押し掛けメイドー7

それから僕は寝衣を着せられ、紫庵に連れられてベッドに入る。

抱き締められた安心感からか、すぐに夢の中へと潜っていった。


目が覚めると、全く知らない場所にいた。

……洞窟、どうしてこんな所に?

辺り一面、灯一つもない洞窟。それなのに不思議と、周りはしっかりと見えていた。

夢……かな? 夢の中でこれが夢だと分かるなんて、随分と不思議な夢だな。

そう思いながら僕は辺りを見回した。あたり一面、真っ黒な洞窟を。


草一つない、岩だけの洞窟。それも一つとして尖った岩がなく、どうにも奇妙に思えた。

壁や天井も滑らかな平面で、地面には小石の類が一つもない。

まるで机や椅子の様な、家具に似た岩があるのみだった。

……こんな場所に一人きりってのも嫌なものだな。

夢の中とはいえ、どうにも寂しさを感じてしまう。

耐えられなくなった僕は、他に誰かいないか探そうと洞窟の中を歩き出した。


それから暫く歩いて、結局、他に誰もいない事を知る。

見えたのは精々、家具の様な岩に並べられてる紫色の液体だけ。

スライムみたいな粘性の液体は、これまたコップやお皿の様に並べられていた。まるで、この洞窟が何かの家みたいに。

なら……住人はどこへ行ったんだろう。

気にはなるけど、同時に住人に会わないまま夢から覚めたいとも思っていた。


……でも、この液体をどこかで見た様な。

頭の中に引っかかる感覚がして、何とか思い出そうとする。なのに、記憶を引き出そうとした瞬間、頭に靄がかかり忘れてしまう。

……あと少し、あと少しで思い出せるのに。

気付けば僕は石の椅子に座り、目の前にある液体で出来たコップに手を伸ばしていた。


触った感触は、思ったより柔らかい。しっかりと握り込めば潰れる程に。

それでいて石のテーブルに置けば、全く揺れる気配もなく立っている。

不思議な液体だと思いながら眺めていると、ふと、どこで見たのか思い出してきた。

……柴庵がよく持って来る液体だ。


時にはジュースだったり、入浴剤だったり……

色も、ほんの僅かに香る匂いも、全て彼女が持ってる液体と同じだ。

形だけコップに似せてあるのに、まるで中身が違うのも。

この洞窟もそうだ。まるで誰かの家を真似て造られたのに、全て石の偽物だという所が。

だったら、ここは柴庵の家? もしくは、彼女みたいな奴が住む家なのか。

……そう考えると、気味が悪くなってくるな。

今は夢の世界だから、目が覚めるまで永遠に出られない。

このまま、夢の中で柴庵と出会ってしまったら……想像するだけで体が震えてしまう。


出口は……ここが家なら、出口だって存在する筈だ。

思い立ったが吉日、僕はここから出ようと石の椅子から立ち上がる。

不思議な椅子だな……こんなに硬いのに、ずっと座っていたくなる。

そんな椅子からの誘惑を振り切って、奥の方にある通路へと向かって歩いた。


……広いな、ここ。それに、あちこち曲がりくねっているし。

通路に出て暫く歩いてみるも、どこまで行っても石の壁しか見えない。

同じ色の、代わり映えしない景色が続いていくと、どうにも気が滅入ってしまう。

たまに少しばかり違う景色が見えるけど、見えるのは紫色の置物に彩られた部屋。

それが妙に、僕を誘っている気分がして嫌になる。

……早く夢が覚めるか、サッサと出ないと気が狂いそうだ。


歩いて、歩いて、もう何時間も歩いた気分になった時、漸く出口が見えてきた。

眩しい位の光が、通路の奥から差し込んでくる。

目を細めながら見つめ、漸くここから出られると期待に胸を膨らませた。


「どこに行かれるのですか? 優作様、貴女の家はここで御座いますよ」


……後ろから聞こえてきた声。聞き覚えのある、絶対に聞きたくなかった声。

ほんの僅か、真後ろから聞こえてきた声から逃れようと、僕は全力で走った。

怒っている。間違いなく怒っている。

どうして怒っているのか、どう言い訳しようか。なんて考えは、頭の中からすっぽ抜けていた。

……あと少し! あと少しで!


瞬間、僕の足が崩れ落ちた。


何とか手を地面に付き、顔面から衝突するのは防げた。

けれど、何度足を動かしても、全く動く気配がない。

……足がない!?

慌てて姿勢を捩り足元を見ると、そこには紫色の粘液に包まれた足がある。

段々と小さくなり、萎んでいる足が。

その光景を見た瞬間、僕は咄嗟に手を伸ばし、出口に向けて這い走っていた。


「……まだ家に帰りたくないのですか、仕方ありませんね」


柴庵がそう言った瞬間、今度は手が溶けていく。

縮んでいく四肢で藻掻き、足掻き、離れようとし……遂には動かす事すら出来なくなる。

そんな僕の背中に立った彼女は、嬉しそうに笑いながら手を伸ばした。


「さぁ、落ち着いて下さいませ、優作様。もう食事の時間になりましたわ。あまり暴れられると、食事に支障が出てしまいます。それとも……このままの姿でも、外出したいと仰いますか?」

「……ごめん、分かったから……もう大人しくするから、許して……下さい」

「ご安心下さい、優作様。許すも何も、私がご主人様に危害を加えたりしませんから」


粘着性の液体に塗れた手で抱き締めながら、淀んだ声で話し掛けてくる。

あくまでメイドらしく下手に出ながら、けれど支配してくる声。

そんな彼女の声を聞いた瞬間、僕は絶対に逃れられないと悟った。

……これは夢だ、いずれ覚める夢だ。

そう頭の中で反復させながら、嬉しそうに笑う彼女に連れて行かれる。

……何が危害を加えない、だ。手足を奪って逃がさない様にしてるくせに。


それからの僕は、彼女にお世話させっぱなしの日々を送った。

訳の分からない食事を食べさせられ、変な液体に浸けられて体を洗われたり。

時には下のお世話もさせられて……

望まない人に愛されるのがこれ程に苦痛だなんて、知りたくもないのに知ってしまった。


朝から柴庵に起こされて、昼は柴庵に弄ばれ、夜になったら添い寝されて。

二十四時間、隣に彼女のいない日はなく、少しでも離れた事さえなかった。

文字通り、体が柴庵にくっついていたから。

もう心は限界で、なのに体は自分の意思と関係なく彼女を求めている。

そんな日々が永遠に続き、いつしか自分の意識すら溶けていった時……


僕は、目が覚めた。

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