押し掛けメイドー9

紫のTシャツに、青紫のジーンズ。そして不思議そうに、僕が持ってる荷物を眺める顔。

今、最も顔を見たくない奴が、目の前に立っている。

これがコンビニで荷物を受け取る前だったらよかったのにと思う。

……最悪な事に、監視カメラの入った段ボールは腕の中にあるのだけど。

そんな僕の気持ちに気付いてるのか知らないが、にっこりと笑ったまま話しかけてきた。


「あら、珍しいですね。わざわざコンビニで受け取りなんて。そんな事しなくても、私に任せておけばいつでも受け取りに参りますわ」

「……関係ないだろ。というか、どうしてここにいるんだよ」

「新作のアイスがコンビニ限定で発売されると聞きまして。折角なので味を確かめておこうと参った次第です」

「なるほどねぇ……それじゃ、僕はこれから行きたい場所があるから」

「お待ちください、優作様」


コンビニの出入り口に立つ紫庵は、僕の後をついて来る。

早歩きで車の中に入ろうとするけど、その前にドアの前へと立たれてしまった。

……どうやったら、ダンボールの中にある監視カメラの事を誤魔化せるのだろうか。


「……忙しいんだ、後にしてくれ」

「お手間は取らせませんので。私はただ、中に何が入ってるか伺いたいだけです」

「関係ないだろ、お前には」

「いえ、優作様の事を知るのは私の役目ですので。どうぞお構いなく」


どうにも譲らず、柴庵は僕の前に立ったまま。

いつ手の中にあるダンボールを奪われるかと心配で、潰れる程に握り締めた。

前はいとも簡単にポケットの中の物を取られたし、油断なんてしてられない。

第一、中の物を見られたら彼女になんて言われるか……


「いいから、構わないでくれよ。人には秘密にしておきたい事の一つ位あるんだよ」

「そこまで必死になられると、余計に心配してしまいますわ。私に世話出来ない事などありませんから、何でもお申し付け下さいませ」

「……これ以上、僕に構うってなら家から追い出すぞ」


真顔で僕を覗き込む柴庵の顔は、どうにも掴み所がなく不安になる。

それでも僕は、荷物が何か知られない様にと文句を言った。内心、恐怖で震えながら。

柴庵は暫く黙り込み、顔を下に向けて考え込んでいる。

……大丈夫か? 変な事をしてくる前触れじゃないのか?

そんな風に不安になってきた時、ふと、柴庵はゆっくりと顔を上げた。


「……仕方ありませんね。そこまで言うのであれば無理強いはしません。ですが、何かあったのであれば何でもお申し付けください」

「その時はな。じゃ、僕はそろそろ行くから」

「行ってらっしゃいませ、優作様。それと、お帰りになられてからでも何かお召し上がりになりたいなら、何でも作って差し上げますわ」

「その時はまた考えるよ」


それだけ言って、僕は軽自動車のドアを開ける。

助手席にダンボールを置き、シートベルトをして出発した。まぁ、特に行く当ては無いんだけどね。

目的はあくまで監視カメラを受け取りに来ただけ、他に用があった訳でもない。

……どうしよっか、この後の時間潰しは。

別に何もせず車の中でのんびりするって案もあるけど、勿体ない気もするし。


色々と考えながら車を走らせていると、ふと、映画館が見えてきた。

中にはフードコートも併設されてるし、時間潰しには丁度良さそう。

お金は……最近は柴庵のお陰で溜まってるし、多少の無駄遣いをしても大丈夫だろうな。

最初は冷蔵庫の中の物で食事を作って貰ってたけど、今じゃそれも彼女任せだしな。

奇妙な食材を使ってるなとは思うけど、節約になるから仕方ない。

味も美味しいのは美味しいし……絶妙に奇妙な味ではあるけど。

でも、どうにも気にはなるし、やっぱり監視は大事だよな。


まっ、それは後でやればいい。

今は彼女のいない自由な時間、目一杯楽しまないと。

どれを見よっかなと思いながら、僕は映画館へ入ろうと駐車場に向かった。


……映画は楽しかった、映画自体は。

迫力あるアクションに爽快なストーリー、何度でも見たい程に楽しかった。

前の僕なら満足して家に帰っていただろう。

……けど、今日はあと少し足りない物があった。コーラとポップコーンが。

買えなかった訳じゃない。ただ、味が物足りなかっただけで。


前と比べて味が落ちたって訳じゃない。変わったのは僕の舌だ。

以前と比べて舌が肥えたのか、どうにも不味く感じて仕方がない。

というか、柴庵が用意した食事とジュースに比べて、全ての料理が不味く感じる。

……一体、僕の体に何が起きてるのか。

今度、病院にでも行ってみようかと思いながら、僕は映画館を後にした。


「お帰りなさいませ、優作様。お食事は既にご用意しております」

「……あの、僕は外で食べてくると言ってた筈だけど」

「外の食事より、私の料理をお召し上がりになりたいと思いましたので」


家に着き、玄関を開けると美味しい匂いが漂ってくる。

その上、柴庵はまるで僕がお腹を空かせて帰ってくるのを確信してる笑顔。

……何者なんだろうな、柴庵は。

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