押し掛けメイドー8

どんな悪夢も、目が覚めて朝ご飯を食べる頃には忘れている。

それがどれ程、僕にとって大切そうな夢でも。

柴庵に起こされた直後は、布団に包まって喚き散らしたというのに。

今となっては、どうしてあんなに騒いでいたのか、その理由さえ分からない。


「……その、大丈夫でしたか? 随分とうなされている様に見受けられましたが」

「寝ている時に悪夢を見てしまってね。かなり嫌な夢だったのは覚えてるけど……どんな夢だったかな……」

「きっと忘れた方がいい夢ですよ、そういう夢は。いつまでも覚えていたままですと、お辛いままでしょうし」

「そういうものかな……」

「そういうものですよ。はい、あーん……」


目玉焼きとソーセージ、それに小皿に盛られたサラダを口に運ぶ。……柴庵が。

余計なお節介だと断ろうとしたけれど、強引に押し切られた。

……まぁ、今でも彼女が作った朝食を食べてる訳だし、口に入れるのが僕か彼女かってだけだ。

今更、口を閉じても何の意味もないだろう。

それより今日は、監視カメラが届く日。

彼女に悟られない様に近くのコンビニに運ばせたから、帰りに取って帰らないとな。


「それじゃ、行ってくるけど……柴庵も大学に通ってるんだよな? どうして一緒に……いや、やっぱりいい」

「何でしょう、優作様。もしかして大学まで共に連れて行って下さると?」

「だからいいと言ったんだよ……お前は一人で大学まで学校まで行けるだろ」

「もう、つれないですね。私が代わりに運転しても構いませんのに……」

「それで事故でも起こされたら堪らないし、第一、保険は僕の分だけだからな。行くのなら一人で行ってくれ」

「仕方ないですね……でしたら私は大人しく、助手席に失礼すると致しましょう」

「いや、だから……って、いつの間に……」


僕が断りの文句を言ってる間に、既に柴庵の手には車の鍵が握られている。

ポケットに入れておいた程度では、彼女の動きを止めれないらしい。

参ったな……今日は帰りに寄りたい所があるというのに。

何とか鍵を取り返し、一人で大学に行こうとして……結局、諦める事にした。

今から騒動を起こして大学に送れる訳にもいかないし、取りに行くのは帰る時だ。

わざわざ騒ぎを起こして、余計に彼女に束縛されては堪らない。

帰りに一人で寄りたい所があると言って、別行動させればいいだけの話だ。


「……仕方ないな。でも大学に行く時だけだぞ。帰りは寄りたい所があるからな」

「寄りたい所ですか? でしたら私がお手伝いして差し上げますわ」

「一人で寄りたいんだよ、一人で。用もないのに着いて来ないでくれ」

「了解致しました、優作様」


なんとか紫庵が納得してくれて、安堵の息を吐く。

これで監視カメラを持って帰るまでは大丈夫だ。

後はいつ設置するかだよな……彼女は俺が眠りにつくまで寝ないだろうし。

目覚ましのタイマーをセットして真夜中に起きたら、間違いなく怪しまれるよな。

まぁ、その時はまた、一人にさせてくれと頼めばいいか。


その後、紫庵を助手席に乗せて大学へと向かう。

数日も経てば慣れてきて人付き合いも増えると思ったが、意外にも友達が出来る気配はない。

挨拶は返してもらえるし、日常的な会話はしてるから無視されてる訳ではない。

ただ……僕という存在は、思ったより影が薄いらしい。それとも単に、自分で思ってるより人付き合いが下手なのか。

原因は分からないけど、現在、学校でまともに話せてるのは紫庵だけ。

付き纏われて迷惑な存在ではあるが、ほんの少しだけ隣にいてくれて良かったと思ってる。

……これで余計なお節介がなければなぁ。


ただ講義を受けるだけで時間は進み、あっという間に放課後。

駐車場の前で柴庵に見送られ、漸く別れられるとホッとした。


「それではお先に失礼致しますね、優作様。お楽しみ下さいませ」

「それじゃ、後でな。遅くなるから食事は作らなくていいよ」


それだけ言って、軽自動車のドアを開ける。

少しは呼び止められるかと思ったので、割と拍子抜けしている。

普段なら無理にでも引き留め、強制的にお世話してくるのに。

……まぁ、今から呼び止められても困るけど。


出発して暫くすると、目的のコンビニが見えてくる。

降りてから念の為に周りを見るけど、どこにも柴庵の姿は見られない。

……本当に順調だな。

今まで神出鬼没に表れる彼女に振り回されたのに、今日は不思議と大人しい。

いつもこうだったらいいなと思いながら、コンビニへと入った。

念の為に中を一周してみたけれど、彼女の姿は見かけない。

ホッとしながら、僕は受け取りの手続きを済ませた。


「ありがとうございました」


やっと準備が出来たと嬉し気に、店員からの挨拶を後にする。

後は隙を見て監視カメラを設置し、柴庵の動きを見張るだけ。

そう気分よく歩いていたからだろう、僕は周りに気を払ってなかった。

……目の前に柴庵がいる事にも。

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