押し掛けメイドー5
そうして紫庵と向き合ってる内に、ふと、恐ろしい予想が頭をよぎる。
「て事はアレか? 僕が大学に通ってる間も隣にいるって訳か?」
「その通りです。優作さんのお世話が出来ない時間なんて、あってはなりませんから」
「……別に、二十四時間のお世話なんて望んでないから」
困った事になった。
彼女を家から追い出しても、学校に居座られたら同じ事。
あの余計なお節介が家の外でも続くのかと思うと、気分が滅入ってしまう。
……せめて、大学では大人しくして欲しいのだけど。
「そう仰らずに。大学での勉強は大変ですし、相談出来る人は欲しいでしょう?」
「だったら、友達か先生にでも相談するよ」
「友達を作るのは大変ですし、先生も常に相談出来るとは限りませんよ。第一、優作さんはここで碌に同級生と話せてないでしょう?」
「……煩い」
実際、彼女の言う通りではある。
高校の時の友達は他の大学に行ってしまったし、大学に知ってる人はいない。
これから友達が出来れば問題ないけど、その間に相談が出来る人なんて……彼女だけだよな。
柴庵の思い通りになってる気はするけど、今だけは仕方ないと思えてきた。
「……まぁ、大学にいる間、僕の邪魔をしないのなら隣にいても構わないよ」
「理解して下さって有難う御座います、優作さん。困ってる事があれば、何でも仰って下さい」
「但し、僕が困っている時だけね。余計なお節介はしない様に」
「……善処致します」
本当に僕の言う通りにしてくれるか不安ではあるが、今は彼女を信じるしかない。
第一、大学での学勉を手伝ってくれるなら、有難いと思うしかないだろう。
……但し、それは大学だけでの話だ。
家でも外でも、二十四時間どこでも付き纏われるのは勘弁願いたい。
大学で同級生になるのは我慢するから、せめて家からは追い出さないと。
「……さて、昼休みも終わるから僕はそろそろ行くよ」
「行ってらっしゃいませ。食事の片付けはお任せ下さい」
片付けする彼女を尻目に、僕は食堂を後にする。
大学の施設を見回るオリエンテーションの時間まで、あと数分ある。今の内に監視カメラの注文を済ませておくか。
……でも、上手く柴庵を追い出せたら、家で手伝いをしてくれなくなるな。
一人暮らししていた時は家事なんて気にもしてなかったのに、一度でも楽を覚えたら気が滅入る。
それでも変に構ってくれる人を家に入れるよりはマシだと、必死に自分に言い聞かせた。
オリエンテーションも終わり、帰宅の時間。
何事もなく、僕の軽自動車がある駐車場までやって来た。
そのまま乗り込み、あとは帰るだけ。
……本当に何もなかったな。
誰かから話し掛けられず、僕が話し掛けても淡々と会話が終わる。
クラスメイトの前で行った自己紹介でも、軽く拍手されて終わり。
確かに人との会話が得意なタイプではないけど……こんなに人と関わりがないなんて。
結局、大学でまともに会話したの、柴庵だけだったな……
なんて思いながら、キーを回してエンジンを掛け、アパートへ戻って行った。
「お帰りなさいませ、優作様」
扉を開けた瞬間、柴庵がお辞儀と共に僕を迎えてきた。
当然の様に、服もしっかりメイド服に着替えている。僕より早く帰って着替える余裕もあるとは……
「……ただいま。よく先に帰って着替える余裕まであるよね」
「ご主人様を出迎える準備をしないメイドなど、この世に存在しませんわ」
「そうじゃなくて、柴庵はバスで帰ったんでしょ? どう考えても、僕より先にアパートへ辿り着かないよね?」
「……それよりご主人様、お手回りの物を預かりますわ。初めての登校でお疲れでしょう、お風呂に入られては?」
「……そうする」
話を誤魔化してきた事を問い詰めようと思ったが、諦めて彼女の言う通りにする。
どうせまともな答えは帰ってこないし、話すだけ無駄だろう。
洗面台に立って服を脱ぎ、風呂の扉を開ける。瞬間、爽やかな香りが鼻を突いた。
湯船には紫色の液体が漂っており、恐らく柴庵が入れた入浴剤のせいだろうと考えた。
まるでお酒の様に頭の中がふわっとなり、気分が落ち着いていく香り。
何かが熟した不思議な香りは、僕の意思と関係なく風呂に入らせようとしてくる。
……危険だ。
体と心が落ち着く香りと言えばそれまでだが、でも入る気は更々ない。
いい加減、紫庵の迷惑なお世話にも困っていた事だ。
彼女に気付かれない内に、風呂のお湯を抜いてしまおう。
まずはシャワーを浴びながら体を洗い、その間に湯船の栓を抜く事にする。
排水管にお湯が流れる音が響いて気づかれたら、またお節介に入浴剤を入れにくるかも知れない。
面と向かって断ればいいとも考えたけれど、逆上させて変な事をされたら困る。
ここはコッソリ、彼女のお世話を拒否する事にした。
体を洗っている最中、僕はいつになく上機嫌だった。
もう何回も、厄介なお世話に困らされていたから。
……風呂場の外から、紫庵の声が聞こえるまでは。
「優作様、湯加減は如何です?」
「まだ入ってないよ、今は体を洗ってる最中だから」
「……湯加減は如何です? 試しに手を入れて確かめるだけで構いませんから」
「えっ? ……いや、その……ちょっと気分じゃなくて……」
怒ってる、間違いなく怒ってる。
丁寧な物言いではあるけれど、絶対に風呂に入れさせるって覚悟をひしひしと感じる。
……その、もう湯船の中にお湯は残ってないです。
「仕方ないですね……では、お好みの入浴剤を教えて下さい。好みの色で構いませんから」
「あの……入浴剤は無くてもいいかなって。気持ちだけ受け取っておくよ」
「お教え下さい。決められないなら、勝手ながら私が選択します」
「あ……うん……」
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