押し掛けメイドー3

歯を磨きベッドに入り、次の日、柴庵から声を掛けられ目が覚める。

知らない人に起こされる感覚なんて、子供の頃に親に起こされた時以来だ。

……慣れない感覚だけど、これから毎日起こされるんだよな。


「おはよう御座います、優作様。昨日はよく眠れましたか?」

「知らない人が居座っているにしてはよく眠れたよ。お陰で目覚めは悪かったけどね」

「それは申し訳御座いません。では、こちらのジュースを召し上がって下さい。スッキリされますわ」

「……ナニコレ」


ベッドから起き上がった僕に手渡されたのは、紫色のジュース。

透明なコップの中で怪しく漂う液体は、見ているだけで心臓が早鐘を打つ。

……何なんだ、これは。葡萄ジュースだと思うけど、そんな感じの匂いはしないし。

爽やかな柑橘系のリラックスする香りが、逆に不安を煽りたてる。

渡されたジュースをまじまじと見ながら、僕は柴庵を問い質した。


「スッキリするって……こんな怪しい物は飲みたくないんだけど」

「ご安心下さい、只の葡萄ジュースですわ」

「いや、匂いも変だし、色だって葡萄とは思えない位に濃いし……」


見ているだけで吸い込まれそうな位、濃い紫色をした液体。

スーパーやコンビニで見かけるワインだって、ここまで濃い色はしていない。

おまけに妙なぬめりがあって、軽く揺らすだけでも粘り気を感じさせる。

……本当に飲んで大丈夫なの? 体調が悪くなったりしないよね?


「わざわざ用意してくれたのは嬉しいけど、僕は普通に水でいいかな」

「そう仰らずに。せめて一口だけでもご堪能下さい」

「これを堪能しろって言われても……」

「さぁ、どうぞ召し上がって下さい」


僕の意見を無視しながら、段々と柴庵は近付いてくる。

逃がさないぞと手を取って、コップを手放さない様にさせながら。

……あまり堪能したくはないけど、今更、彼女が逃してくれる筈もない。

せめて味は美味しい物であれと思いつつ、目を瞑ってコップに口を付けた。


「……美味しい」

「そうでしょう、そうでしょう。私が真心を込めて作りましたもの」

「美味しかったけど……でも、無理やり飲ませたのはどうかと思うよ」

「無理やり? 優作様の方から口を付けた様に見えましたが?」

「……あのさぁ」


やっぱり彼女を家に入れたのは間違いだったと思いながら、コップの液体を飲み干した。

葡萄の味で、スッキリとした味わい。どことなく懐かしさを感じる様な……そんな味。

けれど、どこか作り物の味がする様な……彼女の手作りだから作り物なのは間違いないんだけど。

まるで葡萄の味を知らない人が、見よう見まねで葡萄の味を真似した様な味。

葡萄を使わず、似た素材で真似ただけのジュースを飲まされて、思わず頭に怒りが上る。

……今だけだからな、こうやって僕の家で好き勝手に出来るのは。


「それより優作様、お目覚めの方は如何です?」

「問題なく目が覚めたよ。お前への怒りでな」

「それは申し訳御座いません。お詫びと言っては何ですが、お口直しにいい飲み物をご用意しました」

「……いや、いい。それより荷物を持って来てくれ。大学に出発するから」

「もう、ですか? まだ一時間程、余裕がありますが」

「いいから。……色々と心配だから、余裕を持って行きたいんだよ」

「用意周到ですね、優作様は。では、お荷物をお持ち致します」


柴庵が持って来た荷物に抜けがないか改めて確かめて、大学に行く準備をする。

本当は朝ご飯を食べてから向かう予定だったが、もう何も食べる気力が起きない。

というか……あのジュースを飲んだせいか、既にお腹が一杯になっている。

朝の眠気もすっかり冷めているし、もう何も食べなくてもいい位に元気だ。

……一応、効果はあったみたいだな、効果は。


「それじゃ、行ってくるから。間違えても変な事はしないでくれよ」

「勿論です、優作様。部屋の掃除と整理整頓、後は優作様の晩御飯を用意する程度しか致しませんわ」

「掃除と整理整頓は構わないけど、ご飯は……まぁいい、やっていいのはそれだけだからな。変な事をすればすぐに追い出すから」

「ご心配下さらなくても、問題なく家守を致します。では、行ってらっしゃいませ」


お辞儀をする柴庵が気になりつつも、僕はアパートを後にする。

駐車場に来て、自分の軽自動車に乗り込んでエンジンを掛けた。

……まだ大学までは時間があるな。

僕は車を走らせ、先にコンビニへと行く事にした。

バッグの中は必要な物が入っているし、ご容易な事に弁当まで準備してある。

けど、今朝のジュースを飲んだ時の事を思い出すと、どうにも食べる気にならなかった。

折角、用意してくれた物を捨てるのは気が引けるけど、仕方ないと思い込む。

中身を捨てるのは……まぁ、帰りに袋を買って入れれば大丈夫か。


コンビニでサンドイッチ等の手軽に食べられる物を買い、大学へと向かう。

入学式に講義の説明、受ける講義の選択と平穏に進んでいく。

隣に変な人がいないって、こんなにも気が休まるんだなぁ……

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