第29話 二人で修行
事件があった翌日の朝、私といつもの服装に戻ったアキナとエリカは同じテーブルを囲んで、店主のエンキが作った朝食を摂っていた。
目の前にはエリカが上品ながらも手を止めることなく次々と料理を食べる姿があり、皿が結構な数積まれている。
その食べっぷりに他の女性プレイヤーたちは唖然として手が止まっており、アキナも目を開けて純粋に驚いていた。
私も驚いている。
昨日、性的に犯される寸前まで行って精神的に傷ついている筈なのに、本人はケロッとしていて美味しそうに料理を食べ続けているからだ。普通なら食事が喉を通らないと思うのだが、その気配がまるで無い。
……この子、もしかして鋼の精神持ってたりする?
なら、私の修行に誘って鍛えてみるのもいいかも。
そんなことが頭を過る。
私としてもあの長く苦しい修行をいつまでも独りでやるのは、ちょっと辛い。誰かが一緒にやってくれるならどれだけ心強いか。
でもその前に、昨日のことで気になることがあり、私はアキナに声を掛けた。
「ねぇアキナ、ちょっといい?」
「あっ、はい。なんでしょう?」
「昨日、ギルドの『ADO警察』と会ったでしょ? いつの間に知り合ったの?」
「そのことですか。『ADO警察』は、最前線でダンジョン攻略を進めているギルド『ADO攻略組』の傘下組織です。拠点として重要な街の治安が悪いと士気に影響すると考え、攻略組の中で後方支援を担当している方たちが提案して警察組織を作ったとか。攻略組の方に商売しに行ったついでに、彼らと知り合うことが出来たわけです」
知り合えたのは偶然で、組織されたのも納得の理由だ。
英気を養う場所が安全でなかったら、幾ら強い人でもストレスを解消出来なければ疲労は抜け難くなって判断力も鈍る。そうならない為に治安維持をするのは理に適っている。
それに、実力者が集うゲームのトップ層が権力者側の立場で正義を執行するというのは、それだけで悪いことをしようとするプレイヤーへの抑止力になる。現実へ戻りたいと考えているプレイヤーたちからは称賛され、支援を受けやすくなるというメリットもあるだろう。
一度、攻略組に会ってみたいな。
私の中で攻略組の評価が上がった。
きっと誠実でみんなを引っ張れる立派なリーダーがいて、政治的なやり方に聡い参謀が傍にいるのだろう。
「じゃあ次、昨日のドレスってどうやって手に入れたの? 凄く高そうだけど」
「アレは私が懇意にしている服飾店のコスチュームです。私は彼女からコスチュームを譲り受ける代わり、時々着て街を回って宣伝し、もし売れたら売り上げの半分を渡す契約をしています」
「なるほど」
流石はアキナだ。
それ以外に感想が出て来ない。
と、何故か目の前のエリカが食事の手を止めていた。
心なしか顔色が少し悪い。
「エリカ? 大丈夫?」
「……大丈夫よ。ドレスを雑に扱っちゃったから、汚れたり破けていないかちょっと心配になっただけ」
「フフ、安心してください。あのドレスは無事でしたから」
「あらそう? なら安心だわ」
アキナからドレスが大丈夫なことを聞いた途端、エリカは再びケロッと調子を戻し、また食事を食べ始めた。
……ちょっと食べ過ぎじゃない?
食べるスピードが速いからか、今のやり取りだけで積まれている皿が数枚増えていた。
食後、腹休めに何もせずにいるとアキナが口を開いた。
「それで、エリカさんはこれからどうされますか? 私はもう暫くは街で商売をしますし、レイさんはまだまだ修行をするでしょうけど」
「そうね……嫌でなければ、暫くあなたたちと行動していいかしら?」
「構いませんよ。レイさんも構いませんよね?」
「うん。それよりエリカ、私の修行に付き合わない?」
「いいの?」
「いいよ。独りでやるの、ちょっと虚しかったし」
「それならお願いするわ。ゴブリンに負けたままっていうのは悔しいし」
それは良かった。私としても背中を預けられるレベルになってくれないと、心配で仕方ないから。
「ではエリカさん、めげずに頑張ってくださいね」
修行内容を知っているアキナは満面の笑みで言い、部屋へと戻って行った。
「じゃ、私たちは行こっか」
「そうね。ところで修行ってどんなことするの? ダンジョンに潜ってひたすら魔物退治?」
「いんや、安全を考慮してこの階層でやる。とにかく移動してから説明する」
というわけで、私はエリカを連れて街の外の誰も居ない芝生の平原に移動した。
――それなりの時間が経った。
「ねぇ……これ……あと……何回……すれば……いいの?」
私の指示でエリカは、汗だくになりながら剣を延々と素振りしていた。息も絶え絶えでとっくに体力の限界が来ているが、それでもなお、剣筋がブレていない。
「私が……終わりって言うまで……ずっとやって」
「……分かった……わ!」
凄い精神力だな……。
エリカ、君は思った以上に凄い人だ。馬鹿だけど。
エリカの根性を傍で見ている私は、同時にやり始めた筋トレを頑張って続けた。
――また時間が経ち、ダンジョン内にも関わらず存在している太陽が沈んで月が暗がりを照らし始めた頃、黙々と素振りをしていたエリカが口を開いた。
「あっ、なんか……スキルを習得……したわ!」
「おめでとう……じゃあ、今日の修行は終わり!」
疲れた……マジで!!
私は延々と続けていた筋トレを止めて、芝生の上に大の字に倒れた。その横でエリカも大の字に倒れ、暫く二人で黙って息を整える。
ある程度休めたところで、エリカは剣を振り続けて疲労が溜まった震える手でメニューを開いてスキルを確認した。
「【剣の型】って言うのを習得したわ。剣による攻撃で威力が上がって、ウェポンスキルで攻撃した際は切れ味を凄く高めるみたい。それにウェポンスキル発動後の硬直を少し軽減してくれるって……凄いスキルね、これ」
「それは良かった」
エリカも無事に強力なスキルを習得出来た。
私だけじゃなく他人が習得出来たことで、漫画やアニメのような冗談な修行法が間違っていないことが確定したわけだ。
私もメニューを開けば、スキル習得のメールがあった。
スキル【筋肉大好き♡】を習得しました。
筋トレを、累積ではなく長時間続けることで習得可能。
基礎筋力をかなり上昇させます。
レベルアップ時、筋力の上昇補正を少し上げます。
筋トレをすると、レベルアップ時以外に僅かずつ筋力が上昇するようになります。
インベントリの容量をそれなりに増やします。
このスキルには【経験値効率上昇Ⅱ】の効果が付与されています。
アバターの脂肪が減り、更なる理想的な体型へと変化します。
アバターの腹筋が割れます。
……ふざけた名前のスキルだけど、ヤバイなこれ。
「エリカ……」
「なに?」
「明日は筋トレ決定ね」
そう告げると、達成感を得て満足そうにしていたエリカの顔が引き攣り始めた。
「……まさか、今日みたいに延々とやるの?」
「うん、暫く毎日だから」
「……分かったわ。私、頑張るから!」
そこで驚いたり嫌な顔をしないから凄いよ、エリカ。
休憩を終えた私とエリカは立ち上がり、街への帰路に就いた。
「あっ、そうだエリカ。オプション設定について今のうちに話しておくよ」
途中、製作者の意地悪なオプションについて言ってないことに気付き、話しておいた。
翌日。
昨日と同じ場所で朝からエリカは筋トレをし、私はひたすらに正拳突きをしていた。
その結果としてエリカはスキル【筋肉大好き♡】を習得し、私はスキル【拳の型】を習得した。
スキル【拳の型】
長時間正拳突きをすることで習得可能。
素手による攻撃の威力を上昇させます。
素手のウェポンスキルの威力をかなり上昇させます。
スタミナの回復力を増加します。
さらに翌日。
今日は場所を変えて街の傍にある山に登り、川の発生源である滝に到着。その横にある、如何にも使ってくださいと言わんばかりの小さな滝に入って打たれることにした。
「ねぇレイ! これって本当に意味あるの?」
「知らない。でも多分あると思う。きっと」
エリカの疑問に適当に答え、滝に打たれ続ける。
昼頃に一度スキルヒントが出て確信に変わり、それから夕方まで滝行を続けた結果スキルが得られた。
スキル【精神統一】
一定時間滝行を続けることで習得可能。
全てのスキルと魔法による消費MPを軽減します。
MP自動回復速度を上げます。
魔法のチャージ時間を減少させます。
このスキルには【経験値効率上昇Ⅱ】の効果が付与されています。
なお、翌日になって私とエリカは高熱を出して寝込んだ。
ちょっと頑張り過ぎたらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます