押し掛けメイドー2

食器を置いている棚は整理され、キッチンの油汚れは取り除かれている。

出しっぱなしのフライパンは直されているし、風呂場の前に置いてある洗濯機周りまで整然と並べ直されている。

少しでも問題があれば文句を言おうと思っていたが、僕はただ棒立ちのまま部屋を眺めていた。

……何者なんだ?

僕のアパートに押し掛けて来ただけの変人、最初はそう思っていた。

部屋の片付けなんて出来ないに決まってる、そう考えて仕事を押し付けたのに完璧に終わらせている。

ここまでしてくれたのに、今から追い出すなんて……無理だよな。

力任せに追い出せは出来るけど、流石に心が痛む。

……まぁ、こうして生活の手伝いをしてくれるなら、暫くは居てもいいかな?


「ここまでやってくれたんだ……いつの間に片付けたの?」

「優作様が命令されてからです。お望みなら優作様が大学に通ってる間、隣の部屋も片付けますが」

「それは構わないけど……まぁ、暫くはいていいから。でも、食費とかは出せないからね」


大学に入ったらバイトを辞めるから、仕送りだけで生活する必要がある。

そんな状態で他人の生活費まで出せる訳が無い。

食費だけでも馬鹿にならないのだけど、柴庵に話して納得させられるか……


「問題ありません。私は優作様の愛さえあれば、飲まず食わずで二十四時間働けますから」

「……それ、冗談だよね? もし食事がしたくなったら、台所を使っていいよ。でも、汚さないでね」

「勿論です。優作様の部屋は常に綺麗にして差し上げますわ」

「ならいいけど……おっと」


話している間に、スマホで設定していたタイマーが鳴った。

十分以内に片付けを、それも静かに終わらせるなんて……一体、どんな手を使ったのだろう。

こっちはまだ、明日の準備が終わってないのに。

それに食事の準備に風呂、その他諸々もあると考えると……気が重くなってきたな。


「……柴庵、他にもやってもらいたい事があるんだけど。頼める?」

「優作様の頼みなら何でも。掃除に洗濯、調理と何でも頼んで下さい」

「だったら……僕、風呂に入って来るから、明日の入学式の準備と食事の準備をお願いするけど……」

「お任せ下さい。準備の内容と好みの食事を伝えて下されば、何でも御用意出来ますわ」

「ありがと、それじゃ……」


頼んで欲しい事を伝え、柴庵が働いてる間に悠々と風呂へ入った。

何もしてないのに、勝手に食事が出来上がる。

嬉しい話ではあるけど、素直に喜べない僕がいた。

……一体、何を考えているのだろう。

どうして僕なのか、何が目的なのか、彼女について知りたい事が山の様にある。

追い出すにしても、住んだままにさせるにしても、まずは調べる事から始めないと。

でも、ただ単純に聞いても、のらりくらりと答えを誤魔化されそうだし……


湯船に浸かりながら、暫し彼女をどう調べるか考える。

ただ聞くだけでは無理そうだし、探偵でも雇うか……いや、金が掛かり過ぎる。

それに、調べてもらった結果、何も分からないままって可能性もあるし。

……なら、監視カメラでも設置するか?

それで何か分かればよし。仮に彼女に見つかって文句を言われても、気に入らないなら出て行く様に伝えるだけ。

うん、それがいいな。


考えがまとまって、早速、監視カメラの値段を調べようと風呂から上がる。

寝間着に着替え、僕は自分の部屋へと戻った。柴庵が待つ部屋へと。

……って、何の匂いだ?

扉を開けた瞬間、香ばしい匂いが漂ってくる。自分の机に置かれた、皿の上にある鶏のステーキから。

何かソースがかかってるな、おまけニンニクのスライスも。

隣には茶碗に山盛りにされたご飯に、山盛りのサラダまである。

確か、冷蔵庫にはレトルトのご飯があったし、鶏肉も袋入りのサラダもあったけど……

風呂に入っていた時間で、そこまで凝った料理が出来るのかと困惑するばかりだった。


「なんか……凄いの出来てるね」

「お褒め頂き、光栄です。冷蔵庫の中にある物で何か作ってくれとの注文でしたので、気に入ってくれるか不安でしたが、納得してくれた様で何よりです」

「いや、まだ食べてないけど……」


……まぁ、美味しいんだろうな。

こんなに香ばしい匂いだし、かけてあるソースにドレッシングも美味しそう。

味だけ不味いなんて事はないだろうしな。

……というか、家にこんなソースとかあったっけ? ニンニクのスライスも、買った憶えないし。


「……その、ソースとかニンニクとか、どこから持って来たの?」

「自宅からです。優作様の好みに合わせる為に、必要な物は何でも持って来てますわ」

「どうやって……いや、いい。それじゃ頂きます」


一体、どうやってメイド服の中に調味料を用意出来たのか。

いつの間に調理し終えて、台所の片付けまで済ませたのか。

気にはなるけど、いつまでも気にしていたら食事が冷めてしまう。


「……美味しい。このステーキ、何がかけてあるの?」

「優作様への愛情を籠めた、バルサミコオニオンソースです。嬉しいですわ、美味しいと言って頂けて」

「作ってくれたのが怪しい君でないなら最高なんだけどね……まぁ、ありがとう」「どう致しまして、優作様」


いつから自分がご主人様になったんだとか、幾ら美味しくても作ってくれた人が見ず知らずの怪しい他人なのは困るとか、色々と言いたい事はある。

けど、今はサッサと食べ終わり、すぐさま寝ようと決めた。監視カメラについて調べるのは明日にしよう。

厄介な同居人に加え、明日は大学の入学式。今ここで言いたい事を言っても疲れるだけだ。

そう思いながら食事をサッサと口に運んでいく。

美味しくて食べる手は止まらず、あっという間に平らげてしまった。

……たったの五分で。


食べるのが早い訳ではない。寧ろ、食事はゆっくり噛んで食べる方だ。

それに急いで食べたにしても、たった5分で食べ終わるのは早すぎる。

ありえない、そう頭の中で思っても、現実に目の前の皿は空になっている。


「……ご馳走様。それじゃあ寝るから」


何もかも彼女に任せて明日の準備は終わったし、今はもう寝る時間に差し掛かっている。

それに、あまりにも予想外の事が起こりすぎて、頭の中はもう混乱で一杯だ。

……明日だ明日、今日はもう、何もかも忘れて寝る事にしよう。

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