押し掛けメイドー6
それから風呂場の外で、ガサガサと箱を漁る様な音が聞こえてくる。
きっと、僕に似合う入浴剤を探してくれてるのだろう。
これが彼女とかだったら嬉しいのだけど、持って来てくれるのは怪しいストーカー。
メイド服を着ているのに、僕の気持ちをお世話しようという気は更々ない。
やる事といえば、怪しく僕の周りを動き回り、奇妙な物を食べさせようとするだけ。
……一体、どうやって変な物を揃えているのやら。
それもこれも、監視カメラで彼女の動きを追えば分かる筈。
どうやって僕より先に行動出来るのかも、どうやって食べ物や道具を揃えているのかも。
仮にカメラに気付かれても、それで彼女の動きを抑制出来るなら意味はある。
少なくとも、家で何をしてるのかは分かるだろう。
なんて考えていた瞬間、風呂場の扉が開き、柴庵が入って来た。
入浴剤を手に、ニッコリとした笑顔で。
「……あの、今入ってるんだけど」
「お気になさらず、私としては嬉しいですわ」
「こっちが嬉しくないんだけど……で、入れるなら早くして」
「了解致しました。では、失礼します」
恥ずかしさで目を瞑り、顔を壁の方に向ける。
そんな僕に構わず、柴庵は入浴剤を入れ、湯船に手を入れ掻き混ぜ始めた。
狭い湯船だからか、彼女の柔らかな手が体に当たる。
気にしない様にしようと頑張るも、どうしても意識してしまった。
おまけに入浴剤のせいか、体が段々と熱くなっていき……
「如何ですか? 入浴剤の加減は。もう少し温かさが欲しいなら、あと二、三袋お入れしますが」
「いや、いい。いいから早く出て」
「了解致しました。では……失礼します」
明らかに不満げな声を出しながら、彼女は風呂場を後にする。
どうしてそんなに入浴剤を入れたかったのか分からないけど、こっちはそれ所じゃない。
知らない女性を風呂に入れたせいで、今も心臓がバクバクと激しいままなのに。
体も入浴剤のせいか、段々と温かくなっていく。
それも自分でも以上に思える程熱く、けれど心地良いまま。
……一体、何が入ってるんだろう。この入浴剤には。
正直、目を開けるのすら怖い。
今、体を浸けているお湯が何なのか、目を開けて確かめるのさえ躊躇してしまう。
それでも目を瞑ったまま風呂場からは出れないし、シャワーで体から入浴剤を洗い流したい。
仕方ないので、僕はゆっくりと目を開ける事にした。
「……普通だな」
目を開けて見えたのは、真っ黄色のお湯。
スッキリとした檸檬の匂いに包まれた、至って普通のお湯だ。
……多少、匂いや色が不自然というか、作り物っぽいのは気にしない様にしよう。
それに、料理の時の作り物っぽさに比べれば、段々と本物に近くなってる気がする。
少なくとも、最初に入れてあった紫色の怪しい入浴剤に比べればマシだ。
「これなら、また入れてもらってもいいかもな。……うん?」
体も温まって来たし、そろそろ上がろうとして気付く。
手を上げようとしても動かず、足で立とうとしても力が入らない事に。
異常な事が起こってるのにも関わらず、心は異様に落ち着いている。
お湯に無理やり、リラックスを強制させられている感覚。
異常な事だと思っても、少しも恐怖心が働かない。
……やっぱりヤバい物じゃないか。
体を少しでも動かそうと、何とか力を入れてみる。
その結果、分かったのは少しも力が入らないって事だけ。
せめて声だけでも上げようと考え、何とか口を開けた瞬間、ふと思い留まった。
……これじゃあ彼女の望み通りじゃないか。
家に押し入ってお世話してくる彼女が、お世話せざるを得ない状況を作る。
この入浴剤は、その為に入れたに違いない。
そう考えたら、声を上げて助けを求める気がなくなった。
我慢比べだ、僕が我慢出来なくなるか、入浴剤の効果が無くなるまでの。
「ご主人様、湯加減は如何ですか?」
「まぁ、普通だよ……もう暫く入ってる」
「そうですか。あまり長居し過ぎますと、体がのぼせてしまいますよ」
「あっそう。でも、僕は大丈夫だから」
風呂に入って暫く経った時、様子を確かめる様に柴庵が話し掛けてきた。
くすくすと、我慢してる僕を嘲笑うかの様に。
……こうなったら、限界まで風呂に入ってやるからな。
そう考えながら、僕と柴庵の我慢比べが始まった。
体が温まって、全身が溶けそうに感じられても入ったまま。
意識まで溶けそうになっても、何とか耐えて声を出すのも我慢する。
段々と目の前が真っ白く歪んでいき、それでも風呂に入ったまま。
その時、風呂場の扉が開いて、柴庵が嬉しそうな笑みを浮かべながら入って来た。
「あらあら……すっかりのぼせていますね。仕方ありません、私が手伝って差し上げますので手をお貸し下さい」
「……断る」
「そう仰られても、体はすっかり赤くなってますわ。早く上がらないと……溺れ死んでしまうかもしれませんのに」
溺れ死ぬ。
その言葉を聞いた瞬間、体がブルブルと震えていく。
さっきまで微塵も感じなかった恐ろしさが全身を襲い、今すぐにでも風呂から上がりたくなった。
けれど体は僅かしか動かず、精々、柴庵に向けて手を伸ばす事しか出来ない。
それを柴庵は、とても嬉しそうに眺めた後、両手で僕を抱き締めた。
「……柴庵、助けてくれ」
「さっきまで永遠に入りたがっていたのに……仕方ありませんね、手伝ってあげますわ」
そうして服が濡れるのも構わず、柴庵は僕を湯船から救い出す。
椅子に乗せてシャワーを浴びせ、体に付いてる入浴剤を洗い流した。
その後は風呂場から出して、全身をタオルで優しく撫でる。
さっきまで恐怖で震えていた心が、優しく触られるだけで安心する。
……最初からこうして、お世話せざるを得ない状況に追い込むのが目的だったのかも。
世話されながらも頭は冷静に今の状況を分析するが、腕は柴庵が離れない様にしっかりと抱き締めたまま。
もう既に、彼女から逃れられないのかもと、そう思えてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます