第28話 クズ
おいおい、女をこんな薄暗い宿に泊めてるの?
監視任務を始め、上空から四人を見ていたら大通りから大きく外れた路地に入り、密集した建物の間にある薄暗い細道を移動する。
そして、明らかにボロな建物の中に入ってしまった。
高度を下げてその建物を確認すると、大きな看板が扉の上に貼り付けられており、黒地にパステルピンクの字で『宿屋:シークレットエデン』と書かれていた。
……なんだろう、すっごく如何わしいホテルの気がする。
嫌な予感がしつつも玄関横の窓から中を覗き込めば、特徴のない普通顔の男が暇そうにカウンターの裏で椅子に座っていた。
特に目に留まる物もないので移動し、建物の側面へ回る。
ここらは建物が密集している為か、建物の間は人一人が通れる程度の細い道になっている。窓は換気と避難用に取り付けられているに過ぎない状態だ。
だがそれは妖精にとっては好都合。誰にも知られずに窓から覗き込んだり聞き耳を立てられる。
……あった、ここか。
幾つかの窓をこっそり確認していくと、エリカが泊っている部屋を特定した。
ボロな木の床と壁だが、分不相応に質の良いダブルベッドが置かれ、後は他の宿屋と変わらない家具が設置されている。
エリカはダブルベッドに座っているが、落ち込んでいるのか動かない。
と、ドアがノックされて返事を待たずにファルスたち三人がずかずかと入って来た。
「エリカ、そう落ち込むな。別に仲良くするなとは言っていない。あいつらは胡散臭いから警戒をしろと言ってるんだ」
「それ、仲良くするなってことと一緒でしょ」
ファルスの言葉につんけんした態度で即返したエリカ。
今度は狼の獣人レックスが口を開いた。
「……それより俺ら、付き合うことになったんだから、楽しもうじゃないか」
エリカの傍に寄り、もう片方にライアンが来る。
「お前はただ流れに身を任せているだけでいい。俺たちなら守ってやれる」
レックスとライアン、二人はエリカの腕を掴んだ。
「なに?」
「抵抗するなよ。そしたら痛いことはしない」
「お前が悪いんだ。今まで良くしてやったのに……」
「いやっ! ちょっとやめて!」
二人がエリカからドレスを脱がし始めた。
でも、対抗する力が弱い。借り物のドレスだから傷つけたくないという思いがあるからだろう。
「だ、誰か助けて! 誰か!」
助けを求めて声を上げるが、周囲から物音がしない。
フンッ、とファルスが鼻で笑う。
「無駄だ。ここはそういうことをしてもいい宿屋だ。警察の真似事をしているギルドに誰も通報なんかしない。むしろ店主にお前のエロイ画像データを渡せば、画像の売り上げの一部が入って来る」
「っ!?」
「ククク、稼がせてもらったぜエリカ。お前の盗撮画像でな!」
「俺は使わせてもらった。今度はお前の体を使わせてもらう!」
仲間に裏切られたショックで動きが止まった隙を突かれ、エリカはドレスを完全に脱がされて下着姿になった。
高そうなレースのブラとショーツに加え、白い二―ハイソックスにガーターベルトを付けている。
ヒューッ、とレックスが口笛を吹く。
「……なかなかセクシーな下着だな。これも借り物か?」
「だったら何?」
「いんや、あの胡散臭くていけ好かない女に弁償するのも面倒だなってな。ライアン、脱がすぞ」
「おう」
「いや! いやぁ!」
レックスとライアンが下着を脱がそうとするが、エリカが必死に抵抗を初めて手間取っている。
そこにファルスが腰のポーチからを一本のナイフを出して鞘から抜いて近寄り、エリカの首筋に当てた。
そのナイフには紺色の粘り気のある液体――睡眠毒が塗られていて、エリカは息を呑んでピタリと動きを止めた。
「エリカ、あんな奴らに関わらなければ、もっと自然に仲間として楽しませてやれたのに……残念だよ」
……やばっ、連絡するタイミングを逃した。
助けに行かないと間に合わない!
レックスとライアンの二人が羞恥心を煽るようにゆっくりと下着を脱がそうとしたところで、私は窓の前に堂々と立って勢いをつけ、スキルを発動した。
【ヒーローキック】!
ド派手にガラスを割りながら部屋の中に侵入すると、エリカはきょとんとし、二人は完全に手を止めていた。
「お前、なぜ――」
「レイ!」
驚くファルスの言葉を遮り、助けが来たと認識してエリカが声を上げた。
ごめんアキナ、突入しちゃった。
心の中で謝りつつ、私は三人を挑発する為に不敵な笑みを浮かべて優雅に挨拶した。
「ごきげんよう、クズども。セリカを助けに来ました」
「……妖精一匹で何が出来る! レックス、ライアン、セリカをそのまま抑えてろ」
「あいよ」
「任せた」
油断してくれるか。
それは実に都合がいい。
まだ人間サイズ相手に【体格差補正Ⅹ】がどれくらい効力を発揮するか試してないんだ。これで万が一の時は簡単に逃げられる。
ファルスは手に持っているナイフを構えてにじり寄って来た。
それならと私は祈りのポーズを取って目の前で魔法のチャージを開始する。
「馬鹿めっ!」
ファルスが魔法を阻止しようと一気に駆け寄って来て、私はニヤリと笑みを浮かべてやった。
「それはこっちのセリフだ」
【フェアリーダンス】!
体に魔力を纏って粒子を散らし、移動速度を上げて間合いをずらすように前進して懐に入る。ギョッとしたファルスは急いで躱そうと体を捻じるが、私は直角に向きを変えて気に入らない顔面の頬をぶん殴った。
するとファルスはきりもみしながら吹っ飛んで壁に激突し、穴が開いた壁の中から足だけ出して動かなくなった。
……思ったより威力上がってる!?
スキル【体格差補正Ⅹ】の効果量が予想以上に高くて焦った俺は、それを誤魔化すように演技した。
「……まさかこれほど弱いなんて、がっかりだよ」
唖然とする三人だが、レックスとライアンはハッと我に返った。
「お前は一体、なんなんだ!?」
「よくもファルスを!」
「よせライアン!」
ライアンが背負っている盾を持って振り回し、面で攻撃して来る。小さい存在を攻撃するには確かに適切な攻撃だ。
だが遅い。
私はあっさりと躱して背後に回り、丸見えの状態の後頭部に強烈な蹴りをお見舞いした。するとライアンも吹っ飛んで壁に激突し、下半身だけが見える状態で動かなくなった。
「残るはお前だけだ」
「くっ」
「隙あり!」
「うっ、ぐあっ」
私がやろうとしたのだが、その前に片腕がフリーになったエリカがレックスの顔面をぶん殴って怯ませ、流れるように蹴り飛ばした。
「レイ、逃げよう!」
「……ああ」
意外とお転婆だ。
「くっ、待――!」
窓から逃げる直前、エリカはレックスに駄目押しでテーブルを投げてぶつけた。木造りでそれなりに重い物を見事に顔面で受けた彼は、そのまま気絶して倒れた。
うわぁ、痛そう。
同情の余地はないので放置。
エリカがドレスを手に窓から飛び降りると、私もそれに追従する。
今は少しでも離れることを優先しているのか、エリカはドレスを抱えるように持って前を隠しながら下着姿で走っていた。
だが、段々と動きは鈍り、遂には壁に手を預けると崩れ落ちるように倒れた。
「エリカ? どうした?」
「ん……ごめん。これ以上は……眠く、て……」
眠い……まさか!
思い当たる節があり、彼女の首筋を調べると一筋の切り傷が出来ていた。即効性のある睡眠毒が回り始め、耐え難い眠気に襲われたのだ。
エリカはここまでの間、気力だけでゲームの状態異常に抗っていたということになる。
「エリカ? エリカ!」
彼女は目を閉じて、寝息を立て始めた。
体を揺すっても起きる気配は無い。
ここで眠るのはマズイ……そうだ! アキナ!
「その必要はありませんよ」
私がメニューを開いた瞬間、心を読んだような発言がすぐ近くに聞こえ、振り向くとアキナが立っていた。
それだけじゃない。
アキナの後ろには『レディーガード』の店主エンキがいた。
恐らく、フレンドの機能を使って私の近くまで来ていたのだろう。
アキナはいつもの胡散臭い微笑を止めて、溜息を吐いた。
「全く、あなたという人は……こうなることを予想して、通報より移動を優先して正解でした」
「彼女のことは俺に任せろ。命に賭けて店に連れ帰ろう」
エンキはエリカをお姫様抱っこすると、来た道を帰り始めた。
「レイさん、後処理が済んだら一緒にお風呂に入りましょうね」
「えっ」
「行きますよ」
「……はい」
どうやら私は手順を破った罰として体を弄ばれるらしい。
憂鬱と期待の入り混じった変な気持ちになりつつ、私はアキナを『宿屋:シークレットエデン』まで案内した。
その後は、アキナが移動中にギルド『ADO警察』に通報して合流。警察官らしい真っ青な全身金属鎧を着たプレイヤー数人と一緒に宿屋に行った。
「開けろ! ADO警察だ!」
クソデカボイスで言ったのは『刑事』の腕章をしたケイジさん。
挨拶の際にヘルメットを取って顔を見せてもらったが、黒髪に犬耳が生えた獣人で、黄色い瞳の強面イケメンだった。得意武器は剣、リアルで刑事をやってるとのこと。
事件のあった部屋から反応が無く、全員が武器を構えてから扉を蹴破って突入。
部屋は窓が割れて壁に穴が開いてテーブルが倒れて荒れているだけで、もぬけの殻になっていた。
どうやらあの三人は気絶から立ち直ると、早々にこの場から逃げ出してしまったらしい。
私とアキナは今回の事件について事情聴取を受け、すぐに解放されて宿屋『レディーガード』に帰ったのだった。
*****
その日の夜。
ファルス、レックス、ライアンの三人は場末の酒場で管を巻いていた。
手にはキンキンに冷えたビールが注がれたジョッキがあり、既に丸いテーブルの上には何杯もの空ジョッキが置かれている。
「くそっ、折角いいところまで行ったのに……あいつらのせいで全部パーだ! 特に、あの殴って来た妖精! 許せん!」
「……イライラが収まらねぇ。あの女、調子に乗ってテーブルをぶつけやがって」
「……はぁ」
三人はビールを煽る。
その時、話しを偶々聞いていた二人組が近づいた。
「よう、ちょっといいか? そこの三人」
「なぁに、気になる言葉が聞こえてな。話を聞かせてもらいたい」
「もしかしたら俺ら、その殴って来る妖精に心当たりがあるんだ」
「もし同じ妖精だったら、金さえくれれば復讐を手伝ってやってもいい」
思い掛けない提案に三人は顔を見合わせ、全員がニィッと悪そうな笑みを浮かべた。
「……話をしようか」
ファルスは二人組を誘い話しを始めた。
自分たちのやることを妨害された、その復讐の為に……。
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