に行けなくなりました。もし、そこへ行って、そこに例の花があったら、私の過去が、記憶が、前提が、何もかも覆ってしまうと思ったからです。
いや。過去だけでなく、現在も揺らいでしまう。私の今、ここがひっくり返ってしまう。そんなことは受け入れられない。
三日前、私は同僚に給湯室の花と鉢を……処分してほしいと頼みました。同僚は怪訝な顔をしていましたが、私の頼みを聞き入れてくれました。もちろん、私は処分する過程など見ていません。同僚が作業を終えて戻って来るまで別のところでじっとしていました。
その後、私は恐る恐る給湯室に入りました。そこには赤い花も白い鉢も無く、私の記憶通りの光景がありました。
これでひとまず安心だと思っていました。昨日までは。
今朝、妻に言われたんです。
私が家に持って来た赤い花はとても綺麗だと。
思い出話に花咲かす 人型改造 @kaizo_22_27
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます