押し掛けメイド−10

食卓に並んでるのは、ハンバーガーとポテト。それにサラダとコーラ付いている。

映画館のフードコートで見て、つい食べようと思った物がここにあった。

あの時は結局、自分の舌が変になってるから食べるのを諦めていたというのに。

今ここに並んでるという事は、こっそりと後をつけていたのだろうか……


「……どうなされましたか、優作様。もしかして、食事の内容が気に入らないと?」

「そうじゃないけど……どうして僕が食べたかった物が出てきたのかなって」

「そういう事でしたか。簡単ですよ、ご主人様の事をよく知っておけばよいだけです」

「そういうものかな……」


食卓の前で立ち尽くしたまま考え込むが、それでもお腹は空いたまま。

仕方なく席につき、ハンバーガーを手に取った。

ケチャップとマスタードの刺激を舌で味わい、ピクルスを歯で楽しむ。

お店で売ってる物の倍以上はある肉なのに、あっという間に喉の奥へと入っていく。

それにチーズがいい感じに味を変化させ、僕の舌を飽きさせない。

半分ぐらい食べた所で流し込んだコーラは、映画館で飲んだ時より刺激的だった。


……今ではもう、他の人が作った料理の方が作り物って感じがする。

これから彼女を追い出したとしても、今までの料理で満足出来るのだろうか。

普段なら積極的に食べようと思わないサラダまで、せっせと口に運んでいるのに。


「……ご馳走様、今日も美味しかったよ」

「お褒め頂き、誠に感謝致します。後は私が片付けておきますので、お風呂に入っては如何でしょう」

「……そうする」


食べ終わって満腹になった頭では、もう自分の心配を考える事すら出来ない。

後は風呂に入って、真夜中にこっそりと監視カメラを設置するだけ。

今はもう、何もかも終わらして寝る事にしよう。

どうせ、他にやる事は全て柴庵がやってくれるのだから。


彼女の用意した入浴剤に浸かり、彼女の用意したベッドに入る。

気が付けば、元から家に会った家具を除いたら、全て彼女の物になっていた。

もし監視カメラで柴庵が怪しい事をしてると分かって、それでも追い出せるのだろうか。

……もういい、兎に角やってしまおう。

スマホのタイマーを午前0時にセットし、バイブだけの設定にする。

後は僕が作業している時に、彼女が目を覚まさないか祈るだけ。

無事に終わるのを願いながら、僕はゆっくりと眠りについた。


「……寝ているな」


スマホの振動で目が覚めた僕は、そっと隣の部屋で寝ている柴庵の様子を見た。

……あんな狭い場所でよく寝られるよな。

寝つきがいいのか知らないけど、今の状況には好都合だ。さっさと設置してしまおう。

スマホのライトを彼女の方に向けない様に、そっと作業を開始した。

音を立てない様に監視カメラを取り出し、部屋の隅に設置する。棚の上や、部屋の角に。

我ながらあまりいい場所とは思えない。けど、そもそもここは僕が借りたアパートだ。

もし見つかって抗議しようなら、気に入らないなら出て行く様に伝えるだけ。

何の問題もない……筈だ。


「……優作様ぁ」


ふと、後ろから柴庵の声が聞こえて来て、背筋がぞくっとしてしまう。

ゆっくりと彼女の方を振り向くと……そこには部屋を仕切る扉があるだけ。

そっと開けて覗いてみるも、しっかりと寝ている姿が目に入るだけであった。

……寝言かよ。可愛いな……可愛い?

自分の心で言っておきながら、自分の心に疑問が湧く。

可愛いだって? いきなり押し掛けて来て、余計なお世話をしてくる彼女が?

確かに惚れ惚れする程の美人ではあるけど、好きになったりする訳ない。

……きっと、気の迷いだ。それだけだ。

必死に自分に言い聞かせ、何とか彼女から視線を逸らす。何時までも見ていたくなる寝顔から。

もう準備は済んだ、後は寝てしまおう。

そうしてベッドに入り夢の世界に入ってしまうまで、僕の頭から彼女の顔が離れなかった。


映像を見るのは、今度の土曜日にした。その日は一人でいたいと、柴庵に頼み込んで。

大学で見る事も考えたけれど、いつ柴庵が現れるか分からない。

それに何より、この映像は人目につかない所で見たかった。

自分の家の事情を人前で堂々と見るってのは、どうにも恥ずかしいし。


「……映ってるな、よし。柴庵は……何をやってるんだ?」


映像を見始めて映ったのは、部屋の真ん中に立つ柴庵。

僕の机の前で、コップに入った液体をじっと眺めていた。

いつものジュースだと思うけど……味見でもしてるのかな?

そう呑気に考えた次の瞬間、彼女はコップに手を入れる。中の液体を掴むかの様に。

……いや、無理だろ。

頭の中では冷静にそう考えるも、目の前の現実はそれを裏切る。

彼女は間違いなく、液体を掴んでいる。


「……嘘だろ。じゃあ、俺の身の回りにある物は全て……この液体?」


あまりに非現実的な光景のせいで、最早、驚きすらしない。

……それとも、薄々はそうだと気付いていたからなのか。

取り出した液体は形を変え、段々と大きくなり、座り心地のよさそうなソファになった。

それに座った柴庵は、今度はポケットから液体を取り出していく。

机の上に並べると、あっという間に様々な種類の料理へと変身した。肉も、野菜も、食器までも。

それから彼女はゆっくりと……こちらの方を眺めてくる。


「……あぁ……そういう事か」


段々と体が溶け、少しづつ体が縮んでいく。

顔だけが画面に寄り添って、完全に接触してしまった。

……このスマホまで、完全に。

そして、手の中にあるスマホはゆっくりと大きくなっていき、元の柴庵へと変貌する。


「……ご主人様も悪い人ですね。私の働いてる姿を見たいのであれば、直接、お申し付け下されば宜しいのに」


そう話す彼女の手は未だに溶けたまま、僕の腕とくっ付いている。

もう二度と、彼女とは離れられないと分かり、体は恐怖に震え……そして心は微かに悦んでいた。

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押し掛けメイドから逃げられない アイララ @AIRARASNOW

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